第5.5話「天才と凡才」
「アレンジに興味がある子がいる?」
何度か顔を合わせたことのあるアイドル、椿からそんな話がきた。
sou? ……ああ、あのピアノ原曲か。
確かに、妙に完成度の高い曲だった。
音の配置や抑揚のつけ方が独特で……クラシック畑の人間だな、ってすぐわかった。
クラシックってのは、こっちの世界よりよほど厳しい。
何十年も血反吐吐くほど練習しても、プロになれるのはほんの一握り。
スタジオミュージシャンに弾かせても再現できず、仕方なく原曲をそのまま使った。あの一件はよく覚えてる。
あれだけの実力があってもプロになれなかったのか……と思うと、ゾッとした。
正直、最初はどうせ夢破れたような奴が来るんだろうと思ってた。
でも連れて来られたのは、普通の……いや、それ以上に“清潔感のある”女の子だった。
……未成年、だよな?
まさか。未成年が、あのピアノを……?
「……初めまして。音羽奏です」
……音羽? どこかで聞いた名前だな。まあ、いいか。
何が聞きたいのか尋ねると、一気に喋りだした。
……冷やかしじゃない。目の奥が、真剣だった。
ほんの少し、興味が湧いた。
「明日も来れば?」
その時は、ただの好奇心だった。
……でも、何かが引っかかっていた。
名前……か? 音羽……
検索をかけてみた瞬間、背筋がゾワッとした。
NovaTone Inc.の社長と、同じ名字。
ああ、これはヤバいくらいの“上モノ”だ。
純粋な興味が、途端に黒く濁った。
「奏ちゃんは素直で飲み込みが早いね。教え甲斐があるよ」
そっと、彼女の手元に重ねるようにマウスに触れる。
「指、細くてきれいだね。やっぱりピアノやってるからかな?」
「え……???!!あ……どうなんでしょう……?」
……ふーん。見た目通り、こういうのには慣れてないらしい。
でもまだ踏み込まない。焦るな。もう少し。
彼女の信頼を得たら……NovaTone Inc.の後ろ盾が手に入るかもしれない。
最初は、自分のバンドだけだった。
でも食えなくなって、他アーティストの曲を作って、今はアレンジ屋。
でもNovaToneの支援があれば、俺にも一発逆転があるかもしれない……
「南條さん、ちょっといいっすか」
珍しっ。
椿はリーダーだからか、ちょいちょい俺らみたいな裏方とも話すけど、諏訪セナ……彼は天性のスターだ。
見ればみんな目が奪われる。自分でもその自覚があるタイプ。
「セナ君じゃん。改まって何?」
「奏のことです」
「奏ちゃん? うん、いい子だよね。飲み込み早くてさ。あ、音楽の話だよ」
わざわざ言いに来るってことは、これは……マジのパターンか?
「……あいつは、世間知らずでピアノしか知らなかったような奴なんです」
まさか、こいつがそんな言い方をするとは。
「どうか……遊びなら傷つけるようなことはしないでやってください」
……深々と頭を下げられた。
マジかよ。この唯我独尊みたいな男が。
キミ、頭なんて絶対に下げるタイプじゃ無いでしょ。
「彼女、可愛いよね。素直で従順で……何でも吸収して」
……おっと。顔、変わったな。
……そうか。そんなに大切な女の子なのか。
「男のことも、なーんにも知らなさそうなとこも、いいよねぇ」
「っ!」
NovaTone Inc.の令嬢で、しかも諏訪セナの本命。
「ま、考えとくよ」
この時点で、俺はとんでもない切り札を手に入れた気がしてた。
「いや、うん。凄いね……」
彼女が来るようになって1週間……まだたった1週間だぞ……
「ていうか、本当に初めて?DTM触ってまだ1週間だよね?」
「はい……コードの流れは、元々……多分……ある程度は」
「……あ、そ。うん。なるほど」
なんなんだよ、本当に。
何でこんな“全部持ってる奴”が、こっちの世界まで来るんだよ。
「ねぇ、奏ちゃんのお父さんってNovaTone Inc.の社長さんだよね」
「あ……はい……」
……邪魔なんだよ。
「奏ちゃんのパパんとこが出してるさ、あの、音の分離度ヤバいやつ。
TwinXの上位互換。あれ、なかなか手に入らなくてさ〜」
「……あまり……親の仕事のことは、よくわからなくて……」
……チッ、失敗した。警戒されたか。
「そっかー。仕方ないね」
……使えねぇ。
「今日、作業ちょっと詰まっててさ。そろそろ帰ってくれる?」
もう来ることはないだろう……そう思ってた。
と思っていたら、まさか1曲コンペに向けての曲をしっかり作ってきやがった。
しかも、普通のコンペだったら余裕で通るようなレベルの曲。
アレンジは俺の完全コピーだが、それを差し引いても出来がいい。
グループの持ち味をきっちり把握して、伸ばす作りになってる。
「へぇ……本当にすごいね。俺のアレンジ、しっかり踏襲してる」
「どうでしょうか……? 次のシングルのコンペに出そうかと……」
「ほんっと、気持ち悪いくらいオレとそっくりな音運び」
こいつ……ガチの天才かよ。
俺が今の音に辿りつくまで、どれだけ時間がかかったと思ってんだ。
それをたった数週間で飲み込んで、自分の曲に昇華してきやがるなんて。
「その音源、いったん誰かに聴いてもらうといいよ」
「……あ、はい。ありがとうございます。
今日、このあと、下の事務所でみんなと会う予定もあって」
「そ。いってらっしゃい」
あーーー、もうほんっと邪魔。
俺に最新の機材を運んでくるくらいは役に立てよ。
「絶対、採用されないから」
所詮、俺の二番煎じだ。
あんなの、音楽部門の耳にかかればすぐバレる。
絶対に採用なんてされるわけない。
「マジであの女子高生、Aether-Mini持って来てくれたの!?」
「マジマジ。NovaTone Inc.の令嬢っぱないわ」
喫煙所で、スタジオ使ってるバンド仲間が盛り上がってる。
「で、どうなの?アレンジまだ教えてんの?」
「は?教えるわけねーし」
「ぶはっ、Aether-Mini持って来てくれたのに酷くね?」
「あんなガチの天才に職場荒らされたら迷惑以外の何者でもねーよ」
ピアノも作曲も完璧、NovaTone Inc.の令嬢。
で、今度はアレンジまでやっちゃいますってか。ふざけんな。
「さっきのアレンジも、俺の丸パクリ。あれじゃ俺に頼むのと変わんねーよ。絶対OK出ねーって」
「お嬢様はおとなしく作曲ごっこしてりゃいいんだって」
「ちっとはNovaToneとコネ作れたらと思ったけど、期待できそうにねーし」
あんなの、こっちがどんだけ足掻いたって届かないもん全部持ってて、それでいて人の領域にまで平然と足を突っ込んでくる。
俺にはもうアレンジしか残ってないんだよ。
しかも……椿の感じからして、かなりメンバーに気に入られてるのがわかる。
そして何より……諏訪セナの本命。
何も思わない方がおかしいだろ。
そして予想通り、彼女は俺の前にもう二度と現れなかった。
スターライトパレードの新曲コンペがあったことは聞いていた。
きっと、あの曲は落とされたに違いない。
……まあ、曲だけ通ってアレンジ依頼が俺に来る可能性はあるけどな。
そう思ってたら、スタジオ前のベンチでセナが待ってた。
俺を見るなり、満面の笑みで近づいてくる。
近くで見ると、マジで人間離れしてやがるな……
「なーんじょーさんっ。うちの奏がお世話になりましたー」
「は?」
「いや〜、始まりは機材のアドバイスからだったけど」
……機材の、アドバイス?
思い返せば、昨年の秋か……?
「南條さんが理想とする制作環境と、揃えられる店を教えてもらえませんか?」
セナが自分から話しかけてきたのは、あれが初めてだった。
制作環境? はぁ?って思ったけど……あれって、もしかして……
「アレンジも“教えて”もらって。マジで助かりましたわ〜」
最初から、彼女がアレンジまでやりたがることに気づいてたってことか?
「おかげで、今後はあんたにアレンジ頼まなくて済みそうです♪」
そう言って、俺の肩をポンっと叩いてくる。
「いや〜、ホントちょうどいい踏み台っした!あざっす」
は……?
こんなわかりやすい煽りにまで気が付かないほど馬鹿じゃない……
これはわざとの煽り。完全な、勝者の余裕。
あの子は、俺のコピーから、ちゃんと自分の力で抜け出したんだ。この短期間で……
そしてアイツは、俺を使って“彼女の道”を切り拓いたんだ。
くそ……くっそ!!
完全に、踏み台じゃねぇか……!
俺は手駒を手に入れたつもりでいた。
でも全部、掌の上だったのは俺の方だった。
諏訪セナ……あんな顔だけのアイドルだと思ってた。
とんだ策士じゃねーか……
イライラしながらスタジオに戻る。
視界の端に、彼女が持ってきたAether-Miniが映る。
なんで……あんな天才が何でも与えられんだよ。
何で俺じゃねーんだよ。
もし、あの時、欲なんか出さずに、ただ純粋に彼女の問いに向き合ってたら。
もしかしたら、本物の師弟のような関係を築けたんだろうか……
……たらればを考えたって仕方ねぇ。
俺は今日も、人が作った曲を最大限に活かす“アレンジャー”として、
机に向かうしかないんだよ。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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第6話「Ignition」は【明日夜】に更新予定です!
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