第4話「初恋と忠告」
「……えーっと……」
目の前で、南條さんがぽかんと口を開けている。
……やばい。しゃべりすぎたかもしれない。
「すみません……!」
思わず、深く頭を下げた。
「キミ、クラシック出身でしょ?」
画面を見ながら、淡々と話す南條さん。
「まずね、この原曲……綺麗すぎる。丁寧すぎて、逆に展開が予測できちゃうんだよね」
でもその口調の中には、ちゃんと誠実な向き合いが感じられる。
「でも、それがクラシック出身の“良さ”でもある。無理に崩す必要はないけど、
ポップスなら“引っかかり”があった方が、印象に残る」
とても論理的で、穏やかな声だった。
本当だ……ちょっといじったら、もっと良くなったのかも……?
「確かに、あと……!」
次の質問をしようとした、そのとき
「奏ちゃん、ごめん、俺そろそろ次の仕事行かなきゃ」
椿さんが、時間を気にしながら声をかけてくる。
「あ……そう、ですよね……」
椿さんの予定もあるし、南條さんの邪魔をするわけにもいかない。
でも、聞きたいことがまだまだたくさんある。
そんな私の様子を察してか、南條さんがぽつりと言った。
「……明日も来れば?」
「えっ……いいんですか!?」
思わず、声が跳ねた。
「大体ここにいるから。見学くらいなら、いつでもどうぞ」
「南條さん、ありがとうございます!」
帰り道、椿さんとエレベーターに乗る。
「奏ちゃん」
「はい」
「今日のこと、セナに一応伝えとくよ」
「……? はい。お願いします」
家に帰ってからも、今日のやりとりが頭から離れなかった。
私は、Macを立ち上げてLogicを開き、新規プロジェクトを作成する。
「えっと、今日は……四つ打ちのバッキングに、メロディは……」
思い浮かべたのは、初めて作曲した『shooting stars』
アレンジ次第でどれだけ表情が変えられるか、試してみたくなった。
メロディはそのままに、コード進行に緩急をつけて。
2番ではストリングスの動きをあえて抑えて、“余白”をつくった。
南條さんが言っていた、“最後にもうひと押し”……
それを意識して、エンディング直前、1拍だけコードを外す冒険もしてみた。
再生ボタンを押す。
スピーカーから流れてきたのは、
同じ旋律なのに、少し違った表情を見せる自分の曲だった。
「……なんか、すごく、楽しい……」
気づけば、Macの時計は日付を跨いでいた。
……数日後。
南條さんに、アレンジした音源を聴いてもらう。
彼は何度か頷きながら、最後まで黙って聴いてくれた。
「へぇ、ここ、こんな展開で持ってきたんだ。上手いじゃん」
椅子にもたれたまま、ふっと笑って私のLogic画面を覗き込む。
「こういう時ね、音を詰めすぎるより、1拍引いた方がかえって刺さるんだよ」
さらっと放たれたひと言。
でも、実際にその通りにすると、確かに空気が変わる。
「……すごい。こんな手法があるんですね……」
「まーね。コツさえ掴めれば、ポップスは“抜く”のがキモ」
話し方も教え方もわかりやすくて、今のところ、すごく学びやすい人だと思った。
「奏ちゃんは素直で、飲み込み早いね。教え甲斐があるよ」
後ろに立っていた南條さんの手が、ふと、マウスを握っていた私の手に重なる。
「指、細くてきれいだね。ピアノやってるからかな?」
「え……!? あ……どう、なんでしょう……」
セナ君や椿さんとは違う、大人の男性。
そして、ほんのりタバコの匂いがした。
「奏ー。今日このあとスタバでも行かない〜?」
「あ……ごめん。今日もちょっと、行きたい場所があって」
スタバ。
今はたしか、限定フラペチーノが出ているはず。
ほんとはすごく行きたいけど……
昨日の夜も遅くまでやっていたアレンジを、早く南條さんに聴いてもらいたくて……
「最近、付き合い悪〜い。寂しいんですけど〜?」
友達のそんな言葉が、ちょっと嬉しくて。
少しだけ、話してみようかなと思った。
「今……ちょっと習い事してて。その先生に会うのが楽しみで……」
「習い事? その先生って、男?」
「う、うん……」
「は〜〜い、来ました〜〜! それって、恋じゃない?」
「えっ……ち、ちがっ……!」
軽くパニックになる私に、さらに畳みかけてくる。
「“会いたい”って思ってる時点で、それもう恋の初期症状だよ?」
「“知りたい”って思って、“ドキッとしたエピソード”があるなら、それってもう、感情の濃度的に恋なんよ」
「むしろ恋じゃなかったら、その感情どこから来てるのか、科学的に知りたい」
「……か、科学……!?」
でも……そう言われてみると、たしかに。
ドキッとは……した、かも。
……恋。
まさか、そんな。
だって私、そういうの、全然……
でも、昨日の夜中までアレンジしてたのは、
「すごい」って言ってもらえたことが嬉しくて、また頑張りたいって思えたから。
今日だって、早く聴いてもらいたくて、胸がドキドキしていた。
これが……恋?
でも……
私はもっと、“嬉しい”気持ちも、“頑張りたい”気持ちも、なにより、“会いたい”って思うドキドキも……
もう、知ってる気がする。
その気持ちを振り払うように、私は南條さんがいるスタジオに向かった。
「いや、うん。すごいね……」
椅子をくるっと回して、じっとこちらを見つめてくる。
「ていうか、本当に初めて? DTM触って、まだ1週間くらいでしょ?」
「はい……コードの流れは、元々……多分、ある程度は……」
「……あ、そ。うん。なるほど」
何かを言いかけて、やめたような表情。
「ねえ、奏ちゃんのパパって、NovaTone Inc.の社長さんだよね?」
「あ……はい……」
えっ……?
パパの話なんて、私……してた?
名字から、検索したのかな……?
「奏ちゃんのパパんとこが出してるさ、あの、音の分離度ヤバいやつ。
TwinXの上位互換。あれ、なかなか手に入らなくてさ〜」
……ひやり、と背中が冷えた。
何度も感じたことのある、ざらりとした視線。
私を見てるんじゃなくて、私の“後ろ”を見ているような。
その視線が嫌で、いつからか、私は自分からパパやママの話をしなくなった。
「……あまり……親の仕事のことは、よくわからなくて……」
そう答えた瞬間、南條さんの顔から、感情がスッと消えるのがわかった。
「そっかー。仕方ないね」
声のトーンが変わる。
さっきまでの柔らかさは、どこにもなかった。
「今日、作業ちょっと詰まっててさ。そろそろ帰ってくれる?」
……あ。これ、もう完全に……興味をなくされたんだ。
「あと、ちょっとしばらくは忙しいから。ごめんね」
「……すいません。今日もありがとうございました」
帰り道、足取りが重い。
この胸の痛みが、本当に“恋”なんだろうか。
恋って、もっと……
キラキラして、心が弾んで、幸せなものじゃないのかな。
南條さんが「使ってみたい」と話していた機材。
パパの会社・NovaToneから、RiseTone Managementへ「Aether-Mini」の試験機材を貸与する手続きを済ませた。
条件は、使用環境とモニタリング条件の詳細なレポートを提出すること。
そうやって、私はなんとか機材を用意してきた。
事務所ビルのスタジオがあるフロアに到着すると……
ベンチに、セナ君の姿があった。
「あ……セナ君」
「奏」
テレビでは毎日のように見ていたのに、こうして真正面から顔を合わせるのは、久しぶりな気がして。
後ろめたいことなんて、なにもないはずなのに。
真っ直ぐな瞳に視線を合わせるのが、少し怖くなる。
セナ君は立ち上がり、真正面に立つと、静かに言った。
「南條は、やめとけ」
「……え?」
「お前に、あいつは似合わねーよ」
似合う……? 私が……?
「オレなら……お前に、そんな荷物持たせねーけど?」
私は、ただ……
南條さんがアレンジしてくれた、あの曲の続きを聴いてもらいたくて。
「……オレは忠告したからな」
そう言い残して、セナ君はエレベーターに乗り込んだ。
私は、ただその背中を見送るしかなかった。
セナ君の言葉の意味が、まだうまく飲み込めないまま。
南條さんがいるスタジオに行く。
「あの、先日南條さんがおっしゃっていたAether-Miniです」
「そ。今日も作業詰まっていてね。機材ありがと。お父さんによろしく」
無理やり出ていけと言わんばかりの空気を感じる。
南條さんの態度からセナ君の忠告の意味がわかった気がして……
機材を渡すだけでスタジオを後にする……
2年生に進級し、テストがあり……
そんな言い訳ばかり並べて、南條さんの元に通う足が遠くなっていっていくのを、自分でも感じていた……
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件名:
【案件名】スターライトパレード 新機軸シングル候補楽曲募集のお知らせ(5/29〆)
本文:
音羽奏 様
いつもありがとうございます。マネージャーの八神です。
秋発売予定の新シングルに向け、以下の通り候補楽曲の募集を行います。
【納期】
2026年5月29日(金)15:00まで
【テーマ】
“挑戦”と“覚醒”をキーワードにした、インパクトのあるリード曲を目指します。
スターライトパレードの持ち味である「静と動のコントラスト」を活かしつつ、
既存の枠を超えるような、攻めの一曲を求めています。
【曲調】
ハイテンポ(BPM120〜140前後)
EDM/Trap/ヒップホップ要素のある、ダンサブルかつ緊張感のある構成
ブラス、シンセ、ドラムの打ち込みなど、サウンド面での“爆発力”も歓迎
【音域】
仮歌:男性キー(mid1C〜hiE程度)
Aメロ〜サビでの落差や緩急が表現できる構成が理想です
ラップパート、シャウトなども可(無理に入れる必要はありません)
【提出物】
メロディ+コード譜(PDFまたは画像形式)
仮歌入りデモ音源(mp3形式)
歌詞(仮でも可/テキスト形式)
【参考曲】
「BLACK SHOUT」/G∀ME
ブラス×エレクトロが光る、スピード感と破壊力を兼ね備えた代表曲。
複雑な構成と怒涛の展開が話題に。
「DARKLIGHT」/SIX:AXIS
インダストリアル×ダンスビートで構成された、ストイックなステージナンバー。
静と動の対比が光る一曲。
【備考】
・編曲は不要です。
・複数曲提出可(上限3曲)
・他メンバーとの共作も歓迎(※希望があれば調整可)
気になる点があればいつでもご相談ください。 引き続きよろしくお願いいたします。
マネージャー 八神 RiseTone Management
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第5話「模倣と創造」は【明日夜】に更新予定です!
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