06.闇から伸びた手
それからすぐに部屋へ再び戻って来たダグラスの部下によって短い逢瀬は終わった。
これから仕事だと言うダグラスと別れて、再び一人彼の部下に馬車でアパートメントまで送られ、部屋に戻ったマリアはベッドに座り背から倒れ込む。
じっと天井を見上げ、事実終わったのだなと実感した。
別れ際まで黙り込んだダグラスが納得したのかどうかはわからなかったが、実際もうマリアから彼に関わる事はないだろう。
否、疾うにそうなっていたのだから、ダグラスの考えは杞憂というものだ。
しかしそれだけ彼に誤解を植え付ける行為を繰り返していた事にも気付かなかった自分に自嘲する。
まだ若かったからと言い訳になる事ではないが、申し訳なくさえ思った。
だがそれも終わりだ、彼はこれで何の憂いもなく彼女を妻として迎える事が出来る。
自分のこの想いがダグラスの杞憂さえ引き起こしたというのなら、例え彼が結婚を決めたとして、彼のこの先の為にはすっかり忘れなければならないのだろう。
物心付いた時からマリアはダグラスが好きだった。
自分の傍にいた優しい少年だからというだけではない、他のどの少年にも感じなかったものを彼にだけは感じていた。
それがやがて恋に変わったと自覚したのはそれから遠い日の話ではない。
ずっとずっと彼だけを追って来た、彼だけを求めて来た。
きっと自分はおかしいに違いないとマリアは無意識に口元を歪めた。
若木の内に曲がればそのままの形で成木になるとは言うが、全く心は幼い頃のまま変わりのない自分に嫌気すら差す。
こんな事になっても、ダグラスを想って胸が痛い。
どこかから戻って来た胸の痛みは体に収められ、じくじくと軋んで唸る。
ぎゅっと目を閉じベッドの上で丸く蹲ってその痛みに耐えるも、マリアの頭の中は消し去ろうとも消し去れない彼と彼女の幸福そうな姿を映すのみだ。
――いっそ忘れてしまえたら、そう思うのに体も心も言う事を聞いてはくれない。
愚か過ぎた自分が招いた結果が惨めで情けなくなる。
もっと違う風に接する事が出来ていたら、もしかしたら「今」は変わっていたかもしれない。
彼の隣に並ぶ事は出来なくとも、もっと違った形があったのではないか。
途方もない事を考えてはかぶりを振った。
こんな事ではいけない、何度もそう自分を叱咤する。
日々を暮らして行けば、きっといつかこの痛みは時が風化してくれるだろう。
彼の幸福の前に自分の不幸を嘆いてはならない。
愛した彼の為に唯一自分が出来るのは、この愛を消し去り心から祝福する事だ。
こんな風にしていてはいけない、今度ダグラスに会う時があれば彼の隣に並ぶ彼女にも祝福をしなければ。
熱くなった目元を強く枕に押し付けて、マリアは大きく息を吐き出して立ち上がった。
楽しい事を考えればいい、辛い時はいつだってそうして来た。
両親が他界した時には楽しかった思い出を、農場が台風で被害に遭った時にはあの場所で駆け回った頃を、そうして自分を奮い立たせて来たのだ。
これからはもう、ダグラスとの思い出は浮かべないだけ。
彼との未来を、思い描かないだけ。
そう、これからの人生がなくなった訳じゃない。
自分にもこの先の楽しみは幾らでも存在するだろう、人生から彼が切り取られたからといってそれで死ぬ訳ではない。
いっそそう出来たのならどんなにかよかったかと、ふと浮かんだ思いにマリアは自分の両頬を手で叩いた。
これからは、忘れる為に努力する――それでいい。
「とりあえず、ご飯」
昼間はあれだけ晴れていたにも関わらず、窓の外はあっという間に鉛色だった。
肌寒ささえ覚え、膨らみのない半袖から出された腕を少し擦りながらマリアはキッチンに立って鍋に水を入れた。
入れ違いに街に出掛けて行ったワンダも作り終える頃には戻って来るだろう。
そうすれば彼女の明るいお喋りでこの頭の中のもやもやとしたものは吹き飛んでしまうに違いない。
ホテルに滞在している「ビカリオ公爵夫人」が自分の屋敷から連れて来た料理人のメリッサは、細々とした雑用をマリアが手伝うので気に入ったのか、余った食材を分けてくれるようになった。
マリアやワンダには手が出せないような上等な肉でも、「奥様が他をご所望されて使わなかったから」とあっさりそう言って包んでくれるのだ。
涼しい場所に置いていた昨夜貰ったばかりの包みを取り出して、マリアは削がれた肉の塊に鼻を近付け眉を寄せる。
少しの間は保存出来るようにしてくれたようだが、上流の人間が好む食べ物はさっぱりわからないと思った。
ともすればくしゃみが止まらなくなりそうな肉から鼻を遠ざけ、まだ胡椒の匂いの残るそれをふんと鳴らす。
胡椒を使えば使うだけ上等なんて言って一体誰が食べられるんだろう、今ですら肉にすっかり味が染みているだろうに。
マリアは肩を竦めて余分な胡椒を払った肉と大麦を鍋に放り込む。
椅子を引っ張って来て火にかけた鍋をただじっと見詰めた。
何かが浮かんで来そうな思考を振り払い、次は何をするかを考える。
今度は野菜を入れて……そうだ、この前ワンダが買って来たジャムでジャムターツも作ろう。
自分の考えに大いに満足して、マリアは努めてにっこりと笑みを作る。
キッチンを忙しなく動き回ってマリアはワンダが帰って来るまでの間、一度も思い出を振り返ろうとはしなかった。
「ただいま、マリア。とってもいい匂い!」
「おかえりなさい。この前貴女が買って来たジャムを使ったわ」
「いいわよ。私お菓子作りってダメ」
「裁縫があんなに上手なのに?」
バタバタと荷物を抱えて帰って来たワンダは椅子に座って大きく背伸びをする。
「そうよ。繊細な料理を作るには私の舌が大雑把で向いていないんですって。母にはよく言われたものよ、自分は料理すらした事なかったくせに」
詳しく聞いた事はなかったが、ワンダはどうやら母親と折り合いが悪く、母親の借金を抱える羽目になったのも当人が逃げてしまったかららしい。
これだけ明るいワンダにもやはり苦労があるものなのだと、マリアは自分の状況をとても幸せに思ったものだ。
一歩間違えば借金で身売りも考えなければならない状態になったかもしれない。
年若く女性のマリアの足元を見てか、農場を手放せと迫って来た人間もいた。
それを断り続けた所為で逆恨みされたらしく、時折陰険に馬の買い手を先回りして横取りされる事もあったのだ。
「マリアのお母様は?やっぱり貴女に似ていたのかしら」
「ええ、容姿はよく母の若い頃に似ていると父には言われたわね。性格はあんまり……」
キャスリンを思い出してマリアは苦笑した。
こうと決めたらとことん無謀とも呼べるほど前向きに進んでいた母は嘆くなどという事を知らなかったように見えた。
今の自分を見たら母は何と言うだろう、マリアを慰める為にまた歌を歌ってくれるだろうか。
これだから似ていないのだと浮かんだ思考に自嘲して、マリアは皿に出来上がったシチューを盛る。
「アイリッシュ・シチュー!大好物!」
パンと手を叩いたワンダは嬉しいと顔に書いてパンを切り分けた。
マリアがそれにくすくすと笑っていると、ふとワンダの視線を感じて目を向ける。
「どうかした?」
一旦ワンダは首を振ったものの、しかしすぐに話し始めた。
「さっき帰って来る時に下で妙な人達を見掛けたのよ」
「妙な?」
「気のせいだと思うんだけどね。でも何かこそこそ話し合ってるみたいで、感じが悪かったの。例の人達じゃなきゃいいんだけど」
夜以外にもそんな人達がウロウロしているなんて冗談じゃない、マリアもそれに頷いた。
「明日からも出来るだけ一緒に帰りましょう。特にマリア、あんまり無駄な雑用をする事はないのよ。帰りが遅くなるわ」
苦笑しながらマリアは曖昧に返事をする。
勿論好きで遅くまで仕事をしている訳ではない、しかし頼まれるとどうにも断れなかった。
このところは三階に宿泊している客の子供の夜鳴きが酷く、いつも任せている子守でも手を焼いているとホテルの従業員に誰か子守は出来ないかと尋ねて来ていた、その場に居合わせたマリアが子供抱いて宥めた事でそれ以来頼まれるようになってしまったという訳だ。
それ以前にも夜中酔っ払って帰って来る客の介抱を手伝ったり、――居合わせる間も悪い。
「大丈夫、遅くなってもジャックがいるから」
「そうだけど。でもジャックってばこの前貴女を一人で帰らせたでしょう」
「あの時は大丈夫だったもの。それにお母さんもそんなに酷くはなかったみたいだし」
「とにかく、遅い時は絶対に一人になっちゃダメよ。私ただでさえ同室の人が危険な目に遭うなんて嫌だわ」
眉を寄せたワンダにマリアも頷いて承知した。
自分の事ではないからいい、という訳にはいかない。
それにワンダは、今はマリアの唯一の友人だ。
「ありがとう。ちゃんと気を付けるわ。だから、ワンダも気を付けて。遅くないからって、安全とは限らないわ」
「勿論。貴女が遅い時は下の階の子達と一緒に帰ってるの。賑やかだから、普通の人でもちょっと寄って来れないわね」
笑ったワンダにマリアも笑った。
例えばこれが誰かの目には些細に映っても、マリアの喜びは確かにここにある。
一週間が経ち、マリアはより一層仕事に打ち込んで、気を抜けば流れそうになる思考を塞き止めた。
夜になると面倒を見ていた子供達の両親は今日で故郷に帰るのだと何度もマリアに礼を言ってホテルを後にしている。
その時奥さんから貰った可愛い香水瓶はマリアの使っている小さなキャビネットの上に家族写真と共に飾られた。
だがそれをまた間の悪い事にマクドネルに見られていて、客から物を貰ったのが気に入らなかったのか、散々説教をされた挙句また無駄に雑用を抱える羽目になってしまった。
それも何度やってもマクドネルが許可を出さないものだから、必然的に帰りの時間が遅くなる。
ワンダでなくともうんざりと溜息をつき、マリアは姿を見付けるなり用事を言い付けて来たマクドネルの後姿を見送った。
今日も昼間に彼に頼まれた雑貨を買いに行ったのだがやれ何が違うと文句を言われ、自分の仕事をこなしながら結局三度も店を往復する事になったのだ。
流石に足が棒だと思いながらも鞭を打って言われた通り外へと出る。
客が昼間楽しんだスポーツ用品の後片付けを終える頃には予定の帰宅時間など疾うに過ぎていた。
軽くあくびをしながら裏口へ戻ると、丁度荷物を抱えたジャックと出くわす。
ワンダ曰く「マリアと同じくらい」仕事には真面目で意欲的らしい。
尤も自分のように仕事に打ち込む邪な理由など彼にはないだろうがとマリアは少し苦笑した。
「やあ、マリア。そろそろ終わり?」
「ええ、いい加減にね。『ミスター』もさっき帰ったみたいだし」
名前を口にしないのは雑用係だけでなく、彼より下のホテルマン達の通称でもある。
つまり、名前を口にして彼の神経質な耳に入ってはいけないという「配慮」だ。
肩を竦めたマリアにジャックは少年らしさが濃く残る笑顔を浮かべ頷く。
「こっちは後少しだ。その辺で待っててくれよ、これ置いて来るから」
「ええ、わかったわ」
再び麻袋を担ぎ上げて奥へと入って行ったジャックを見送って、マリアは横の壁に凭れて少しの間目を閉じる。
ずっしりと自分の体に疲れが圧し掛かっているような心地だったが、それでも何故か気分は悪くない。
充実していると言うと過言かもしれない、それでもこの五年間のように何か焦る気持ちにはならなかった。
楽しい事もあれば理不尽に嫌な事もあって、そうして日々を過ごしている。
雑用にも勿論責任はあるが、「すべき」という強迫観念のようなものからは少なくとも解放されたようだった。
ただふとぽっかり心に空いた空洞に気付かされる。
寂しさではなく空虚なその気持ちは持て余す事しか出来ず、少々躍起になって仕事に没頭しているのは自覚していた。
やがて戻って来たジャックはその浅黒い肌のあちこちを擦りながら大きく息をつく。
マリアはそれに笑った。
「貴方でも疲れる事があるのね」
「そりゃそうだよ。誰かは俺の事を蟻みたいだなんて言うけどさ。さあ行こう」
しかし珍しい事ではあるとマリアはジャックの様子を見て思う。
いつもは疲れた様子も見せないジャックだが、何か落ち着かないように感じられた。
「お母さんの具合はどう?」
外に出て街灯のない裏路地を歩きながらマリアはそっと尋ねた。
「うん、まあ元気だよ。早く仕事に出たいって、そればっかり言ってる」
「貴方はお母さんに似たのね、きっと」
「……そうかな」
言い淀むジャックの声色にマリアはふと隣を歩くジャックを見上げる。
いつもの快活そうな表情はすっかり失われている事が暗い中でもはっきりとわかった。
「良くないの?」
「いや、本人は至って元気さ。ともかく、体以外は」
怪我は酷かったのだろうかとマリアが言葉を募ろうとした瞬間、ぴたりと足を止めたジャックを数歩先で振り返る。
少し距離を置くとあっという間にジャックの顔が見えなくなって思わず不安がマリアの胸を過ぎった。
訳のわからないその予感にマリアが努めて明るく声を掛けようとするも、僅かに声が震え失敗する。
徐々にマリアの鼓動が速くなった。
「ジャック?」
「マリア」
再度の呼び掛けに返って来た声がはっきりしていてほっとするが、すぐにそれは混乱に叩き落された。
「ごめん、マリア」
何がと問い掛けるより早く、後ろから伸びて来た何かがマリアの口元を塞ぎ体に巻き付く。
咄嗟に大声を上げようとするが塞がれた口からは低い唸り声のようなものしか出ては来ない。
腕ごと絡めるように腰の辺りに巻き付いた何かが一層酷く体を締め付けて、マリアはそれでも両手足を動かしもがくがぎりぎりと締め付けられる痛みに目が潤んだ。
あちこちに泳いでいたぼやけた視界でジャックを捉え、疑問とショックにマリアの目が見開かれる。
滲んだジャックの表情は、それでも苦痛に満ちているようだった。
「本当にごめん。母さんの足が動かないかもしれないんだ、沢山の金がいるんだよ」
マリアから顔を背け、ジャックは息を吐き出しながら言う。
「んんんっ!」
ジャック、と呼びかけたはずのマリアの声は言葉にならなかった。
あまりに強く塞がれている所為で口を開いて噛み付く事も出来ない。
腰に巻き付いた何かはぐいとマリアの体を持ち上げ、地面に足が着かなくなった事でマリアは更なるパニックに陥り力任せに体を捩り左右に振った。
だがその抵抗が「何か」を逆上させたのか、今度は両腕を後ろに捻り上げられ一瞬息を飲んだ隙に口は別の何かで塞がれる。
そして手首も足首も同じように何かが巻かれきつく締め付けられた。
体を再び持ち上げられ、決して自由とはいえない目だけがあちこちを泳ぎ回る。
マリアの体を持ち上げた誰かは肩に担いだ所為で顔が見えない、後ろを付いて来るもう一人も深く帽子を被っていて顔は見えなかった。
暗い路地を進んで行く中、遠くにぽつんと取り残されたような黒い影が見える。
ジャックは付いて来なかった。
心臓が胸から突き出さんばかりにドクドクと鳴り響いて、急激に全身で暴れた所為か激しい眩暈を覚える。
口を塞がれたまま喚き続けて、涙が切りもなく溢れ出た。
何も考えられなくなった真っ白の思考はただ「どうして」と訳もわからず繰り返す。
こんな目に遭っている事か、それともジャックがそれを手引きした事か、それすら理解しないままマリアは心の中で幾度も叫んだ。
どれだけ歩いたのか、やがてどこかの建物の中に入ったかと思うと、マリアは漸く肩から下ろされ無造作に床に転がされる。
部屋の薄暗い明かりにも一瞬眩しさで目を細めたが、自然と見上げた視界にはマリアを担いでいただろう口元にマスクをした体格のいい男と、帽子を被った痩せ気味の男がいた。
マスクをした男の目がぎょろりとマリアに落とされて、気味の悪さと恐怖に体が震えてしまう。
男達は言葉を発さず目で何やら合図したかと思うと痩せた男を残してもう一人は再び部屋を出て行った。
全身を縛られたような格好のまま、マリアは身を捩って後ろへと這う。
後ろに下がった事で開けた視界では、ここが倉庫のような場所だという事がわかった。
どういう事なのか、この男達は誰なのか、殺されるのか、それとも身売りでもされるのか。
様々な疑問が脳をぐるぐると駆け巡る中、最後に見たジャックの面影にマリアはぎゅっと目を瞑った。
彼の言葉からするにマリアは金と交換で引き渡されたのだ。
でもどうして自分を?――マリアは奥歯をぐっと噛んで激情を堪える。
泣き喚いてまた逆上され、殺されでもしたら敵わない。
こんなところで死にたくない、本能ともいうべき強い意思がマリアを支配した。
結局そういう事だ、ダグラスが自分の人生から退場してどれほど死にたくなったとして、結局……死ぬ事なんか出来ない。
こんな事で、死んでなんて堪るものか。
望まず人生を途中で断たれた両親を知るからこそ。
「そう睨まなくていい、君を殺しはしないよ」
隅に積み上げられている木箱の端に腰を下ろし、痩せた男は少し肩を下げてマリアを眺めながら言った。
だがその言葉がどれだけ信用出来るだろうか?
「マリア=カートライト、……そう呼ばれているんだろう?」
掠れた低い声に名前を呼ばれ思わずびくりと体を揺らしたマリアに男は口の端を歪める。
その様子にマリアの握り締めた手は嫌に湿った。
「大丈夫だ、君を傷付けちゃ話にならないからな。ただ少しの間大人しくしてくれればいい」
男が立ち上がるとマリアは慌てて距離を取ろうとまた後ろへ下がるが、壁に突き当たってまた軽いパニックに陥る。
そっと伸びて来た手に喉がひくりと鳴った。
塞がれた口と鼻までを覆うように布を押し付けられ、またそこがぐるりと縛られる。
奇妙な匂いが鼻から届いたのにマリアは左右に身を捩って唸った。
何度頭を振っても布は剥がれない、躍起になっている内に徐々に意識が薄れ出した。
どれくらい時間が経ったのかマリアの動きは鈍くなり、再び戻って木箱に腰を下ろす男の姿さえもぼんやりと曖昧になっていく。
――助けて。
ぼんやりとした思考でマリアはただ繰り返す。
――助けて、ダグラス。
そんな事は有り得ないと、まだ縋っている自分を嘲笑して、意識は途絶えた。