第8話「ワンピースとバスローブ」
「奏ハピバ~~~~!!!」
夏休み最後の補講が終わって、下校の準備をしていたとき。
突然クラッカーが鳴って、紙吹雪が舞う。
「え、奏、誕生日なの?」
「おめでとー!」
周りのクラスメートたちが、次々と声をかけてくれる。
「っっも~……びっくりしたよ~~~……」
「びっくりさせたかったんだってば」
「これ、うちらからの誕プレ~」
「わーん、当日にお祝いしたかったよーー!」
箱が入った大きな紙袋を渡される。
「めっちゃ可愛いーから開けて開けて!」
みんなに促されて紙袋から箱を取り出し、リボンを解く。
中にはくすみカラーの水色ワンピースが入っていた。
胸元にはパールが飾られ、ところどころにあしらわれたレースが本当にかわいい。
「わー……かわいい~~」
「でしょでしょー?」
「これ見つけたときマジでビビッときたよね!」
「ちょっとー!見つけたのウチなんですけど~!」
「ありがとう……大切にするね」
「大切にしすぎないで、ちゃんと着てよ~?」
瑞樹ちゃんの一件以来、一時は友達をつくるのが怖くなっていたけど……
こんなふうに笑い合える友達ができるなんて、思っていなかった。
「ねぇねぇ~、そういえばさ~?例の先生とはどうなったの~~?」
「えっ、それ気になってたやつ!!聞かせて聞かせて~!!」
先生……か。
「その先生に会うのが楽しみなの」
あのとき私が変な言い方をしたせいで、みんなが「えっ、それ恋じゃん!」って盛り上がっちゃったんだよね。
「……ううん、全然そんなじゃなかったみたい」
「え?マジで?完全に好きな人かと思ってたんだけど!」
「会いたかったのは、その先生に……じゃなかったみたいで」
……うん、なんか違った。
今思うと、会いたかったのは“人”じゃなくて……
その人が作ってた、“音”だったんだと思う。
「え~~~つまんな~い!でも、次に気になる人できたら絶対教えてよね!!」
「うん、できたら……教える……ね」
帰宅後、もらったワンピースをハンガーにかける。
本当に、かわいい。
これを着て、会いたい相手は……もう、決まってる気がした。
誕生日前日の8月29日。東京ドームライブの1日目。
ずっと地方公演が続いていたから、ツアーの最終公演を見学できて、本当に良かった。
会場の至るところに貼られた、スターライトパレードモデルのBluetoothイヤホンのポスター。
……パパが話してた新製品、どうやら本格始動したみたい。
RiseToneとコラボした起動音声入りイヤホン。
メンバーカラーごとのモデルに、それぞれの音声が入る……ちょっと変わった仕掛け。
「“おはよう”とか“行こうぜ”とか、挨拶程度の短いボイスだけど、けっこう反応が良くてね」
そう言って、パパは嬉しそうにしてた。
その音声収録があった日は、グループLINEの通知が止まらなかった。
柊真央:終わった~~~!俺の“起きろー!”めっちゃ元気系だったわw
井上信:はい、楽屋でドヤってる自撮り
天野蓮:これが……朝から来るのか……
豊田遊里:てかさ、ボクのやつ聴いてほしい
豊田遊里:“おっはよ♡ ちゃんと起きた?”って、絶対寝坊させない自信ある~~
諏訪セナ:それオレがファンだったらスマホぶん投げる案件だなw
諏訪セナ:ちなみに俺のやつは“行こうぜ。今日も。”だった
井上信:これ、撮影中にふと目が合ったセナ
諏訪セナ:盗撮すんな
天野蓮:セナくんは“黙ってつけろ”で決まりでしょ?
御影怜央:候補にあった
椿翔平:あったのかよwwwwww
CMとの連動で、マイクやイヤモニも一部新しく開発されたらしい。
……なんだか、ちょっと誇らしい気持ちになる。
去年は「GUEST」と書かれたネームカードをもらったけど、今回は豪華な色で
「ALL ACCESS DAY1&2」って書かれてる。
私も、少しだけこのステージを作る一員になれた気がして、嬉しかった。
今回は、みんなとスタッフさんへの差し入れも持ってこれたし!
ママにアドバイスを求めたら、案の定……
「チッ……!」
電話でもやっぱり舌打ちの声が聞こえた気がするけど、相変わらず苦々しく教えてくれた。
「水ようかんなんていいんじゃないかしら。あいつらノドに詰まらせればいいのよ」
「フルーツジュースとかもいいわね。むせてノドやられて音程外せばいいわ」
「いっそバナナでもいいんじゃない。滑って転んで豆腐の角に頭ぶつければいいのよ」
……結局、ワンハンドで手軽に食べられるフルーツジュレにすることにした。
パパに相談したら、スタッフさんの分も含めて手配してくれて、さっき控室を覗いたらすごい数が並んでた。
味も4種類あって、通りかかったスタッフさんが楽しそうに選んでくれてるのを見たら、すごく嬉しかった。
そのとき、大きな音が響いた。
リハーサルが始まったのかもしれない。
観客席へ移動すると、メンバーたちが真剣な顔で説明を受けているのが見えた。
ライトも点いていない。広すぎるほど広いこの空間に、どこか高揚した空気が流れていた。
ステージ中央で、誰よりも早く立っていたのはリーダーの椿さん。
Tシャツにジャージ姿なのに、不思議と本番のように見えるのがすごい。
そして、そのすぐあとに現れたのがセナ君。
背筋をすっと伸ばし、まだ衣装でもないのに、“センター”としての覚悟が漂っていた。
イントロが流れると、スポットライトが彼を照らす。
そして……ひとり、またひとりとメンバーたちが浮かび上がる。
本番さながらの緊張感。
それが、空気の温度をじわりと上げていく。
「照明、1番。イントロ入るタイミングで追って」
舞台袖のスタッフさんの指示を聞きながら、私は息を詰めたまま見つめていた。
……5秒前。
秒読みと同時に、ステージの照明が一斉に灯る。
イントロとともにセナ君が振り返り、フォーメーションを組んだ彼らが……歌い出す。
椿さんは、最初のステップからキレッキレで、指先までしっかり神経が通っていた。
信さんは、全体を見ながら動いていて、少しズレた立ち位置をさりげなく直している。
怜央さんは表情の作り方が圧倒的で、ここに客席がないのがもったいないくらいだった。
蓮君は真剣そのものの表情で、誰よりも体を大きく使っている。
真央君は一瞬音を聞き逃してズレたけど、すぐ立て直して、自分のリズムに引き戻していた。
遊里君はキラキラと全力で、でもしっかり振付の精度も高くて……思わず見とれてしまう。
これは、リハーサル。
たった今、その瞬間にしかない「通しの確認」。
だけど、目の前にいる彼らは、誰よりも本気だった。
音の取り方、視線の運び方、フォーメーションのズレを自分たちで修正しながら、“ステージの記憶”を体に叩き込んでいく。
誰ひとり、気を抜いている人なんていなかった。
私は袖からその光景を見つめながら、少しだけ胸がざわついた。
この人たちは、こんなにも真剣に、たった一回の“確認”のために全力を出すんだ。
汗がにじんでいても、動きを止めず、誰かがつまずけば即座にフォローし合う。
振りの確認も、照明とのタイミングも、自分たちで体感しながら合わせていく。
まるで、魔法みたいだった。
「音羽さん」
八神さんに声をかけられ、我に返る。
「涼しい場所に行きますか? 長く見てると緊張しますよ」
うなずきながら、もう一度だけステージを見た。
ちょうどセナ君がセンターでターンを決めるところだった。
リハーサルなのに、歓声が聞こえた気がした……。
みんなが控室に戻り、着替えが終わったころ合いを見計らってノックの音とともに部屋に入ると、そこにいたのは……
やっぱり全員、バスローブ姿。
「……っ」
だから……なんでこの人たちはバスローブなの……!?
眩し過ぎて眩暈がしてしまい、しゃがみ込む。
「奏ちゃん、大丈夫?」
「怜央さん……いえ……その……みんなが格好良すぎて……」
「おまえなー。今でそれ言ってたら本番倒れんじゃねーの?」
「セナ君の“本番”って意味深だよね」
「レン……黙れよ……泣かすぞ」
……少しずつ、目が慣れてきたかも。
すると、ソファに座った遊里君が上目遣いで話しかけてくる。
「奏~。今日ってボクらと同じホテル泊まるんでしょ?」
その目線に、私はなんだかすごく弱い気がする……
「あ、うん……八神さんが気をつかって取ってくれてて……」
「じゃさ、じゃさ……」
ふふっと含み笑いを浮かべて、遊里君が続ける。
「日付が変わる頃、みんなで奏の誕生日パーティー、しよ?」
「え……?」
控室の皆を見ると、にこやかにうなずいてくれていた。
「でも……みんな明日も早いんじゃ……」
「そんなの気にしないで大丈夫だって」
「椿さん……」
まさか、そんなふうに考えてくれていたなんて。
「ありが……とう……ございます……なんか、もう、すでにすごいプレゼントもらった気がしちゃって……」
「うわーー!椿さん泣かしたらあかんやん!!」
「はぁ!!???……ツバキ……!!おまえ!」
「ちょ……落ち着けセナ……」
泣き笑いになってしまう私を見て、みんながあたふたしてくれてるのが、ちょっとだけ嬉しかった。
ライブ直前。
ドームの空気は、今にも火が灯りそうな熱を帯びていた。
バックステージのモニターには、次々に映し出される客席の光。
何万人もの観客が、息をのんで彼らの登場を待っている。
「……よし、行こう」
椿さんのそのひと声で、全員の空気が一変した。
ついさっきまでわちゃわちゃしていた彼らが、まるで別人のように真っ直ぐステージを見据えている。
「スターライトパレード、まもなく本番です」
スタッフの声とともに、音が、光が、世界を切り裂いた……。
1曲目が始まった瞬間、全身に鳥肌が立った。
「音に飲まれる」って、こういうことなんだ……
センターに立つセナ君。
その姿は、指先ひとつ、歩幅ひとつまで完璧で、まるで空気すら従えていくみたいだった。
そのすぐ後ろ、怜央さんが一瞬だけこちらを見た……気がした。
ステージ上の彼の目は、普段とはまるで違う。
静かな情熱と覚悟、そして……ほんの少しの切なさが滲んでいた。
椿さんの煽りに、客席が沸き上がる。
信さんのハモりが、楽曲に芯を通す。
蓮君は軽やかにステージを舞い、真央君のダンスが力強くアクセントを刻む。
遊里君のファンサひとつで、歓声が波のように広がった。
そして……
『shooting stars』のイントロが流れた。
その瞬間、心臓が跳ねた。
あの日の景色が、今、こんなにも壮大な世界で再現されてるなんて。
……この曲が、みんなの代表曲になったんだ。
涙が止まらなかった。
“誰一人として欠けていない”ステージ。
完璧なフォーメーション。
音と光が交差するなか、彼らは本当に……星のように煌めいていた。
アンコールのラスト曲が終わり、マイクを置いた彼らが深く頭を下げる。
「ありがとうございましたぁぁぁぁあ!!!」
どこまでも届く声だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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第9話「ケーキとプレゼント」は【明日夜】に更新予定です!
ぜひまた覗きに来てくださいね!




