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第2話「マフラーとチョコ」

12時に差しかかる頃。LINEの通知音が鳴る。


『奏? 起きてる?』


スマホ越しに聞こえるセナ君の声は、なんだかやけに近くて……

いつもより少しだけ、色っぽく聞こえてしまった。


パパが言っていた、“音声が聞こえるイヤホン”の話が頭をよぎる。

あのイヤホンで、他の誰かがセナ君の声を耳元で聴くのかと思うと……ちょっとだけ、複雑な気持ちになった。


「うん。もう少ししたら寝ようかなって思ってたところ」

『誕プレさ、用意してくれたって言ってたろ?』


……あっ!

もうすぐ、セナ君の誕生日だ……!


『今、マンションの下』

「えっ!? い、今行くよ……!」

『あーーー、ちょい、たんま』

「え?」

『多分……週刊誌が付いてきてんだわ』


しゅ、週刊誌……!?

なんで、そんなのに……?


『直接会うのはまずいからさ。ベランダからでも……顔、出せたりしね?』


『……っつっても、おまえの住んでる部屋、高すぎっから顔見えねーか』

「えっと……じゃあ、部屋に来てくれても……」

『帰りたくなくなるから、だーめ』


……そんな。

せっかく来てくれたのに……

会って、顔見て、いちばんに「おめでとう」って言えたかもしれないのに……


「あ! いいところある! ロビー開けるから、2階のエレベーター前で待ってて!」


急いで、誕生日プレゼントを入れたプレゼントボックスを手に玄関を飛び出す。

……エレベーター、なんでこんなときに限って遅いのっ!


「セナ君!」

「あー、もう……お前、なんて格好で出てきてんだよ……」


……はっ。

慌てすぎて、上着も羽織らずに部屋着のまま出てきてしまった。


「だ、大丈夫だよ……っ、ハ、ハクション!」


フードを被ろうとしたけど、間に合わず思いっきりくしゃみ。


「ぶっ……しょーがねーな」


そう言って、セナ君は自分が巻いていたマフラーをそっと私に巻いてくれた。


……香水の匂い。

セナ君の香りに包まれて、なんだかすごく……近い。


ちょっと恥ずかしくなって、

私はマンション2階にある住人専用の中庭へと案内した。


存在は知ってたけど、実は入るのは初めて。

色とりどりの植物に、ベンチ。ほんのりライトアップされていて、ちょっとした秘密の場所みたい。


振り返ると、ライトに照らされたセナ君があまりにも格好よくて、

しばらく見とれてしまった。


その気持ちを隠すように、口を開く。


「ね、カウントダウン……しちゃう?」

「いーよ」


ちらりと、腕時計を確認するセナ君。

そんな仕草ですら格好良いの……ずるいなぁ……


「そろそろ、だな」


私たちは並んで、声をそろえてカウントダウンを始めた。


3……

2……

1……


「ん」


と、両手を差し出すセナ君。


「お誕生日、おめでとう」


そっと小さな箱を渡す。不器用にラッピングした、私なりのプレゼント。


「サンキュ……」

「……あの……やっぱり……コーヒーでも……」

「だから、ダメだって。ほら、寒いから中戻れ。

ちゃんと部屋に入ったの、確認しないと安心して帰れねーし」


そう言って、私の肩に手を置き、くるりと背中を向けさせる。


「でも……」

「早く。じゃないと……さらいたくなんだろ」


そう言って背中を押された。

耳元で囁かれた言葉に思わず


「……いいよ」


と言いかけた。


喉まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込んで、

私たちは一緒にエレベーターホールへ向かった。


上の階へ向かう私と、下の階へ向かうセナ君。

それぞれ別のエレベーターに乗り込んで、別れる。


部屋に戻った頃、スマホにセナ君からLINEが届いていた。


「部屋、入った?」


私はベランダに出て、下を見下ろす。

そこにはまだ、セナ君の車があった。


『入ったよ』


そのメッセージを送信すると、まるで合図のように車がゆっくりと動き出す。

そのとき、気づいた。


「あ! マフラー!!」


……巻いたままだった。


怜央さんのコートといい、セナ君のマフラーといい……

どうして私は、いつもこうなんだろう。


今度会うときに返さなきゃ。そう思って、ハンガーにかけようとしたけれど……

なんとなく手放せなくて。


その夜は、マフラーをぎゅっと抱きしめたまま、眠ってしまった。



今日は、学年末テストが始まる前に、学校の友達と放課後ショッピング。


街はすっかりバレンタイン一色。

どこを見てもピンクや赤、ハートの装飾があふれていて、自然とそわそわしてしまう。


「てか見て見てこの限定チョコ!箱が可愛すぎるってば!!」

「え、箱目当てで買うやつじゃん〜〜!」

「私、缶のやつ何気に好きなんだよね~」


笑いながら、チョコレートが並ぶ売り場をぐるぐるまわる。


「……てか、みんな本命とか作る系〜〜?」

「えー!?ないない!作っても秒で食べられんの腹立つだけだし」

「わかる〜!むしろ友チョコのが楽しくない?」

「手作りとかあれ絶対、労力と見返りが釣り合わないやつ!」


スターライトパレードのみんな甘いもの好きかな……?

確か、差し入れに甘いものけっこう置いてあったような記憶がある。

でも……次の約束なんて誰とも何もしていない。

いつ渡せるかなんてわからないチョコを買うのもどうなんだろう……


なんて考えていると、珍しく八神さんからLINEにメッセージが届く。


『渡したいものがあるので、お時間はありますか?』


渡したい物……?何だろう……?

明日は……土曜日……


『明日なら大丈夫です』


時間の指定をされる……


八神さんに会えるなら、みんなにチョコ……渡してもらえるかな。

そんな期待を込めて、チョコを7個。

買い物かごに入れた。




タクシーに乗り込み、指定された住所へ向かう。

手元には、メンバー分のチョコレートが7箱。

それに加えて、スタッフの方への差し入れ用のチョコも1箱。


タクシーを降りた場所は、静かな住宅街。

目の前に現れたのは、整えられた庭のある綺麗な一軒家。


……表札も何もないけど、本当にここで合ってるのかな。

ちょっと不安になりながら、インターホンを押すと……玄関のドアが開き、八神さんが姿を見せた。


「音羽さん、ご足労ありがとうございます。中へどうぞ」


靴を脱いで、そっと一歩を踏み入れた瞬間……

空気の匂いが、ふわっと変わった気がした。


「ここは、撮影用の家なんですよ」


木の床の乾いたような、でもどこか温かい香り。

柔らかな照明に照らされた白い壁。

アンティーク風の家具や雑貨は、ひとつひとつが“誰かのこだわり”で選ばれたように見える。


まるで、おとぎ話の世界に迷い込んだみたいだった。


「……ここ、本当のおうちじゃないんだ」


壁に立てかけられたヴィンテージ調の鏡。

窓辺の鉢植え。くすんだグリーンが、差し込む光に優しく溶け込んでいる。


撮影って、こんな場所で行われるんだ……


「今日、バレンタインなので。よかったら、みんなにこれを……」


差し出した紙袋を見て、八神さんがふっと笑う。


「……直接、渡せばいいですよ」


「え?」


リビングに案内されると……

そこには、スターライトパレードのメンバーたちがいた。


蓮君がふざけてポージングしていて、信さんはソファで仰向けに寝ている。

リラックスモード全開の空間に、少しだけ緊張する。


「え……お前、なんでここにいんの?」


セナ君と会うのは、あの誕生日の夜以来。


「えっと……八神さんに声をかけてもらって」


プレゼントのこと、感想を聞くのも怖くて……ずっと避けてた。


「これから、『Dear You』のMV撮るんだよ」

「えっ、今日これから!? アルバムの発売、来月なのに……?」


信さんと怜央さんが、メイクの合間に教えてくれる。

驚いていると、椿さんがさらっと補足する。


「今日と明日でMV撮って、来月あたりから告知開始かな」


メインMVのほかにDance Practice ver.を2日間で一気に撮影するそうで…

来月のリリース後は、テレビ出演やプロモーション。

アルバム告知と、空港の大型広告キャンペーンも控えているらしい。


もしこれがシングルの楽曲だったら、更にメイキング・メンバーソロver.・ファンイベント限定配信ver.……も追加になるとか。

たった1枚のCDの裏に、とんでもない数の人たちが関わっている。

その人たちの努力や時間、そしてお金が動いている。


……わかっていたつもりだった。

でも、こうして現場を目の当たりにすると……私の頑張りが、誰かに影響するってことが、ちょっと怖くなる。


「あ、そうだ! チョコ持ってきたの。よかったら、みんなもらってくれる?」

「もらうもらう!! メイク中からその紙袋めっちゃ気になってたんだよ〜!」

「ボクのはどれ〜?」


遊里君と真央君が、わらわらとテーブルに集まる。


「遊里君にはこれ。真央君には……これかな」


遊里君には、かわいいゲームとコラボした限定チョコ。

真央君には、柑橘系のボンボンショコラ。


蓮君には、はちみつとMILKのチョコ。

信さんには、王道のミルクチョコ。

怜央さんには、ビターな大人チョコ。

椿さんには、ちょっと変わり種のボンボンショコラ。


……そして、セナ君。


メイク中のセナ君のもとに、そっとチョコを持っていく。

メイクさんとの距離感が気になって、つい視線を逸らしてしまう。


「セナ君、甘いもの大丈夫?」

「ん、へーき」

「よかった。じゃあ、ここに置いとくね」


チョコに目を落としていたセナ君が、私を見上げる。


「中身、見して」

「え……? うん」


リボンを解いて、箱を開ける。

中には、丸くて艶やかなチョコ。金粉が乗った、ちょっと特別なやつ。


「あ」


……え?

気がつくと、セナ君が口を開けて、私をじっと見ていた。


「早く、食わして。メイク中で手ぇ使えねーから」


……えっ、私が……食べさせるの……?

いつか、マカロンをあーんってしてくれたの、思い出しちゃうじゃん……


そっとチョコを摘み、手を伸ばす。

でも、これ以上、指を近づけられないんですけどぉぉ……


ぱくっ


……っ!?


動けずにいる私にしびれを切らしたのか、セナ君が自分から顔を寄せて、私の指先ごと、奪うようにチョコを口に含んだ。


「……っ!!? え!?!?」


い、今、指……かすった……!??

固まる私を見上げながら


「あっま。ごっそさん」


ぺろ、と舌で唇を舐める仕草が、どうしようもなく色っぽくて。


私はもう、何度目かわからない。

セナ君の前で、またしゃがみ込んでしまった。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


もし少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入りしていただけると励みになります。


第3話「アルバムとホワイトデー」は【明日夜】に更新予定です!


ぜひまた覗きに来てくださいね!

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