第9話「ケーキとプレゼント」
一足先に、八神さんが手配してくれたホテルへタクシーで向かい、チェックインを済ませる。
フロアまるごとが貸し切りにされていて、案内してくれたスタッフの方に部屋へ通されると、そこはまるで夢のあとみたいに静かだった。
さっきまでの光の渦が嘘みたいで、頭の中には、たくさんのメロディーが浮かんでくる。
……ピアノ、弾きたいな。
その代わりにと、iPadを取り出してピアノアプリを起動する。背面には「Starlight Parade」の刻印……。
思いつくまま、気の向くまま、指を滑らせていたら、ふと時計に目をやる。
11時50分。
……嘘、もうそんな時間!?
2時間以上もiPadに没頭してたなんて……!
「日付が変わる頃、みんなで奏の誕生日パーティー、しよ?」
……って、言ってたけど。
打ち合わせが長引いちゃったのかな。
ぐ~~~っ
……しまった。
ライブ後から何も食べてない。
ライブのあとはいつも胸がいっぱいで、つい食べるのを忘れてしまう。
ルームサービス、頼んでいいのかな……それともコンビニ行こうかな……
コンコンコン……。
「ルームサービスです」
……ん?
どこかで聞いたような声。
そっとドアを開けると……
「「「「「「「ハッピーバースデー!!!」」」」」」」
そこには、ホテルに到着したばかりのメンバー全員が揃っていた。
まさか、本当に来てくれるなんて思ってなかったから、言葉が出なかった。
慌てて「シーッ!」ってする姿が面白くて、気づけば私はまた泣き笑いしていた。
「入るよー」
「え、ちょ、蓮くん待って!」
「ほら、あれ食うぞ」
セナ君が親指で指す先、椿さんが大きなバースデーケーキを抱えていた。
「ボク、チョコプレートのとこ〜!」
「それ、奏ちゃんの」
「あー、お腹すいた〜!」
「それな〜。オフショ撮影やらで、なんも食えんかったわ」
「おまえら、ほら、歌うぞ」
少し喉が枯れた声だけど、みんなで歌ってくれた「ハッピーバースデー」。
まるでライブのアンコールみたいで、胸がいっぱいになる。
「ろうそくはね、火災報知器が反応しちゃうと困るからナシで我慢して」
「お皿と包丁、忘れたな」
「そのままフォーク刺しゃいいんだよ」
そう言って、セナくんがフォークにイチゴを刺して、私に差し出す。
「ほら、口開けろ」
……前にも、こんなことがあった。
マカロンを食べさせてもらった、あの時みたい。
みんなの視線に照れながら、あわてて口を開ける。
「……あまっ……~~~い!」
この時期のイチゴって、少しすっぱいイメージだったのに。
今まで食べた中で一番甘く感じたのは、きっと空腹のせい。
「それと、これ」
「え?」
「誕生日プレゼント」
「ボクのも見て見て〜!絶対いっちばん奏が喜ぶ自信あるよ〜!」
次々に渡されて、ベッドの上には色とりどりのプレゼントが並ぶ。
怜央さんからは、キラキラのスマホリング。
遊里君からは、ラメ入りのリップグロス。
椿さんからは、透明感のある香りのヘアミルク。
信さんからは、飾りのついた可愛いミラー。
蓮君からは、リップとハンドクリームのセット。
真央君からは、ふわふわのシュシュとリボンバレッタ。
どれもかわいくて、本当に嬉しかった。
「嬉しい……どれも、使うの楽しみ……!」
使うのがもったいないって思うほど、どれも素敵で。
それ以上に、こんな忙しい時期に“自分のために選んでくれた”って気持ちが、何より嬉しかった。
「あー、明日もあるし、部屋戻るか」
「だな、そろそろ解散だな」
セナ君の言葉で椿さんがみんなを促す。
「今日は本当にありがとう。また明日も、頑張ってね」
最後に部屋を出ようとしたセナ君が、ふと振り返る。
「手、出して」
……あ、そういえば。
さっきのプレゼントの中に、セナ君のだけ、なかった。
差し出した手の上に、パステルグリーンの小さな箱がそっと置かれる。
「誕生日おめでと。おやすみ」
そう言って、静かに扉の向こうへ。
「え〜〜〜!Tiffanyじゃ〜〜〜ん!!」
「セナ君、ガチすぎでしょ……!」
扉の向こうから聞こえた声に、私の胸がまたぎゅっとなった……
ベッドに座りながら、もらった緑色の箱をそっと開ける。
中に入っていたのは、かわいいハートモチーフのキーリング。
……かわいい。
手に取ると、キーリングにはもうひとつキーホルダーが付いていて……
よく見ると、それには「KANADE OTOHA」と刻印されたドッグタグのようなチャームが揺れている。
「……ピアスとか、ど?」
「私、ピアスの穴……開けてなくて!」
「ん、ホントだ。……じゃ、ホールも、オレが開けてやんよ」
1年前の今日、セナ君と交わしたそんな会話が、耳の奥に蘇る。
ふいに触れられた耳が熱くなって、そっとその場所を指でなぞった。
このキーリングも、本当にうれしい。
でも……昨年の約束を忘れられていた気がして、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
それでも、みんなからもらったプレゼントに囲まれてベッドに体を預けると、気づけばそのまま眠りに落ちていた。
まだお客さんが誰もいない東京ドーム。
でも照明も音響も、本番とまったく同じ。
“ゲネプロ”と呼ばれるこの時間は、本番そのもののような緊張感に包まれていた。
「本番のように。じゃなくて、本番以上に」
円陣の中でそう言った椿さんの声が、今も耳に残っている。
私は客席にひとり座り、その光景を見つめていた。
音と振動が、足元から伝わってくる。
そのひとつひとつが、心に響いて止まない。
怜央さんは、立ち位置を確認しながら目線の送り方まで調整していた。
椿さんは演出のテンポをスタッフさんに伝え、真央君は軽やかなステップを何度も何度も繰り返す。
遊里君は大きく手を振って、ファンの視線を想像するように笑顔をキープ。
信さんの歌声は、まだ全力じゃないのに、不思議と心に沁み込むようだった。
そして、セナ君。
カメラを見つけた瞬間、表情を変えるその速さ。
誰よりも早く“アイドルの顔”になる彼を、やっぱりすごいと思った。
そのセナ君が、ステージの上から私を見つけると、手招きをする。
「……あのさ、今日ってライブ後、何か予定ある?」
「予定?まっすぐ帰るつもりだったけど……」
「……ライブ後、ちょっとだけ打ち上げ顔出したら、すぐ帰るから。家、来いよ」
……家?え、家って、セナ君の……?
「去年の約束、覚えてねーの?」
セナ君こそ……忘れてたんじゃなかったの……?
「あのキーリングについてんの、家の鍵だから。あとで住所送るわ」
「え……っと……何時くらいに行けばいいのかな……?」
目の前のセナ君を直視できなくて、思わず視線を泳がせる。
「あー、わりぃけど適当に先に家で待ってて」
「えっ……でも……」
「どんくらい待たせるかわかんねーし、外暑いしさ。あと、こういう日は週刊誌も張ってるし」
……ああ、芸能人って本当に大変なんだなって思う。
この前のセナ君の誕生日のときも、そんなことを思ったっけ。
「ちゃんとタクシーで来いよ」
そう言って何事もなかったかのようにステージに戻るセナ君を、私は黙ったまま見送った。
あの日と同じ、東京ドームの天井を見上げる。
静かに息を整えて、私は“この瞬間”を心に刻んでいた。
会場が暗転し、無数のペンライトが星空のように瞬く。
胸が高鳴る。だけどそれは、不安じゃない。
期待と、誇り。
……オープニングが鳴り響く。
メンバーが登場すると、ドーム全体が一気に沸騰した。
昨日とは明らかに空気が違う。観客も、スタッフも、彼ら自身も。
椿さんはまっすぐに前を見据え、怜央さんも信さんも、みんなが同じ方向を見ていた。
「昨日までの自分を、越えっぞ!!!!」
その言葉にドームが一段と熱を帯びる。
気迫と音圧が波のように押し寄せてくる。
椿さんの煽りに客席が応え、怜央さんのキメで銀テープが打ち上がり、信さんの歌う静かなバラードに、隣の女性がそっと涙をぬぐう。
……昨日だって全力だったのに。
それなのに、今日の彼らはさらにその上をいっていた。
迷いのない動き。揃ったダンス。
コーラスの正確さと、“魅せる”ことへの意志。
最後の曲が終わり照明が落ちる。
けれど観客の手拍子は止まらない。アンコールの波がドームを包む。
再び登場した彼らがマイクを手に静かに語る。
「東京ドーム、2日間。ありがとうございました」
歓声の中で、椿さんが少し笑って続けた。
「去年、俺たちは初めてこの東京ドームに立ちました。
その景色をまたこうして今年も見られるなんて、夢みたいです。
でも、ここに立ち続けられるのは、支えてくれたすべての人たちのおかげです」
マイクを置き、みんなで手を繋ぐ。
「「「「「「「ありがとうございましたぁぁぁぁあ!!!」」」」」」」
その声が、どこまでも響いていた。
昨日よりもきっと、もっと疲れているはずなのに。
その言葉は、昨日以上に大きく、東京ドーム全体に響いた。
大きく一礼したその姿には余計な演出なんてひとつもなくて。
ただただ、真っ直ぐな“感謝”だけが滲んでいた。
誰もがこの瞬間を忘れたくないと願い、客席からは惜しみない拍手と歓声が降り注いだ。
……ラストの曲が始まる。
照明が切り替わり、銀テープが舞う中。
セナ君は前を、もっと遠くを、ずっとその先を見つめていた。
あの瞳に映っていたのは、“次の景色”。……きっと未来だった。
熱気と余韻の残るステージを背に、私はそっと胸元のパスを握りしめ、会場を後にする。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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最終話「Éternité」は【明日夜】に更新予定です!
ぜひまた覗きに来てくださいね!




