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§1 信仰と世界と不思議な少女

―先ず,精霊神は大地を創った。それから,天を創った。


 目の前に開かれる本の扉絵にはそう書いてあった。もう何度も聞いた,創世神話のはじまりの一句,神羅万象の起点。この地に生きる人々は皆当たり前に抱いている精霊信仰の,その神話の一説である。私はその神々しい文字の並びを丁寧に指でなぞり,おもむろにページをめくった。


 昔から精霊神話が好きだった。中でも,その序説は心に焼き付くほど印象深い。多くの序説はこう語る。


 はじめは,混沌とした闇が,「無」が世界を覆っていた。理は乱れ,万物がすべてを飲み込み,存在する余地を与えなかった。精霊神は理を正してこの美しい世界を創り,暮らすことにした。そこに,外の無の世界から人間たちがやってきた。畏れ多くも,精霊神は無の奔流から逃れてきた人間たちがこの地に住まうことを赦したという。だが,人間はあまりにも弱かった。無という闇の中で醜く燻ってきた人間にとって,精霊神の創った世界はあまりにも壮大で,過酷であった。見かねた精霊神は人間たちに力の加護を与えた。その力は,精霊界の理の一環。人間たちは,その奇跡の力のことを「魔法」と呼ぶようになった。そして,人間たちは理に順応し,―幾節を経て―やがて文明を造り上げた。


 幼き頃,この話を初めて聞いた私はえらく感動した。精霊神の寛大な心に,世界を秩序ある理の下に成した大いなる力に,幼い心ながら敬服を覚えたものである。その思いは今となっても強く,私の強い信仰の由来となっていることは間違いない。


 信仰に想いを馳せる私の手は,自然と胸元のペンダントを撫でていた。精霊が宿るとされる六芒星の銀細工。丁寧に手入れが行き届いたそれは美しく銀鏡し,世界の理を映し出している。


 そのような具合で呆けていればハッとなって,我に帰った。うつむいていた顔を見上げれば,そこには見慣れた図書館の風景が広がる。見れば,いかにもといったような貴族風を匂わせる装いの者もいれば,同じデザインの制服に身を包んでいる者も幾らか居る。制服は,この施設,「王立魔法研究院」が支給する学生服だ。学問を志すべき者は着用すべしとされる濃緑のガウンは,その飾らない色とシルエットが見事に調和し,独特の落ち着きを醸し出している。学生である身分の私は,例に漏れず,この制服を身に纏っている。


 その貴族風のが出す華やかな雰囲気と,学生服が出す落ち着いた雰囲気が一つの視界に収まり,見るだけで目が廻りそうである。相変わらず奇妙な光景だ,と私は思った。


 今より十数年の昔,この王国では革命が起こったという。緩やかな政治革命だったらしい。当時の国王は,混沌とする世界情勢の中で,王権派閥争いや権力の集中,腐敗が度々問題となる内部事情を憂い,一切の王権を放棄し,政治権力を民に帰属させた。もちろん最初は混乱があった。そこで,国王が発したのは,意外にも現実を見据えた折衷案だ。以前より爵位に就いている貴族たちの地位を認め,貴族議という政治組織に収めた。また,平民からも代表を募り,民衆議という組織に収めた。2つの議会は多数決によって協議しながら,政治方針を決定していく,というものだった。


 数年の内は上手くいかなかった,いや上手くいくはずもなかった。あまりにも急な方針転換と,突然に課せられる責任に,民衆は耐えかねた。


 だが,人の心は案外分らぬもので,国王が両議会のまとめ役として入るだけで,これらの混乱はあっさりと落ち着いてしまったのだ。これでは,王権を放棄した意味がないと本人は嘆いたが,以前よりも純粋で,より生き生きとした意見や議論が交わされるのを気に入り,この奇妙な政治形態が決定してしまった。


 かくして,立憲君主制,とかいうやつがこの国の形となった,と私は伝え聞いている。


 しばらくを経て,この制度は民衆にもしっかりと根付き,より合理的な議論が交わされ,民に寄り添った政治が可能になった。


 ここ,王立魔法研究院のあり方も影響を受けた。今までは身分の高いものでしか通えなかったような学院や研究院といった施設のいくつか,王国の中でも最も格式の高いそのいくつかは,税金の使い道が是正されたことによって平民でも通うことが可能になったのだ。


 実のところ,私は身分が低いものではなかったが,非常に合理的な制度ではないかと当時は感心したものだった。人が集えば,―その質の良し悪しはあれどー,知識はより洗練されていくものだと何とは無しに感じていた。実際,幾人もの平民出身の者がその才を認められ,多くの実績を残しているのである。


 而して,その実態はあまりにも捻じれている。


 私は目の前に広がる光景をまじまじと見つめた。


 図書館に集う人々の,その貴族風の者と学生服を纏う者の間には言い難い障壁が――実際はそんなものは在りもしないが,感じられる。詰まる所,学生服を着ているものは平民で,貴族風のは文字通り貴族なのであるが,どうやら彼らは相容れないようである。


 政治には興味がなかったが,この奇妙な実態は中々に居心地が悪い。これは,私が学生服を纏う理由の一つでもあるのだ。つまらない意地で張り合う程度なら,そんなものは捨ててしまえといつもながらに思う。


 そうして,私はひとつ明らかな嘆息を漏らす。その様子を見たのか,見ていないのか,ある青年が探し人を見つけたといった感じでこちらに歩き寄ってくる。私と同じ濃緑のガウンを纏ったそいつは,私のそばで立ち止まり,口を開いた。


「やっと見つけたぁ!アルヴァン!ほら,そろそろ『まほうりきがくえんしゅう』?の講義だよ」


「分かっている。今向かおうと思っていた」


 私をアルヴァンと呼ぶこの整った顔立ちの金髪青年の名は,ウィルという。この学生生活において数少ない,私が友人と呼べる人間のうちの一人である。外見のせいか,人相のせいか,はたまた雰囲気が悪いのか,私という人間は他人には近寄り難いらしく,私に話しかける人間はあまりいなかった。そんな中,このウィルという男は気さくに私に話しかけてきたのだ。


 出会いは些細なことであったと思う,入学後はじめての精霊言語学の講義で,隣に座っていた私は彼の取るに足らない疑問に答えた。だが,彼の眼には私は頼りがいのある人間であると映ったらしく,以来,といってもまだ数週間であるが付き合いが続いている。私も頼られることは純粋に嬉しいもので,彼にとってお節介にならない程度に,彼に勉強を教えてやっていた。


 今では,同じ講義を一緒に選んで受ける程の仲である。たった今も,彼と一緒に受ける予定である「魔法力学演習」という講義の開講時間が近づいているということを,わざわざ伝えに来たのだ。


 私は先ほどまで読んでいた書を閉じ,すぐ近くの棚の在るべき位置へと戻した。そのまま,流れるように壁際に佇む振り子時計の文字盤に目を向ける。ほとんど最近の発明によって生まれたというその時計なる装置は,変わらぬ周期で振れ続ける振り子のおかげで正確に時を刻み続け,今が一日の内のどのあたりかを伝えてくれるという優れものであった。今では王国中に普及し,この瞬間にも民に正確な時を知らせ続けている。


 時計の針は,そろそろ開講の時間を指し示そうとしているところだった。


「よし,行くぞ」


 私はそう告げると,目的の講義室がある場所へと足を進めた。


「ちょっと待ってよぉ!」


と情けない声を発して,ウィルも私の後を追いかける。隣に追いついた彼は,にこりと笑って話しかけてくる。


「楽しみだねぇ,まほうりきがくえんしゅう?ってやつ」


「無論だ。何せ初めての魔法系の講義だからな。精霊たちが与えて下さる奇跡の理の一端,その最前線を学ぶことができるのだ。こんな機会は滅多にないぞ」


「うんうん,そうだよねぇ」


 そういってウィルは嬉しそうにコクコク頷く。


 研究院において,学生は選択して講義を受け,それぞれで単位を取得することで学位を受けることができる。王立魔法研究院学位はその人間の格をそこそこに保証してくれるものである。持っているだけでいいという訳ではないが,持っていればある程度の職に就けることは間違いない。


 学位をとれば,魔法をある程度極めたものとして,世間の役に立つ機会ができるのである。出世機会のあまりない平民のような人間は願ったり叶ったりだろう。


 勿論,精霊神の加護は平等に人間たちに与えられた。つまりは平民だろうが貴族だろうが誰であろうが魔法は扱うことができる。だが,古来より奇跡の力であった魔法は,研究によってその知を,血を継承することで精霊との繋がりを強め,より良い魔法体系を築いてきたという歴史がある。


 それ故に,専門的な魔法知識と術は,庶民にとっては唯一無二に感じられるものであった。そうなのだが…


「だが,魔法力学,などという体系は聞いたことがない」


「そうなの?」


 そんな私の突拍子もない言葉にウィルは首を傾げた。


「ああ。おそらくは力の精霊『フォルティス』に系統する魔法体系だろう。6大精霊のうちのひと柱だ」


 6大精霊とは,精霊神が降ろした世界の核を成すといわれる根源的な精霊たちである。それぞれが司るといわれる根源,現象があり,世界が安定して存在することも,我々が様々な魔法を使えるのも6大精霊のおかげといわれている。特に,力の精霊フォルティスは,この世界のあらゆる力を司るとされる。力の精霊の領域に干渉すれば,例えばものを動かすといった魔法を行使できるのだ。


 きっと初回の講義は,力の精霊との干渉を感じ,実演などを交えながらフォルティスの有名な精霊神話などについて話すのだろうか,などと思案を巡らせながら,私は回廊を抜ける。石地の床をブーツが踏みしめるたびにこつこつと小気味よい音を立てる。その音が,この先の知への遭遇に対する期待を高めていくようである。


 だが,その期待感は次第に不安へと移り変わっていった。目的の講義室に近づくにつれ,妙な話をする生徒が増えてきたのだ。やれ,講義室を間違えた,あの女は何者だ,といった具合である。女といって思い当たる節はなかったが,明らかに何者かの女性について言及する話が増えてきているのは間違いない。一体全体何が起こっているのか皆目見当もつかぬままだが,進み続ける以外の選択肢をとる余地はなかった。


 そして,不安は件の講義室に辿り着き,その扉を開けた瞬間に解消され,同時に驚嘆へと変わった。


 目に映るのは,少女の姿。肩の位置まである亜麻色の髪を白黒のリボンでうなじのところでまとめ下ろし,「なぜか」教授の証である金刺繡が入った黒衣をまとい,「なぜか」教壇に立っている少女の姿である。そのあどけない表情と不安そうに指をこねる仕草といったら,何かと問えば迷子の幼子という答えが返ってきそうなほどである。


 ウィルといえば,隣でぽかんと口を開けて呆けている。


 少女を保護して親探しか,或いは他の教諭のもとに連行していくかという選択肢が見え隠れしたあたりで,一抹の望みをかけて,私は少女に尋ねた。確か女性であった,この講義の担当者の名前を,恐る恐る思い出しながら。


「失礼ながら,ノエラ・ハーシェル特任教授殿でいらっしゃいますか…」


「あ!そうなのです!長いからハーシェル先生とかノエラ先生で大丈夫なのですね」


 空気が凍るとはこのことだろうか,そんな魔法があればぜひとも見てみたいものだが,今まさにその状況が部屋一帯を包み込んでいた。


 ウィルといえば,隣で白目をむいて今にも倒れそうであった。


 そんな空気もお構いなしに,自らの身分を教授であると告げた少女は明らかに困ったような顔をしてぼやくように言う。


「にしても困ったのです。ほとんどみんな講義室に入ったとたん出て行っちゃうから,もしかしたら,部屋を間違えているかもなのですね」


 まったくもって講義室はここで間違いはないし,恐らくは出ていった生徒たちも誤った部屋に入ってしまった訳ではないのだろう。見当違いの不安を抱えながら当の本人は手元の資料を見て「いや合ってるのですね…」などと小声を零している。意味不明な状況に軽く頭痛を覚えながら,この場にいる誰もが抱いているであろう疑問を少女にぶつけてみた。


「では,ハーシェル先生,ご無礼を承知でお伺いしたいのですが,お歳はいくつでしょうか…」


「はぇ?まだお誕生日来てないですから,今は16歳なのです」


 その言葉に,頭痛がさらに酷くなったような気がする。


 この少女は,堂々と教授を名乗り,あろうことか自身は成人したての小娘であるということを恥じらいもなく言ってのけたのである。その度胸には敬服の念を抱きそうなほどに。常識的感性に基づけば,この年端もいかぬ少女が他人に教えるに能う知識を持っているとは到底考えられない。


 だが,この教授を名乗る少女が真に教授であるのならば,その語りこそがその証明になるとも考えた私は,彼女にこう告げる。


「ハーシェル先生,もう講義を始めてしまいましょう。生憎,生徒はもう集まらないようですので」


 それを聞いたノエラ・ハーシェルを名乗る少女は,少しばかり思案するような動作を取ったのち,


「仕方ないのですね。それじゃあはじめるのです!」


 と,手元の資料をトントンと揃え,講義の準備に移るのだった。

素人ですので,指摘,議論等あればお願いします。どうかお手柔らかに…

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