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12.失ったもの、失えないもの

 怒鳴り付けたい激情を抑え、ダグラスは短く息を吐き出す。 


とてもではないが、耳にした言葉を真実とは考えたくなかった。


「ダグラス様」


 そう言った執事の窺う目が自分のどんな顔色を捉えているかはわかった、それでもダグラスはただじっとその場に佇んで先程の執事の言葉を反芻する。


脱力感を味わいながらも、体の底から何かが湧き上がって来るのも感じた。


ぎりぎりと締め付けられたように痛む頭で様々な可能性を思考する。


「もう一度状況を洗い直すんだ、それからヴィーンラットの方も調べろ」


「承知致しました」


 出て行く執事を見向きもせず、ダグラスは焦燥感に襲われるままうろうろと室内を歩き回る。


爪が食い込むほど強く握った手が徐々に火が点いたかのような熱を帯びた。


 ――マリアが消えた。


ホテルから仕事が終わりアパートメントに戻る際に忽然と消えたらしい。


ダグラスがこの州に来てマリアと接触する事で、万が一に備えてマリアの様子を報告させていた者がいなかったらもっと報告は遅くなっただろうと考えてぞっとする。


聞けば昨夜の出来事だったようだ、仕事が終わりホテルを出るところまでは見たと一緒に仕事をしていたジャックという青年はそう言ったらしいが。


事実今朝になってもマリアが戻らずホテルにも仕事に出て来ない事で同室の女性があちこち聞き回って騒ぎになり、今になってダグラスに報告が来た。


 ダグラスはソファの背凭れを強く握り締め片手で口元を覆う。


まだヴィーンラットの関係の仕業だとはわからないが、失態だったと自分を罵った。


大した距離ではないとはいえ夜遅くまで仕事をしていたらしいマリアに誰かを始終付かせておくべきだったのだ。


マリアが農場を手放してしまうまでは農場を狙う輩の為に人を付かせてはいた、しかしマリアがこちらに来て以来マリア個人に危害を加える者はいなくなるだろうと油断していた事もある。


ヴィーンラットの関係者もマリアが家すら離れた事でダグラスと昔のような親密な関係があるとは思わなかったはずだ。


実際マリアと夜会った時に付かせていた者からは人の気配がなかった事は報告されているし、一応の為に昼間会った時にはラモーナもわざと同行させた。


 だとすればヴィーンラットも関係のない、ただの人攫いだろうか。


そうだとしても第一の報告で目撃者さえも出なかったのが気になる、計画的な犯行なら少なくともマリアに狙いをつけていた事になるのだから。


痛む頭を押さえ、ダグラスは強く奥歯を噛み締めた。


その瞬間ドアが慌しくノックされ、返答する前に開かれたドアから顔を見せた人物にダグラスがはっと息を飲む。


「母さん……」


「ダグラス、どういう事なの?」


 もう一つ自分が犯していた失態にダグラスは密かに舌打ちする。


ヘンリエットが近頃顔を見ていない息子に会いに近々こちらに来ると言い渡されていたのを失念していた。


強張った顔から察するに、こちらに来て耳にしてしまったのだろう。


とりわけ仕事の事でマリアと距離を置く羽目になったのを悔やんでいたのはヘンリエットだ。


その母がマリアがこちらに来ていると報告は受けていたのだから、自分で状況を確かめようとしなかった訳はない。


父について近くに来ていたのをいい事に時間を割いてやって来たのはマリアの事もあったのだろう。


 昔からダグラスは母には弱い、そしてこの表情のヘンリエットから逃れられるとも思わなかった。


「俺も今聞かされたばかりだよ。エドウィンから聞いたの?」


「いいえ、マリアが働いているっていうホテルに友人がいるのよ。彼女から聞いたら……あの子がいなくなって従業員達の間ではちょっと騒ぎになっているって」


「俺の所為だ、きっとマリアに昼間接触したのがいけなかった」


 時間をずらした事と会員制の場所だからと、またしても自分のしてはならなかった油断を知る。


「ヴィーンラットの者なの?」


「わからない……クリスとキャットは今は無事みたいだ。今後は始終人を付かせるよう手配してある」


 ヘンリエットは傍にあったソファにくたくたと腰を下ろす。


「ごめん、俺の……全て俺の所為だ」


 マリアから頼られる事に固執さえしていなければ、もっと他に方法はあったはずだった。


恋人としては付き合えなくとも、自分さえ昔のように接し続けていたのなら、マリアは必ずわかってくれたはずだ。


そしてまたダグラスを兄のような存在として受け入れてくれたはずだ。


――虚しい仮定に後悔する。


 そしてぽつりぽつりと懺悔するように母に吐き出す。


そんなダグラスにヘンリエットは手招きし、足元に跪いた息子の頭を撫でた。


「貴方を追い詰めてしまった責任は私達にもあると思っているわ。わかってはいたの、貴方がプレッシャーに悩んでいる事は。でも貴方はマリアと会ってからは落ち着いたように思えた。そう、きっと私達はマリアに甘え過ぎてしまったのね」


 ヘンリエットはダグラスを見詰めて力なく微笑む。


実母の顔はヘンリエットが持っていた若い頃の肖像画でしか見た事はなかったが、ヘンリエットによく似ていたと当時も思った。


何故か、声も知らぬ実母が母と重なる。


「貴方が気付いていないなんて思いもしなかったのよ。とっくに貴方は知っていたかと思っていたの」


「何を?」


 まるで何も知らなかった子供時代に戻ったかのような気持ちでダグラスはヘンリエットを見上げる。


「貴方がマリアを、とても愛しているという事によ」


 微笑んだ母の言葉を反芻し、やがてダグラスは眉を寄せて首を振った。


確かに自分はマリアを愛している、父や母とはまた違った意味でとても近い存在の「家族」として。


「母さん、それは――」


「貴方の言いたい事はわかるわ。確かに私は仕事が忙しくなってからというもの、お父様についてばかりで貴方と普段接する機会は少なくなった……母親としては情けない限りだけれど」


「そんな事はないよ」


 周囲の反対を押し切っての結婚だっただけにヘンリエットが如何に普段から気を張っていたかは今になれば容易に想像はつく。


慣れない貴族とのやり取りはかなり神経を磨り減らしていただろう、それでもヘンリエットは顔を会わせれば常にダグラスを気にかけてくれていた。


 ヘンリエットは小さく笑う。


「でもダグラス、マリアは貴方の何?」


「家族だよ、……妹みたいな。大事な人だ」


「そう、貴方はマリアをすでに受け入れてる。わからない?自分の一部として感じているのよ」


 思ってもみなかった言葉にダグラスは息を飲んで唇を結んだ。


そして酷く自己嫌悪に囚われる、思い当たる事は今となっては幾らでもあった。


自分のもののように感じていたから、思い通りにならないマリアに不満をぶつけたのだ。


口実をつけて突き放し自分に縋る事を願っていた、そうしている間にマリアの存在そのものが消えてしまう事など考えもせずに。


「――最低だ」


 頭を抱え唸るように言ったダグラスの上から盛大な溜息が降って来る。


顔を上げれば疲れたような顔をしたヘンリエットがいた。


「わからなくても無理はないかもしれないわ。それだけ貴方達は近くにいた、私の目から見ても、貴方達は常に一つに寄り添っていたわ。……貴方はその存在を失えないと本能では気付いていたのね」


 とてもそうとは思えずダグラスは首を振る。


そんな事に気付いていたのなら、マリアは今も農場や家を手放す事もなく攫われる羽目になどもならなかったに違いない。


「ダグラス、貴方最近キャンピアン家のお嬢様と親しいみたいだけれど、彼女と結婚するつもり?彼女とどんな家庭を?」


 またしても予想だにしなかった言葉に面食らい、ダグラスはじっと黙り込む。


どんな家庭を築きたいかなど考えた事すらなかった、そもそも今までの恋人でさえただ一時の刺激にしかならなかったくらいだ。


マリアと接する機会がなくなってからは自分の隙間を埋めようと躍起になったが、しかし誰一人として彼女のような安心感をくれた人などいなかった。


ただボルジャー家に相応しい家柄の令嬢と知り合う為、その人脈作りの役割の方が大きかったほどで。


 頭の中で思考の糸が縺れたように混乱する。


「結婚」が「家庭」を作る事に繋がる事だとは結び付きもしなかった。


言い淀むダグラスにヘンリエットは緩く首を振る。


「彼女がいなくなったらどうする?」


「他の――」


 言いかけてダグラスがはっと口を噤んだ。


ヘンリエットはそれを見詰めて小さく頷く。


「貴方にとって恋人も花嫁候補も、ただ替えが利くお嬢さんに過ぎないみたいね。だから、マリアを恋人にしたくなかった」


 ゆっくりと言った母の言葉が浸透して行く、ダグラスは力なくソファに凭れた。


 ――恐らくは、その通りだ。


ただ自分の立場に固執するばかりで、そこに感情は必要なかった。


「ボルジャー家の息子」としての相手を選ぶばかりで、確かに今まで付き合った女性達は皆ダグラスと同じような人間ばかりだったのだからそこに生まれるものなどあるはずもない。


 恋という感情を知らなかったからではない、むしろ当たり前のように自分の中に存在していたのだ。


そしてあまりにも自然過ぎて、失う事など考えもしなかった。


朝が来ると真剣に疑わないのと同じように。


 ダグラスは両手で自分の顔を覆う、愚かに歪んだ顔を母に見られたくなかった。


しかしヘンリエットは息子の頭を優しく撫でる。


「ごめんなさい、もっと早く貴方とこうして話すべきだったわ」


「いいや、違うよ母さん。俺がただ――」


「ダグラス、一刻も早くマリアを探しましょう。それからクリスとキャットはもうすぐ長期休暇ね、その間は私達の別荘に呼びましょう。彼らがマリアに接触したかもしれない以上もう悠長な事は言っていられないわ、手元に置いていた方がどれだけ安心か。――貴方はまだ選択を間違えた事を悔やんでいる暇はないのよ。マリアは必ず見付かる、そう信じるの」


 ダグラスは頷いて立ち上がる、その姿をヘンリエットは目を細めて見上げた。


「貴方は……ユーニスによく似ているわ」


「どんな人だった?」


 一度も聞いた事はなかった、ダグラスにとって「母親」はヘンリエットだというのが事実であったから。


彼女は小さく笑って遠くを見詰める。


「情熱家だったわ、興味のある事にはとことん突き進むの。だから時折他に目が行かない視野の狭さはあったわね」


 そんな言葉にダグラスが苦笑した。


「でも不思議と人を見る目がある子だった、あの子が愛した人なのだから確かな人だったと私は今でも疑ってはいないの。もしかしたらあの子を引き止めておくべきではなかったのかもしれない。例えどんな事態になっても、最後まであの子の望むまま愛する人を追わせるべきだったんじゃないかと……今は思うの。見ていられなかったわ、愛する人の最期の姿も見れなかったあの子がどんどん衰弱して……あんなに元気だったあの子が……」


 ダグラスは再び膝を折り、母の肩に手を置いた。


そしてその手をヘンリエットが包むように撫で、軽く目を伏せる。


「でもユーニスは病気をしてからはずっと貴方の事ばかりだったわ。ベッドからも起き上がれなくなっても、ダグはどうしている?泣いていない?姉さんとは仲良し?って」


 一瞬瞼を震わせたヘンリエットが腕を伸ばすと、ダグラスもそれに沿って腕を伸ばし抱き締め返す。


「貴方はボルジャー家の息子なだけではないのよ。ユーニスとその愛する人と、私の、そしてエイブの愛する息子、忘れないで。――ダグラス」


 そっと顔を上げたヘンリエットはじっと真っ直ぐにダグラスを見詰めた。


「愛する人を手放しては駄目よ。いい?マリアは無事よ。彼女と、そして自分を信じるの。今はそれだけを考えて行動しなさい。お父様には私から話しておくから」


 その言葉を心で噛み砕き、ゆっくりと飲み込む。


そして、ダグラスはしっかりと頷いた。















 だが状況は何の進展もないまま時だけが無常に過ぎて行く。


それでいてダグラスにとっては恐ろしく長い時間だった。


 あらゆる交通機関に働きかけてみたが、やはりそれらしい人物は挙がっては来ない。


精々見付かったのは密輸の犯人が数人だ。


こうしている間にもマリアの身に何かが起こっているのではないかと思うとじっとしていられず無意味に部屋を徘徊する事になる。


 なんと情けない姿だろうと思うが、日が経つにつれそれも最早どうでもよくなった。


母が気を回すまでもなくダグラスの頭にはマリアの事で溢れ返っている。


時折我に返っては自嘲するのだ、彼女の存在が確かめられるところにないだけでこうも不安定になってしまう自分を。


マリアの存在に依存したまま実に進歩のない自分に嫌気が差す。


しかしもうどうにも出来なかった。


 再び会えるのなら詰られても口を利いて貰えなくとも構わない、ただ彼女の存在を感じたい確かめたい。


忍び寄る最悪な思考を振り払っては、願うのはそればかり。


 自分がボルジャー家の息子であるべく必死になって来た分、マリアに支えられて来たのだと思うと、自分の行いに羞恥すら遠退いた。


浅ましいにも程がある、今までの自分こそが都合のいいように彼女を振り回してた挙句、不満をぶつけ要求し続けていたとは。


だから今度は――今度こそは、マリアの為に与えるのだ。


彼女が望む通り、自分がその全てを叶えて見せよう。


「ダグラス様」


「どうだ?」


「はい……」


 一日中あちこちを駆けずり回る中、先に戻っていたダグラスは執事に状況の進展を窺う。


マリアが行方不明になってすでに一月が経とうとしていた、目撃情報はどれも的の外れたものばかりでダグラスの心は焦りに覆われる。


「――そうか、それで」


「はい、確認が取れていませんが、恐らく間違いはないかと」


「わかった。エドウィン、今日はもう休むといい」


「いいえ、主人がお休みになられないのでしたら、私は休む事など出来ませんよ」


「……今日はもう休む。明日は朝一番で出る、用意を整えてからエドウィンも休んでくれ」


「承知致しました」


 口元に僅かな笑みを浮かべて頭を下げた執事が出て行くのを見送ると、ダグラスはシャワーの支度を始めて、鏡に映った自分の顔を咄嗟に握った拳で殴り付ける。


ずるずるとその手を下ろせば憎しみに歪んだ自分の顔があった。


 とある船の船員がマリアらしき女性を見たと口を割った。


船に乗せた荷物の中から箱の中に入っていた大きな包みを二人組の男が取り出すところを目撃し、そしてその包みの中からは金髪の女性が出て来たと言うのだ。


行方不明になったその日マリアが着ていた服とも特徴は一致している。


そして二人組の男の特徴はヴィーンラットが度々接触していた者とよく似ていた。


騒ぎに巻き込まれないよう船員は保身を図って黙秘していたようだが、ダグラスが懇意にしていた保安官から手が回り、船頭から厳しく追及された挙句だったらしい。


 受けた報告を思い出し、もう一度ダグラスは鏡に拳を叩き付ける。


その女性は暗がりでよくは見えなかったようだが、ぐったりとした様子で男達が水やパンを無理矢理口に押し込んでいるような状態だったらしい。


それが終わるとまたぐったりと横たわってしまった女性を布で包み、男達は荷物そのままの扱いで箱の中へと入れたと言う。


それから船員がこっそりと覗いたところ、船にいた間ずっとそんな調子だったようだ。


 命は取られていないと、少なくとも攫った相手にマリアを生かす意思はあると、そう楽観視する事はどうしてもダグラスには出来なかった。


その男達への強い憎しみ、そしてその隙を作り出してしまった自分への憎しみが募る。


もう一月も経つのだ、どんな可能性が生まれているとも限らない。


 ダグラスはぶるりと強く頭を振って思考を払った。


いけない、と強く拳を握り服を脱ぎ捨て熱いシャワーを真上から浴びる。


マリアは無事だ、きっとマリアは逃げ出す隙を窺っているに違いない、そうだ、マリアは黙って閉じ込められているような人じゃない。


恐らく今必死に自分を奮い立たせている、クリスティアンとキャサリンの無事を願って。


――自分が助けに行くなどと、考えてもいないかもしれないが。


 けれどそれでいい、マリアの心が折れてさえいないのなら。


必ず助けに行く、だからそれまでどうか、泣いたりなどしないで欲しい。


「どうした?」


 シャワー室から出て着替えたダグラスはノックの音に顔を上げる。


「失礼致します。クリスティアン様とキャサリン様がお見えです」


「こんな時間に?通してくれ」


 執事にそう言うと頭を下げて姿を消した後、暫くしてクリスティアンとキャサリンが浮かない顔で部屋に入って来た。


先日から長期休暇に入り、ヘンリエットが迎えに行って今は別送に行く前に母と父のホテルに泊まっているはずだ。


「久しぶりだな。どうかしたのか、誰と来た?」


 まさか二人に黙って出て来たのではないかとダグラスが訝しむと、クリスティアンが「おばさんに。下で待ってるよ」と告げる。


ほっとしながら二人をソファに促して、ダグラスはその正面に腰を下ろした。


「それで、一体こんな時間にどうしたんだ?」


 やんわりと言ったつもりのダグラスの言葉にキャサリンが顔を上げてきっとダグラスを睨む。


「どうもこうもないじゃない!姉さんは一体どこなの!?」


「誰に聞いても教えてくれないんだ。僕達の身が危険てどういう事なの?ダグラス、お願いだから姉さんに会わせてよ」


 思った以上に切羽詰った様子の二人の視線を受け止め、ダグラスはふと息をつく。


勿論全て説明する訳にはいかない、二人にとってどんなに憎まれ口を叩こうともマリアがたった一人の大事な家族だとダグラスはわかっていた。


そんなマリアが攫われたと聞けば、二人がどんな行動を起こすかは目に見えている。


こうしてヘンリエットを押し切ってここに来たように。


「説明されているはずだ。マリアは別な場所に仕事に出てる、それを放棄して来る事は出来ないんだよ」


「そんな事!姉さんに何かあったらどうするのよっ!」


 張り上げたキャサリンの声は震えていた、隣で俯くクリスティアンの顔色も悪い。


「大丈夫だ、始終人を付けてある。マリアは無事だよ、彼女も君達に早く会いたがってる」


 自嘲しそうになる自分を堪え、ダグラスはそう言った――自分の願いのまま。


ダグラスの言葉を受け入れまいとするようにキャサリンが首を振る。


「嘘よ、姉さんが会いに来ないのは理由があるんでしょう!?私……私達が嫌いになったから会いに来ないんでしょう!」


 思ってもみない言葉にダグラスがぎょっとした。


しかしクリスティアンも顔を上げてダグラスの様子に構わず身を乗り出して言う。


「僕達が嫌になったから家も農場も売ったんだろう?ダグラスが買うって言ったのを断ったって聞いたよ」


「誰にそんな事を……」


「カヴィルだよ」


 以前マリアを狙っていた嫌な感じの男だ、ダグラスが人を使って二度と近付けないようにしてやったが、どうやらまだ根に持って弟妹の周りまでうろついていたらしい。


内心舌打ちしながら、ダグラスは努めて笑顔を二人に向けた。


「そんな事はないよ、君達も聞いただろう?農場はあのホルブルックが買ったんだ、夫妻が小規模でやりたいようだから何も変わらない。それに家だって少しの間夫妻に貸しているだけだよ、マリアがあの家を手放す訳がないだろう?」


 ダグラスが後でホルブルック夫妻に会いに行って確かめた事だ。


マリアにその意思があるのかどうかはわからないが、しかし方法があるのなら取り戻すに決まっている。


それを思えば確かにホルブルックと取引が出来たのは幸運だった。


どうやってマリアが彼らと知り合ったのかはわからないままだが、ホルブルック夫妻はダグラスも別件で取引した事のある信頼のおける相手には違いない。


 宥めるように言ったダグラスにそれでも二人は暗い顔のままだ。


二人を引き込んでしまえばマリアが昔のように接してくれるのではないかと期待して取った己の行動が、今や全く裏目に出てしまっている事にまた勝手な憤りを感じる。


この子達からも姉を奪ってしまったのは自分だった。


「どうしてマリアが君達を嫌っているなんて思うんだ。学校は楽しいんだろう?」


 報告でも二人は問題なく寮で生活しているようだ。


確かに最近は二人が反抗期のように反発していたようだが、ダグラスでさえもマリアが二人を嫌うなどとは思えない。


むしろダグラスが羨ましいほどにマリアに愛されている。


彼女が一人で苦しい時、傍に求められていたのはこの二人だったのだから。


「だって」


 キャサリンが泣きそうな声で言うのにクリスティアンも肩を落とした。





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