第7話「夏灯花火」
G∀MEによる『Ignition』のレコーディング現場。
私は立ち会うよう指示され、指定されたスタジオに向かった。
「奏ちゃん、いい曲ありがと。今日はよろしくね」
「……はい。よろしくお願いします」
言葉を交わしたあとは、手慣れたスタッフの指示でテキパキと準備が進む。
マイクチェック、仮歌の再確認、リードの歌い出し……
流れに身を任せるように、私はブース前の椅子に腰を下ろした。
耳にかけたヘッドホンから、G∀MEの歌声が響いてきた。
イントロが、少し速いテンポで。
原曲よりも硬質な音色に仕上げられていた。
……ああ、こうなるんだ。
思ったよりも、何も感じなかった。
ただ、冷静に確認しているような気持ちで眺めていた。
「じゃあ、2番いきます」
進行はスムーズで、誰の手も止まらなかった。
「ナイステイク!」
ディレクターの声に、KAIさんは満足そうにヘッドホンを外し、ストレッチをしながら口を開く。
「やっぱ良いわ、この曲。こっちで正解っしょ?」
正解って……何よ。
私は、肯定も否定もせず、ゆっくり立ち上がる。
「……KAIさん、ありがとうございました。
おかげで、自分にどれだけ力がないか、よくわかりました」
どこで一番、この曲が輝くのか……
「私は……私が歌を歌う人を選べるくらい……
もう二度と……誰にも私の曲を奪われないようになります」
私が、一番わかってる。
「私も……スターライトパレードのみんなも逃げません」
KAIさんが、驚いたように目を見開いた。
「……それでは、失礼します」
一礼して、足早にスタジオを後にした。
言ってしまった。
初めて、あんな大胆なことを……
心臓がバクバクしてる。
でも、レコーディングを聴いて確信した。
違う。私は、ドキドキしなかった。キラキラもしなかった。
やっぱりあの曲は、スターライトパレードの曲なんだ。
「じゃあ、音羽さん。聴かせてもらえる?」
「……はい」
緊張と、少しの覚悟を込めて、返事をした。
部屋には、スターライトパレードのメンバーだけでなく、プロデューサー、ディレクター、マーケティング、演出、音響、振付……
各部門の担当者が勢ぞろいしている。
さっきまで笑い声の飛び交っていた空間が、再生の合図とともに、ぴたりと静まり返った。
『Ignition』の試聴会と同じ部屋、同じ空気。
あの時は緊張ばかりだったけれど、今回は違う。
自分でもびっくりするくらい落ち着いているのがわかる。
あの曲の代わりに、リリースに間に合わせるために三日で書き上げた一曲。
タイトルは……『Éternité(エタニテ)』。永遠。
ベートーヴェンを思わせる和音から始まる……
クラシックの影を残しつつ、今の自分だからこそ作れた曲だと思う……
たどり着いた“自分の音”を形にした一曲。
……私が弾くピアノの旋律から始まり……
柔らかく、でも芯のある和音。
息を飲むような静けさのなか、ゆっくりと音が広がっていく。
弦が重なり、コーラスが滲み、わずかなブレスまで計算されたような構成。
「……なに、これ……」
誰かがぽつりと呟いた。
リズムは激しくない。むしろ、抑えられている。
だけど、張り詰めたような緊張感と美しさが、空間を支配するよう意識した。
Bメロに入った瞬間、ふっと転調する。
クラシックの定石から外れた大胆な跳躍が、思考をさらっていく。
そして、サビ……
フルオーケストラと打ち込みの境界が溶け合い、圧倒的な“音の景色”を想像できるよう……
演出担当の男性が、無意識に椅子から身を乗り出していた。
「……これ、映像いらないんじゃない?音だけで泣く……」
「……え、今のストリングス、同時に3ライン走ってる?やば……」
「これ、どうやって振り付ければいいの……?逆に、立ってるだけでも成立する曲……」
マーケティング担当が、震える声で呟く。
「この曲、どんだけバズるか想像できないんだけど……」
プロデューサーが腕を組んだまま、目を細めた。
「すごいな……」
メンバーたちも、すぐには口を開けなかった。
やがて、セナ君がそっと言った。
「……もう、何も足す必要ないじゃん。これが、オレらの音だろ」
その声で、ふっと空気が戻る。
「……これで、行こう。決定だ」
あの時と同じく……セナ君に頭をくしゃっとされた
「おつかれ」
「奏~~~~!!!ありがとう」
「わっ」
後ろから遊里君が勢いよく抱きついてきた。
「もう!ほんとヤバかった!今の、鳥肌立った!ていうか泣いた!」
「ユーリいい加減離れろ」
遊里君がようやく離れてくれたかと思ったら、今度は怜央さんが背中をぽんぽんと叩いてきた。
「奏ちゃん、本当にかっこいいよ」
「そんなことないよ……」
「謙遜かよ~!いやでもマジで、奏の音で踊れるの、嬉しいわ俺」
そう言って真央君がニッと笑い、隣の蓮君が小さく頷きながら呟く。
「……あの曲、ライブのラストに持ってきたら絶対泣く」
「っていうか、さっき泣いてたの自分じゃん」
「泣いてない。翔君の気のせい……ちょっと潤んだだけ」
そのやりとりに、ふっと笑い声がこぼれた。
張り詰めていた空気が、ようやく和らいでいく。
私も……胸の奥で、ようやく一息つけた気がした。
怒涛の作曲作業が終わって、気づけば季節はもう5月。
ちょうど1年前、あの音楽堂でセナ君と出会ったんだった。
今日は久しぶりに、あの場所に来てみた。
変わらず置かれているストリートピアノに、そっと手を伸ばす。
もし……あのとき、ピアノを弾いていなかったら。
セナ君は、私を見つけてくれただろうか。
そんなことを思いながら、あの日と同じように、思いつくまま音を紡ぐ。
……少しだけ、自分の音が変わった気がした。
きっと理由は、ひとつだけ。
「ふぅ……いい感じに頭、冴えてきたかも」
メンバーは、アルバムのリリースとツアーを控えて、慌ただしい日々を過ごしていた。
アルバム発売と同時に始まった『Dear You』を使ったCMでは、あの空港のシーンが再現されていて……
見るたびに、胸がぎゅっと熱くなる。
誰かの旅のお供に、あの曲がなっていたら。
そう思うと、嬉しかった。
そろそろかな……
「……もしもし?」
『奏?……起きてた?』
今、メンバーは地方でライブ中。
いつからか、セナ君は公演後に電話をくれるようになった。
「うん。課題やってたとこ。……おつかれさま」
『……』
話す内容は他愛もないことばかり。
ライブのこと、最近の出来事、私の近況。
ただ、それが嬉しくて、つい1時間くらい喋ってしまう。
「どうしたの?疲れてる?」
数日前のLINEやりとりを思い出す。
奏:真央くん、お誕生日おめでとう!
柊真央:え、奏ちゃん……最高やんか
豊田遊里:よっ!!今日の主役!!!
御影怜央:朝イチで“自撮りキメ顔”送ってきたの忘れてないぞ
天野蓮:あれマジで通知で目覚めた
諏訪セナ:オレ開く前に消したわ
柊真央:ひどない!?今日は褒められる日ちゃうん!?!?
椿翔平:はいはい、褒めて伸ばす方式でいきます〜
柊真央:……それ、ほんまに褒めてるん!?!?
井上信:褒めてる褒めてる。みんな真央が大好きだよ!
真央君への誕生日プレゼントは事務所に預けた。
でも、まだ受け取れていないみたい。
早く手元に届くといいな。
『いや、うん。疲れてる。けど……それより……』
一瞬、間があく。
セナ君の声が、少しだけ柔らかくなった。
『……声、聞きたくなった』
ふっと胸の奥が熱くなる。
「……忙しそうだもんね、最近」
『うん。っていうかさ、オレ今、干からびてる自覚ある』
「え!?干からびてる!?大変!!」
『ぷっ、冗談だって。曲、作ってる?』
「……作ってるよ。……でも今は数学の課題中」
『もったいな。世界で一番もったいない時間の使い方だわ、それ』
くすっと笑ってしまうと、向こうも少し息を漏らした。
『でもさ、ライブで『Dear You』歌った時、客席……すごかった。みんな、聴き入ってた』
「……そうなんだ。嬉しいな」
あ……
なんか、ちょっと、無性に会いたいかも。
『ドームは来るんだっけ?』
「……うん。八神さんが、部屋も取ってくれたの」
『マジ!? じゃあ、あとちょっと。頑張れるわ、オレ』
「……がんばって」
『うん。……夢に出てこいよ』
「出るようにがんばって寝る」
『それもう寝技じゃん……じゃ、おやすみ』
「……おやすみ、セナくん」
通話が切れても、しばらく画面を見つめてしまった。
耳に残る声が、じんわり胸に滲みてくる。
……会いたいな。
でも、あと少し。
ちゃんと、がんばらなきゃ。
そう思えただけで……
今夜、声が聞けてよかった。
7月に入って、期末テスト勉強の合間……
賑やかなLINEを見るのが、ひそかな楽しみになっていた。
柊真央:沖縄ついたー!気温34度!溶けるて!
豊田遊里:お土産何がいい?泡盛?ちんすこう?シーサー?
御影怜央:飲めません
天野蓮:おれもだけど、遊里君も未成年だからね
諏訪セナ:てか奏、ちゃんと飯食ってる?
井上信:昨日は購買の焼きそばパンでした
諏訪セナ:おまえじゃねーよ
画面越しに浮かぶ、照明に照らされたセナ君の姿。
誰よりも楽しそうにステージを駆ける遊里君。
椿さんのウィンク、真央くんのキメ顔。
その間に、私は信君宛にメッセージを送る。
『信君への誕生日プレゼント、事務所に預けてあるよ。立ち寄ったら受け取ってね』
井上信:……うん、ありがとう
豊田遊里:おぉぉ〜〜〜!レア返信きた〜〜〜!!
柊真央:ついに信くんが喋った記念日
諏訪セナ:お前ら失礼だぞ
御影怜央:でも今日の信、返信3秒だった。やる気すごい
井上信:別にいつも通りだけど
天野蓮:はい、照れてる〜〜〜
椿翔平:めでたい!!
豊田遊里:おめ~~~~!!
シャーペンを走らせながら、テレビでは情報番組がライブの映像を流していた。
スマホの画面に、少しだけ名残惜しさを残して、また教科書に目を戻す。
ライブが終わったころ、今日もセナ君からの着信がくる。
『さっきまで、シンに居座られてさ……』
「ふふ、誕生日直後のライブだもんね」
『ライブの前日が誕生日だったからさ、ファンもお祝いモードで……
そんな中で『夏灯花火』披露したんだけど、泣いてくれてる子もいた』
「ほんとに?嬉しいな……」
『夏灯花火』……
あの曲は、セナ君と初めてぶつかった冬…仲直りした後に書いたものだった。
言葉が届かなくて、セナ君がよくわからなくなって、でも、あの時の私の気持ちをちゃんと届けたくて、作った曲。
ふいに、電話越しから鼻歌が聞こえてきた。
ねぇ、君のまばたきと 夜が重なった気がした
灯りきれず弾けた "ごめん"はまだ喉の奥
掴めない風のように 君は遠ざかって
それでも今も、胸の奥 火花が舞うよ
……きれいな声だった。
ねぇ、セナ君もこの空を見てるの?
遠く離れていることが多いけど、同じ空を見ていると思ったら、少しだけ嬉しくて、少しだけ寂しくなった。
東京ドームまで……あと1ヶ月ちょっと。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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アンサーストリート7.5話「電話と熱」は【明日夜】に更新予定です!
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