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29.決別の時

 胸から喉へせり上がって来る吐き気にダグラスは口元を押さえた。


今彼の言った言葉を戯言として弾き飛ばし嘲笑してしまいたかったが、体の方が先に飲み込んでしまったらしい。


だがそんなダグラスを待たずジャンフランコは続ける。


「誰もが彼の頭はどうかしていると思っているが、そうじゃない。事実彼は未だ目も衰えていなければ、記憶を失ってもいない」


「だが、彼はすでに――」


「そうだ、かなりの高齢であるにも関わらずだ。僕は始め、彼とはその件で知り合った」


 ランドリアーニ家が懇意にしているというホテルの従業員でもある医師は、同時に延命の熱心な研究者であった。


そしてホテルがこの国への進出を始め、それについて来る形になった彼は偶然酒場でスミスと出会う。


その当時でさえ酒に溺れていた彼をその場の誰もが見過ごしていたが、その医師だけは違った。


平均寿命を超えているだろうに彼の「空想話」には筋が出来ていて言葉もしっかりとしている、実際年齢を知ると同年代の老人と比べて若々しいとさえ言える外見でもあった。


そこから医師の好奇心は始まったのだ。


仕事を放り投げ研究に没頭する医師を慕っていたジャンフランコは不審に思いその動向を調べた結果、彼もまたスミスと知り合う事になったと言う。


「あちこちの酒場を転々としているようだから、外見だけを見て誰も彼があのハロルド=スミスとは思わないだろう。例え知っている人間が見ても他人の空似だと思うだろうな」


「だが、だからと言って彼の言葉が信用に足るとは言えない」


 ジャンフランコは頷き、そして大きく息を吐くと緩く首を振る。


「僕だって未だに信じられない。君は歯の一本も欠けていない老人を知っているか?」


「なんだって?」


「自慢げに披露されたよ。それも『帝国』の技術だったと」


 ダグラスは弾かれたように勢いよく立ち上がった。


「彼はそこへ行ったと言うのか!?」


「当時は勿論信用なんてしなかったさ。ただ僕の目から見ても彼があれだけの若さを保っているのは異常だった」


 自分でもわからない何事かを吐き捨て、ダグラスは再びソファへと腰を下ろす。


そう、「異常」と言うより他はない。


このところ耳に入れる事は全てこんな事ばかりだ、殊にその「帝国」とやらに関しては。


「年を取るにつれ彼は理想郷の話を繰り返すようになり、誰もが相手にしなくなった。当然だろうな、誰が見てもマトモじゃない」


「彼の身体について何かわかった事は?」


 ジャンフランコは僅かに苦笑して首を振る。


「結局調べた医師の体の方が根を上げた始末だよ。だから尚更に、異常体質であった彼は自己肯定をする為にあの話を作り出したのかと思っていたんだ。まさか、彼の口から今になってあの国の名前が聞けるとは――」


「そんな……そんな馬鹿な。例え万が一にもそんな国が実在しているとして、マリアには何も特別なところなどないはずだ」


 そして言ってしまってからダグラスは戒めるように唇を強く噛む。


確かにマリアは特に頭が良かったという事もなければ芸術に秀でていたという事もない。


だが田舎の村娘にはない美貌と人の目を引く何かがあった、そして何より――彼女は聞いた事のない言葉を話しているのを実際にダグラスが聞いている。


「彼女は例の国の生まれなんだろう、そこに何か理由があるとしか思えない。彼女がこの国へ連れて来られた事も、そして彼女に似ていた僕の妹が執拗に追われ……殺された事も」


 ジャンフランコの言葉に反論したくとも喉が潰されたように痛んで言葉が出なかった。


何かを否定したくて頭を振るが、思考は勝手に可能性を考えてしまう。


 だがどう考えても納得など出来るはずもなかった。


理想郷――その言葉の聞こえだけはいいが、果たしてそれが本当にその言葉通りのものだろうか。


まるで家畜を交配し品種改良する、そんな人間だらけの国が理想郷だと言えるのか。


ダグラスは忌々しげに鋭く息を吐いた。


「彼によれば帝国はすでに失われているが跡地は各地に点在しているらしい。わかったのはあの国だけだったが、そこには帝国の本城があったと言っていた。彼らがもし……帝国の関係者であり、それについての企てをしているのなら、やはりそこへの移動が一番可能性としては高いだろう」


 一気に言った彼は力が抜けたように背凭れに倒れ、そして天井に向けた顔を両手ですっぽりと覆う。


「こんな……こんな事があっていいのか。妹はっ、妹は彼女の代わりに殺されたのかもしれない!」


「ふざけるな!」


 咄嗟に声を張り上げたダグラスをジャンフランコが胡乱な目付きで睨む。


どちらも引かぬまま睨み合った後、ふと視線を外した彼が今度は悲しげに目を伏せた。


「わかっている、でもどうしても僕から妹を奪った奴が憎くて仕方がないんだ」


「貴方から妹を奪ったのはマリアじゃない」


「そうだね……」


 長く息を吐いた彼はゆっくりと腰を折って上体を屈めた。


「そうだ、マリアの所為じゃない。彼女は唯一僕の妹の身代わりを引き受けてくれた大事な人だ」


「マリアが?この間もそんな事を言っていたな」


 ダグラスの「妹」である事をあれほど拒み続けていた彼女が、本当にそんな役割を引き受けたのかは未だ疑問に思うところだった。


幼い頃慕っていた「兄」の代わりを彼にも求めていたと考えていたが、しかし大人になろうと痛々しいほどの努力をしていた彼女が果たしてその理由だけでそんな事をするだろうか。


 彼は自嘲し、そして懺悔するかの如く深く項垂れた。


「憶えているか、僕に恋人がいたと言った事を」


 記憶を掘り出しダグラスは頷く。


その恋人もまた妹の身代わりにしていたのだと、彼は言っていた。


「幼い頃、心の支えであった妹を失くした所為か、僕は常に彼女の面影を求めている。それを思い知らされたのは、何度目かの恋人が自殺を図った後だった」


 予想外の言葉に思わず絶句したダグラスを彼が暗く笑う。


「恋人だなんて言いながら僕はちっとも彼女達自身を見ようとしていなかった。彼女は何度も自分を愛してと言っていたのに、耳も貸さなかったんだ。恋人なんて名ばかりでただ妹のように優しくし続け、僕はずっと真綿で彼女の首を絞めていた事にも気付こうとしなかった」


 膝に肘をつきジャンフランコは再び両手で顔を覆った。


丸めた背中には何か重たい物がどっしりと圧し掛かっているかのようだ。


「それならどうしてマリアを――」


「当時彼女があまりにも君に傾倒していたからだ。そして、僕自身が最低の人間だからだよ」


 表情もなく顔を上げて言った彼の瞳は虚ろで、だがそこに彼自身の揺るぎない真実が見える。


「彼女は……マリアは、言い換えれば僕の恰好の人形だったんだ。僕自身に兄に対してのような好意以上を持つ事もなく、僕の望むままの妹を演じてくれた。少しでもその境界線が崩れていたのなら、彼女は僕の嘗ての恋人と同じ運命を辿っただろう。それでも構わないと思った、僕の望みが一時でも叶うなら。……殴りたければ殴ってくれ」


「いや……」


 ダグラスもまた項垂れ首を振った。


当時マリアが彼に抱いていたものは嘗ての自分が欲しがったものだ。


しかし今はそれがどれだけ虚しいものであるかを思い知らされている。


彼が言うようにもしダグラスが同じ行動をしていたのなら、やはり結果は同じ事だっただろう。


表面だけの関係は何も生まない、片方だけが欲すれば尚更破綻する。


「そうだ、君はもう気付いている。けれど僕は……きっと一生この病からは逃れられそうにない。僕に君を殴る資格などなかった」


「マリアは知っていたのか?」


「全ては話さなかった。けれど気付いてはいただろう、お互い一定以上の好意は持たないと距離を保つ事が暗黙の了解だった」


 恐らく彼の「妹」に対する執念とも呼べるものはダグラスより深くて暗いものなのだろう。


同じように自分も幼い頃にマリアを失っていたらと思うと何も言えなかった。


「例の国は恐らく内乱で滅びたんだろう。どこの歴史書にも名前すら登場しない国だ」


「もし関係者であったのなら貴方の妹もその両親も、その内乱に巻き込まれたのかもしれない」


「そう。そして彼らの目的がマリアであるのなら、彼女は何か重要な役割を担っていると考えるべきだな」


 ダグラスは一つ間を置いて、エドウィンが机の脇に掛けて行ったドレスを手に取り前のテーブルに広げた。


「マリアが持っていた物だ」


「ああ……本当にどうしてこんな事に!」


 頭を抱えたジャンフランコを視界隅に収めながら、ダグラスはじっとあちこち汚れたドレスを見やる。


多分にマリアが逃亡の際に着ていた物だろう、所々切れた布がうっすらと赤黒い色を帯びているのを見て目を細める。


逃げている間どれだけ心細かった事だろうか、その間自分は何をしていたのかと思うと無意識に強く爪が手の平に食い込む。


「彼ら」が彼女に一体何をさせようとしているのかわかったものではないが、マリアが安穏としていられるような問題ではない事は確かだ。


 もしかしたらマリアは何もかもを知ってしまっていたのかもしれない、だからあれほどにダグラスを拒んでみせたのではないか。


ダグラスはその思考に大きく頭を振った。


彼女と距離を置き守っていたつもりが、それでさえも大きく意味を変え出している。


「他に例の国について何か聞かなかったか?」


「近頃になって彼は本当に精神を病み始めたらしい、同じ言葉ばかりを繰り返すんだ。場所を聞けたのがやっとさ。仕舞いには急にまた興奮し出した所為か今は病院にいる」


「そうか……。今俺の父が動いている、ヴィーンラットが捕まればいいんだが」


 言いながらその可能性も低い事に気付き始めていた。


行方をくらました彼がマリアと一緒にいる可能性も高い、つくづくあの時彼らを逃がしてしまったのは自分の失態だった。


しかしもう後悔は役に立たない、ただ失敗は学んで次に活かさなければ駄目なのだ。


「一体マリアに何をさせるつもりなんだ?彼女は普通の、心優しい女性だ。彼女に国に関わる何かが出来ると思っているなら間違っている」


 吐き捨てるように言ったジャンフランコにダグラスも大きく頷く。


彼女は――。


「心優しくて、だからすぐ悩む。なのに意地っ張りで頑固、昔は彼女の無茶にこっちがハラハラさせられた」


 彼もダグラスの言葉に少し微笑む。


「今もそれは変わっていないみたいだね。だからこそ彼女は決して希望は忘れないだろう、僕達もそれを信じて進むしかない」


 そこでノックの後現れたエドウィンが朝一番に発てる手筈が整った事を告げに来た。


頭を下げ早急に出て行った彼を見送った二人は暫し黙り込む。


「ランドリアーニ。ここに、弱音を置いて行っても構わないだろうか」


 ジャンフランコが頷いたのを認めて、ダグラスは静かに深呼吸する。


「どうも、普通じゃない気がする。いや普通じゃない事よりももっと異常な事だ。彼女が母親から譲り受けた例のブローチには、暗にもう一人の母親と名乗る人物から彼女の事がプリンセスと書かれていた」


 それにはジャンフランコも顔を歪め一瞬反論しかけたようだったが、やがて力なく首を振る。


「よくある小さな少女への言い回し……と言い切れないのが辛いな」


「もし、もしも得体の知れない国の王女なんかに祭り上げられているのならと思うと――」


 ダグラスは強く両手を組んで握り、怒りと遣り切れなさに震えるそれを止めようとした。


ブローチに刻まれた言葉は何故かいつも頭にこびり付いて離れなかった事だ、それがまた到底信じ難い意味を持ち始めている。


 とてつもない恐怖を感じた。


その渦中にマリアがいると思うと恐ろしくて堪らない。


「僕が知る彼女は、マリア=カートライトと言う女性だ。さっき君が言った通りの」


「俺が知る彼女も、どこかの国の王女じゃないんだ」


 自分でも驚くほど強い口調で言ったダグラスに彼は頷いて立ち上がった。


「実を言うと、マリアは僕の妹に外見以外はあまり似ていないんだよ。僕の妹は泣き虫で、いつも僕の後ろに隠れているような子だった」


 長い足でドアまで歩き、そこで振り返る。


「だから、同じ結末にはならないだろう」


 頷いたダグラスを一瞥した彼が出て行くと、張り詰めたような静寂が戻る。


ダグラスはドレスに手を伸ばし出来る限り小さく畳むと、自分で整えたトランクの中にそれを忍ばせた。


そして窓辺に歩み寄り、群青色に染まり始めた空を見上げる。


 マリアはあの小さな村で育った素朴な女性だ。


ダグラスを追いかけていた頃でさえ、他の女性達のようにただ着飾って気を引く事などしなかった。


彼女は自分が思う以上に自身が何者であるかをよく知っている、ダグラスにはなかった聡さでもって。


だからこそ彼女が一国の王女のような立場を受け入れるとはどうしても思えない。


彼女は城で華々しい生活を送るより、すぐに声が聞こえるような小さな家で弟妹達と暮らす事を望むだろう。


 もしかしたら、マリアがそんな状況を受け入れてしまうかもしれない――言葉に出来なかった弱音は息と共に大きく吐き出した。


これまで散々マリアも、そして自分自身ですらも見失って来た。


もう疑ってはいけない、嘗てマリアが己を信じてくれたように。


マリアはきっとあの小さな頭で今も尚逃亡を企てている事だろう、彼女の粘り強さは誰よりもよく知っている。


 例えもし真実がどんなものであっても、彼女は「マリア=カートライト」だ。


「マリア、必ず――」


 ダグラスは黒くなりかけた空に一つ瞬いた星に誓いを立てる如く手を伸ばす。









 エドウィンが手配した列車で港に向かう間、ダグラスはその間にも届けられた情報を全て頭に叩き込んでいた。


敵の懐に入り込むにも等しい今、一つでも洩らす訳には行かない。


「ダグラス様、何かお持ちしましょうか?」


 ダグラスが俯いていた顔を上げるのを待って声をかけて来たのはエドウィンの甥の息子で成人を迎えたばかりの男だ。


彼は昔からエドウィンを慕っていて幼い頃から彼と同じ職に就くべくしていたようだが、今回の同行には未だエドウィンは渋い顔をしている。


勿論それはダグラスも同じだった、しかし彼は事もあろうにこの列車に飛び乗って来てしまったのだ。


「フレデリック」


「フレッドと呼んで下さいって」


 まだ少年とも呼べそうなそばかすの浮いた顔をにこにことさせて言うフレデリックにダグラスとエドウィンは同時に溜息をついた。


同行者は他に三人いるがその誰もが長年様々な経験を積んだ者達ばかりだ。


「フレッド、遊びに行くのとは訳が違うと私が何度も――」


「エドはすぐ俺を子供扱いする。ダグラス様、俺を連れて行って決して後悔はさせませんよ」


 すでにしていると言いかけたがダグラスは窓の向こうに視線を流す。


「フレッド、俺は仕事に行くのでもないんだ」


「ええ、知ってますよ。マリアさんを助けに行くんですよね!」


 ダグラスは瞬時に正面に座っていたエドウィンを睨んだが、彼は慌てて首を振ってフレデリックの頭に拳を落とした。


事前に人払いをしておいて心底よかったとエドウィンが溜息をつく。


「一体お前はどこからそんな事を考え出したんだ」


「えぇ……でもダグラス様に幼馴染みの大事な方がいるって俺学校の先輩の兄貴から聞いたんだよ。昔エドの所に遊びに行った時にダグラス様と一緒にいる所を見た事もあるし。可愛いって言うか、綺麗な人ですよねえ……ぃってえ!」


「全くお前は!どうしてそう父親の悪いところばかり――」


 そのまま延々と説教が続きそうなエドウィンを制し、ダグラスは頭をさすっているフレデリックに目をやった。


「マリアを知っているのはわかったが、何故彼女を助け出しに行くなんて発想に至ったんだい?」


 問うとフレデリックは待ってましたと深い青の目を輝かせて身を乗り出す。


エドウィンの甥に会った事はなかったが、以前の姪の話からしてもエドウィンが特別生真面目な性格のようだった。


「俺こう見えて顔は広いんですよね、配達の仕事もしてましたから。勿論マリアさんが勤めていたホテルにも行きましたよ」


 なるほどとダグラスは肩を竦める。


ホテルの従業員達は客に情報が漏れる事がないよう気を配ってはいるだろう、しかし「人は話をするもの」という事だ。


だがそこでもある程度緘口令が敷かれている中全ての情報を得た訳ではない以上、あとは彼の観察と洞察になる。


「フレッド、好奇心は――」


「俺は猫じゃありませんよ。それにこれは好奇心でもない」


 ふうと息を吐いたフレデリックはエドウィンを見た後ダグラスに向き直った。


「俺はいずれ最高と称される執事になりたいんです。エドウィンよりもね。その為の好機は逃さない事にしている、動機としてはそれだけです。俺一人でも勝手に付いて経験は積ませて貰うつもりですが、勿論同行を許可してして頂ける分には働きを保証しますよ。如何です?当方研修中につき、給金も要りません」


 ダグラスはフレデリックの真っ直ぐな視線を受け止め、やがてふっと笑う。


「買うは貰うに勝る。だから、その意志は買おう」


「よっしゃあ!流石ダグラス様だ、話がわかる」


「調子に乗るな、馬鹿者め!」


 再び勢いよく振り下ろされたエドウィンの拳の下でフレデリックの頭が鈍い音を立てて鳴った。


やれやれと首を振るエドウィンの新たな一面を見た気がして僅かにダグラスの表情も緩む。


だがそれも流れて行く景色に目をやっている内に消えた。


 自分の言葉がふと蘇る。


これは仕事ではない、まして義務でもない。


あれほど幼い頃から夢描いていた立場を捨てたと知ったらマリアはさぞや嘆き怒り狂うだろう。


そう考えてダグラスは再び口角を上げる。


それこそ望むところだ、彼女が彼女らしくいられる事こそ一番の望みなのだ。


「いやあ、いいですよねえ。あ、不謹慎ですけど。でもダグラス様が助けに来てくれたらマリアさんもきっと喜びますよ」


「どうだろうな……」


「絶対そうですよ!」


「お前はもう喋るな!」


 またしても頭に拳を落とされたフレデリックに苦笑しながらダグラスは密かに息をつく。


しかし例えマリアが喜ぼうとそうでなかろうと、もうそれは問題ではない。


彼女がその場所から逃げたいかどうか、その意思だけが重要だ。


もしかしたら逃げ出したマリアと入れ違いになるかもしれないと考え、ダグラスは無意識に顔を険しくする。


あまり無茶はしないで欲しい、今度はあのドレスに出来ていたような傷を負うだけでは済まないかもしれない。


 窓の向こうにマリア達が住んでいた家に似た家を見つけた。


そしてそれが視界から流れ去って行くのと同時に目を瞑る。


真っ暗な中に浮かぶのは昔のマリアではなく、大人の女性として成長しつつある今のマリアだ。


再び目を開き、ダグラスはその姿を胸に焼き付ける。


 ただ守られているだけ、ただ支えていられるだけ、優しいだけの幼い頃と決別の時が来た。


過去も立場もなく、今胸に唯一人を描き、彼女を真っ直ぐに追いかける。





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