第6話「Ignition」
試聴会が終わると、スターライトパレードのメンバーたちはすぐにレッスンスタジオへ向かった。
私も「よかったら」と誘ってもらい、見学に同行することに。
新曲はテンポも速く、ブレイクも多い構成だから、早めに身体に叩き込む必要があるらしい。
振付師の方が口頭で動きを説明しながら、もう一度曲を再生する。
鏡張りのスタジオに、音が鳴る。
それは……自分がアレンジした、初めて“かたち”になった、自分だけの音。
まるで別世界。
誰かが動くたびに、リズムに命が吹き込まれていくみたいで、心が震えた。
指先で譜面をなぞった旋律が、深夜に何度も調整した低音が、今、手足となって跳ねて、回って、光を放ってる。
「あそこ、あと半拍だけ後ろに動いた方がサビ映えるかも」
演出家の指示にうなずくメンバーたち。
振付師がすぐに動きを修正する。その音に合わせて。
……すごい。
こんな臨機応変に対応できるんだ。
あんな動き、できるなんて……すごすぎる。
ガチャッ
突然、ドアが開いた。
「この曲、誰の?」
……え?
「ねぇ、誰のって聞いてんだけど?」
「カイ……」
「あー……ちょっと休憩入れよっか」
椿さんが空気を読んで促し、怜央さんがその人に声をかける。
「カイ」と呼ばれたその人は、何度か音楽番組で見かけたことがあった。
スターライトパレードよりもダンス色が強くて、攻撃的な音楽が印象的なグループだった気がする。
「はい、奏ちゃん」
信さんが、そっとペットボトルを差し出してくれる。
「あの人、僕らの先輩グループ『G∀ME』のセンター、KAI君」
「KAI……さん」
「翔さんとセナが抜けて、僕らより先にデビューしたグループ」
えっ……!?
椿さんとセナ君が、かつて別グループに……?
なにがあって分かれたの……? 年齢? 売り方? 方向性?
「さっきの曲、もう一回流して」
KAIさんがスピーカーの前に立ち、音を食い入るように聴く。
目を見開いたまま、動かない。
曲が終わると……ニヤリと笑って言った。
「この曲、俺らにちょうだい」
……空気が、一瞬で凍る。
「あ゛??」
セナ君が怒りを隠さず詰め寄ろうとするのを、怜央さんと蓮君が慌てて制止する。
「KAI君、冗談はやめようよ」
「だね!おれら練習あるから、KAI君もこの辺で……」
「でも、この曲、俺の方がカッコよくできるけど?」
「おい、てめー勝手なこと言ってんじゃねーよ」
セナ君の顔が、見たことないくらい険しくなっている。
「ん~~~、そっか!じゃ、仕方ないな。
……俺はこの曲が欲しい。譲る気はないから」
……え?
そんなの……そんなの、ありなの……?
「会社に判断してもらおう。俺らか、お前らか……どっちがやるべきか」
待って。
この曲は……私が、みんなのために作ったのに。
「一週間あればいけるだろ。ここでフリ入れて、歌って、上の人に見てもらおうぜ」
「KAI君、それは……さすがに……」
「じゃ、上行って段取り組んでもらってくるわ」
椿さんも止めに入るけれど、彼は気にも留めない。
「どっちの方が“売れる”か、しっかり見てもらおうぜ」
そう言い残して、KAIさんは嵐のように去って行った……
……何も、言えなかった。
呆然として、ただ立ち尽くしてしまった。
私の曲なのに。
私が“みんなに歌ってほしい”って願って作った曲なのに。
私なんて、ただの“作曲者”なんだって……思い知らされた。
「奏!」
気づいたら、セナ君が目の前にいた。
「奏ちゃん、大丈夫?あんなの、気にしなくていいよ。あの人、昔から気まぐれだから」
怜央さんが優しい声をかけてくれる。
「大丈夫だ。あの曲は、誰にもやらせねぇよ」
「そ、そーだよ~!上の人たちだって、あんなの絶対通さないから!!」
みんなが次々と声をかけてくれるのに……
さっきまで感じていた喜びや感動は、どこかに消えてしまっていた。
……胸の奥に、ぽっかりと、穴が開いていた。
1週間後……
私は、またレッスンスタジオに呼び出されていた。
あの後、KAIさんは本当に上層部に掛け合い、事務所も「スターライトパレード」と「G∀ME」、どちらがこの楽曲『Ignition』を持つにふさわしいかを判断することになった。
パフォーマンスを見て、会社としての利益になる方に歌わせる。
そんな……信じられない展開だった。
気が重い。
どうして、こんなことが許されてしまうのか。
私には理解できない“大人の事情”があるんだろうか……
早めにスタジオに到着し、入口で立っていると、
「こんにちは」
「……あ、こんにちは……」
そこには、G∀MEのKAIさんがいた。
「ね、キミが最近のスタライの曲作ってるってホント?」
「……えっと……」
何を聞きたいのかわからず、言葉に詰まる。
けれど、返事をしない私を“肯定”と受け取ったのか、KAIさんは続けた。
「『shooting stars』、良かったよ」
気づいた時には、壁際に追い込まれていた。
私のすぐ横。
ドン、と壁に置かれる腕。
その内側に閉じ込められた私は、KAIさんの顔を間近に見る。
「ね、あいつらじゃなくて……G∀MEの曲、作れよ」
……え?
予想もしていなかった言葉に、目を見開いた。
「俺らの方が、あんたの曲を活かせる。
もっと売ってやるよ、あんたの音を」
“活かす”“売る”
私は、そんなことを望んだことなんて一度もない。
私はただ……みんなの歌を、ファンに届けたかっただけなのに。
「あれ?……キミ、有名になりたくないタイプ?」
その瞬間、確信した。
この人には、絶対に私の曲を歌ってほしくない。
「お前、何してんだ!!奏から離れろ!!」
その声と同時に、セナ君が割って入ってくれた。
KAIさんの腕から、ようやく解放される。
「話してただけなんだけどなー。ね、奏ちゃん?」
「うるせーよ。奏に近寄んな!!」
KAIさんが肩をすくめてスタジオへ入っていくのを見届けた瞬間、全身の力が抜けて、その場にある椅子にへたり込んだ。
「奏……大丈夫か?」
「私は……みんなに歌ってほしいのに……!」
セナ君はフッと笑って、私の頭をぽんと撫でた。
「心配すんなよ」
……この人は、いつだって、助けてくれる。
きっと……大丈夫……
「じゃあ、まずはスターライトパレードから」
リハスタの空気がピリリと張り詰めた。
全員の表情が引き締まり、一歩前に出る。
誰も笑っていない。
……本気だ。
この曲を奪われるわけにはいかない。
そう思ってくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
イントロが流れた瞬間、空気が変わった。
爆発するようなビート。
『Ignition』……あの夜、私がすべての情熱をぶつけて生み出した曲。
それを、彼らが全身で踊っている。
切れのあるステップ。
タイミングの揃ったターン。
全員が、ひとつの意志を持って動いている。
セナ君の表情は、いつになく鋭い。
椿さんも怜央さんも、全員が“魅せる”ことに集中していた。
踊り終わると、スタジオがしんと静まり返る。
「……いいじゃん。めっちゃカッコいい」
振付師がぽつりと呟くと、スタッフの間にも軽い拍手が広がった。
けれど……胸には、どこか小さなざわつきが残る……
完璧だった。
この前、少しだけ見た時とは比べ物にならない完成度だった。
……でも。
「じゃ、次……G∀ME、お願いします」
再びスタジオの空気が止まる。
彼らは無言のまま、ポジションについた。
KAIは視線すらよこさず、ただ前を見ている。
指先が空を切る。
音が鳴る。
……同じ曲。
……同じ振り付け。
なのに、違う。
爆発的なダイナミズム。
余裕すら感じさせる切れ味。
遊び心と貫禄をまとった一挙手一投足。
G∀MEのメンバー全員が、一歩一歩“絵になる”。
睨みつけるような視線の使い方すら、セクシーさと迫力を併せ持っていた。
そして、最後の決めポーズ。
パチン
KAIが指を鳴らした横で、メンバーが完璧に止まる。
その瞬間、空気が真空のように止まり……
ざわつきが広がった。
「……うわ……」
「なにこれ」
「ちょっと、レベチだな……」
誰かの呟きが聞こえた。
それが、答えだった。
思わず、唇を噛む。
……悔しい。
悔しいほどに、違っていた。
同じ振りなのに、同じ曲なのに。
……どうして……
たった1週間しか準備期間がなかったはずなのに……
彼らは、何倍もの説得力を見せつけてきた。
「な、言っただろ」
KAIさんが、私たちにだけ振り向いて、にやりと笑う。
「俺らのほうが、カッコよくできるって」
何も言い返せなかった。
悔しくて、でも……確かに、そう思ってしまった自分がいた。
G∀MEとスタッフがスタジオを出て行っても、私も、スターライトパレードのみんなも、その場を動けなかった。
「ねぇ!やっぱりこんなの、おかしくない!? もう一度……!」
「ユーリ、やめろ。みっともないマネすんな」
遊里君と目が合った。
大粒の涙が、頬を伝っていた。
「……みっともなくたって……!」
「待って!遊里!」
「遊里!!」
スタジオを飛び出す遊里君を、怜央さんと真央君が追いかける。
「セナ……お前も、少し休め」
椿さんが一言だけ言って出ていき、信さんもそれに続いた。
「奏ちゃん……ほんとにごめんね」
蓮君のその言葉で、堪えていた涙が溢れた。
「奏……オレ……」
悲しみだけじゃない。悔しさ、情けなさ……
きっと今、私はすごくひどい顔をしてる。
セナ君に背を向けたまま、感情があふれた。
「私は……!スターライトパレードのみんなに歌ってほしかった……!
みんなの歌声を思い浮かべて、この曲を作ったの……!」
きっと、セナ君だって傷ついてるのに。
責めるような言葉が止まらなかった。
「なのに……なんで……!私が作ったのに……
他の、誰にも歌ってなんて欲しくないのに……!」
『Ignition』が、G∀MEの曲になってしまった。
きっともう、みんなが歌うことは二度とない。
ただ、それが悲しかった。
「奏……ごめん……ごめん」
ふいに、背中から抱きしめられる。
こんなに酷いことを言ってしまったのに。
セナ君の腕は、ただただ優しくて……
もう二度と、誰にもこんな思いをさせたくない。
ポツリポツリとセナ君が話し始める……
「前に……腐っていた時期があったって話したろ?
お前のピアノを初めて聴く少し前までオレとツバキもG∀MEのメンバーだったんだ」
「うん……少し……聞いた」
「デビュー発表の場に、オレとツバキだけ呼ばれなかった」
呼ばれなかった……そんな……
「3年後に今のメンバーでデビューできたけど、カイはオレとツバキがG∀MEを捨てたと思ってんだ」
「でも……誤解なんでしょ……?」
「……まぁ……ツバキからも何度か説明したけどな……」
そう言いながら、伸びをするセナ君の背中は……とても寂しそうだった。
「八神さん……お願いがあります」
最後まで読んでいただきありがとうございました!
もし少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入りしていただけると励みになります。
第7話「夏灯花火」は【明日夜】に更新予定です!
ぜひまた覗きに来てくださいね!