第5話「模倣と創造」
新曲のコンペ……
今回は……南條さんの元で学んだことを活かして、自分でアレンジした曲で挑戦してみようと思った。
この私に、どこまで作れるんだろう。
キーボードとPCに目をやると、不意にセナ君の顔が浮かんだ。
「南條は、やめとけ」
「お前に、あいつは似合わねーよ」
セナ君の言葉を振り払うように、少しずつ作曲のペースを掴みながら、私は毎日、創作に没頭していく。
「丁寧すぎて、逆に展開が予測できちゃうんだよね」
「ポップスなら“引っかかり”もあった方が印象に残るんだ」
「音を詰めすぎるより、1拍引いた方がかえって刺さるよ」
「コツさえ掴めれば、ポップスは“抜く”のがキモ」
……南條さんから言われたアドバイスを思い出しながら、ピアノだけだった旋律に、少しずつ色を重ねていく。
アレンジを仕上げて、みんなに会いに行こう。
そして、あの南條さんにも……完成した音を聴いてもらいたい。
……最後に南條さんと会ったときの空気を思い出すと、このワクワクした気持ちが、ほんの少し冷めてしまうけれど……
それでも、“今の私”にできる曲を、聴いてほしい。
その一心で、私はキーボードに向かった。
「へぇ……本当にすごいね。俺のアレンジ、しっかり踏襲してる」
「どうでしょうか……? 次のシングルのコンペに出そうかと……」
「ほんっと、気持ち悪いくらい俺とそっくりな音運び」
……え?
今、なんて言われたの?
聞き間違い……?
呆気に取られていると
「その音源、いったん誰かに聴いてもらうといいよ」
「……あ、はい。ありがとうございます。
今日、このあと、下の事務所でみんなと会う予定もあって」
「そ。いってらっしゃい」
スタジオのドアを背にした瞬間……
「絶対、採用されないから」
……そう聞こえた気がした。
「……あの。実は、次の新曲コンペの曲、作ってみたの」
「え!?本当に?」
「みんなの意見、聞かせてもらってもいいかな?」
「聞きたい聞きたい!」
……『shooting stars』を初めて聴かせたあの時を思い出す。
深呼吸して、再生ボタンを押した。
広いスタジオに響く音。
ほんの一瞬、静寂があって……
「すげーじゃん!本気でビビった!!Dメロからの展開!?」
「……あの音の厚み、初アレンジとは思えない……」
「鳥肌立った。Aメロのブレイクの入り方、舞台演出で照明落としたくなるやつ」
「ステージ映えするって、ああいうのを言うんだな」
「これ流れたらさ、絶対ファン湧くやつ。俺もう湧いたもん」
「ブラス入ってくるところ、ゾワッてした~~~!」
みんなからのリアクションに、ほっと胸を撫でおろす。
でも……
あの時と同じように、セナ君だけは何も言わなかった。
お願い、なにか……言って……
「……完成度は高いし、演出に合わせて作ったら、ライブでは盛り上がるんだろうな」
空気が、一瞬で冷える。
「でも……これは、お前の音じゃない」
その一言で、すべてがわかってしまった気がした。
「南條なんかの音で満足してんなよ」
……静かで、けれど明確な、否定。
「オレはこのアレンジ聴くくらいなら、お前のピアノアレンジの方を選ぶ」
セナ君に贈った、ピアノアレンジのメモリースティック。
あれを……聴いてくれてたんだ。
……私、気づいてた。
どこかで「ウケる曲」を狙ってた。
“通るかもしれない”と思って、無難にまとめてしまった。
でもそれじゃダメだ。
みんなの言葉が嬉しかった。けど……それじゃ足りない。
「2週間後のコンペの締め切りにもう一度出します! 次こそみんなが納得する曲を出します!」
会議室を出て、エレベーターに向かうとセナ君が付いてくる。
「奏!送ろうか?」
「ありがと!でも、ちょっと南條さんと話をしてから帰りたくて」
今まで教わったこと、ちゃんとお礼を言って改めて自分なりのアレンジに向き合いたいと思った。
「おい……ちょっと待てよ……」
「何?」
セナ君の言葉を聞かずにエレベーターに乗り、スタジオの階に移動する。
「マジであの女子高生、Aether-Mini持って来てくれたの!?」
「マジマジ。NovaTone Inc.の令嬢っぱないわ」
エレベーターを降りたとたん、奥の喫煙所から笑い声が聞こえた。
「で、どうなの?アレンジまだ教えてんの?」
「は?教えるわけねーし」
「ぶはっ、Aether-Mini持って来てくれたのに酷くね?」
「あんなガチの天才に職場荒らされたら迷惑以外の何者でもねーよ」
……え?それって……
私の、こと……?
「……あのヤロ……っ!」
怒りに任せて飛び出そうとするセナ君に、思わず抱き着いて止める……
「さっきのアレンジも、俺の丸パクリ。あれじゃ俺に頼むのと変わんねーよ。絶対OK出ねーって」
「お嬢様はおとなしく作曲ごっこしてりゃいいんだって」
「ちっとはNovaToneとコネ作れたらと思ったけど、期待できそうにねーし」
聞こえてくるのは、私を貶す言葉ばかりだった。
セナ君が、小さく、でも確かに言った。
「……お前、悔しくねーのかよ?」
悔しい?
……うん。悔しい。
でも、それはあんな人たちに悪く言われたことよりも、一瞬でも南條さんを“尊敬”してしまったこと。
アレンジの能力は尊敬していた……でも……人として……これはあんまりだ……
その勢いで、これが初恋かも……なんて、浮かれてた自分が恥ずかしい……
気づけば、セナ君に抱きしめられていた。
涙を我慢していたはずなのに、その腕の中で、気持ちが溢れていく。
「奏……あんなやつ、お前の曲で見返してやれ」
「……!」
……その一言が、胸に深く刺さった。
セナ君はまだ私を信じてくれるんだ……あんなアレンジをしてしまった私を……
ちゃんとこの人の期待に応えなければ……セナ君は、まだ私を信じてくれるんだから……
頷いた私の肩を、そっと抱きしめ直してくれた。
帰宅後。
キーボードの前に座っても、心の中にはまだいろんな感情が渦巻いていた。
さっきまでの悔しさも、恥ずかしさも、情けなさも、全部まだ胸の奥で燻っている。
でもそれ以上に、セナ君の言葉が……ただ、嬉しかった。
「お前の曲で見返してやれ」
そんなふうに、私を“信じる”って言ってくれた。
深呼吸して、指を鍵盤に置く。
ひとつ、音を鳴らす。
……この音に、私は何を足したい?
……このメロディに、私は何を伝えたい?
南條さんに褒められたくて作った音じゃない。
“すごい”って言われたくて詰め込んだ構成でもない。
ただ、今の私が……
いちばん「かっこいい」って思える音を、探してみる。
リバーブを1段浅くして、ベースラインを手打ちで刻む。
ブラスは一度外して、代わりにシンセパッドで空間を広げてみた。
「……こっちの方が、好きかも」
ふと、セナ君の声が蘇る。
「……でも、これはお前の音じゃない」
じゃあ、私の音って?
誰の真似でもない、自分だけの“好き”だけを信じた音って?
もう一度、コードを削る。
空白が怖くて詰め込んでた場所を、あえて“間”で魅せてみる。
キラキラしすぎたシンセは抑えて、ピアノを前に出す。
手癖で入れてたフィルインも思い切って外す。
音数は減ったのに、なぜか広く感じた。
……あ。これ、かも。
気がついたら、自然と手が動いていた。
南條さんがアレンジした『shooting stars』や『Dear You』あの音に感動した気持ちは、本物だった。
でも……
今度は、今の私の音で描いてみる。
気づけば、空がうっすら明るくなっていた。
目の前のMacのタイムラインには……
どこか懐かしくて、でもちゃんと“今”の私の音が、流れていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
音羽 奏 様
お世話になっております。
株式会社RiseTone Management 制作部の城田と申します。
このたびは、先日ご提出いただきました楽曲につきまして、
弊社所属アーティスト「スターライトパレード」の新シングル候補として、
採用が正式に決定いたしました。
ご提出いただいたデモは、メンバー・プロデューサーともに高く評価しており、
特にメロディラインの美しさと構成力において、大変素晴らしい作品だと感じております。
今後の制作に向け、以下の点につきましてご相談させていただきたく存じます。
楽曲のアレンジについて、細部のブラッシュアップを予定しております。
仮歌音源につきましては、ご自身での対応が難しい場合、弊社にて仮歌シンガーを手配いたしますのでご安心ください。
また、楽曲使用に伴う契約書類(譲渡契約・クレジット確認等)につきましては、
追って別途ご連絡させていただきます。
まずは取り急ぎ、採用決定のご報告と御礼を申し上げます。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
———
株式会社RiseTone Management
制作部 A&Rセクション
城田 直也
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあ、音羽さん。かけてみようか」
「はい……」
無事に再提出した曲で採用され、いくつかのブラッシュアップを経て……
今日は、初めて“みんな”に聴いてもらう日。
スターライトパレードのメンバーはもちろん、音楽プロデューサー、レコーディングエンジニア、マーケティングや舞台演出の担当者……
大人たちがたくさんいる会議室で、私の曲が再生される。
作曲だけやっていたときとは違う。
こんなにもたくさんの人が関わって、“音”をファンの人に届けてるんだ……
この緊張感……
……なんだか、コンクールの本番前を思い出す。
ステージ袖でひとり、いっぱい緊張して、それでも目の前のピアノに向かって、全部の想いをぶつけてきた。
終わった後の拍手が、大好きだった。
客席から立ち上がってくれた時は、私も飛び跳ねるくらい嬉しかった……
つけてもらったタイトルは、『Ignition』。
イントロが流れ出した瞬間、空気が変わった。
ざわついていた会議室が、ふっと静まり返る。
重低音のベースと、疾走感のあるビート。
鋭く刻まれるシンセ、ブレイクの“間”の緊張感。
そこに重なる歌声……
リズムのキレ、緩急、構成のドラマチックさ。
歌が乗るだけで、こんなに変わるんだ。
絶対、ライブで映える。そう確信した。
最初に口を開いたのは、演出担当の女性だった。
「……照明、映えるねこれ。3番手のセリフ前、赤一色から一気に白へ……舞台ごと止めたい」
「これ、スモーク入れたくなるな。後半のブレイクで、光と煙で“落差”つけたい」
照明、舞台のプロたちがどんどんアイデアを口にしていく。
「これ、演出つけたら倍になるタイプの曲だね」
「ラストの転調、すっげぇ……あの“溜め”の入れ方、やられた」
「コレオグラファー泣かせだね。でもこの展開、絶対ファン湧くやつ」
その頃には、メンバーたちも声を上げ始めていた。
「うわ、今のサビ前!完璧すぎない!?」
「このスピード感やば。踊るの超楽しみ!」
「音ハメの余地ありすぎて、振り付け欲しくなるなこれ!」
プロデューサーが、ゆっくり立ち上がる。
腕を組んだまま、静かに言った。
「……行けそうかな。このまま進めようか」
「は、はい……っ……よ、良かったですぅぅぅぅ……!!」
会議が終わって、少しずつ人が引いていく。
ふいに、頭をくしゃっと撫でられた。
「おつかれ」
セナ君のその一言で、緊張の糸がふっと切れて、私は机にばたんと突っ伏してしまった。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
もし少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入りしていただけると励みになります。
アンサーストリート5.5話「天才と凡才」は【明日夜】に更新予定です!
ぜひまた覗きに来てくださいね!