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第1話「手袋とスマートグラス」

「お嬢様、とてもお肌がおきれいなので、どのお色もお似合いですよ」


目の前には、宝石箱みたいにキラキラしたかわいいメイク道具がずらっと並んでいた。


今日は、日本に帰国していたママが「遅くなったクリスマスプレゼントよ」と言って、メイク道具を一式買いに連れてきてくれた。


「肌診断の結果、お嬢様はブルベの中でも、特にサマータイプに近いお色味でして……」

「そうなの。この子、まだあまり化粧に慣れていないのよ」


さまー……たしか友達も“ぷるべ”とか“いえべ”とか言ってた気がする。

肌にも季節があるんだ……!


「よろしければ、髪も整えて差し上げましょうか?」

「お肌と髪の印象に合わせて、お洋服もいくつかご提案を」

「このあと食事に行くからお願いするわ。他にも似合いそうな服、何点か見繕ってくれる?」


ママがさらっと言うと、次々にお洋服が運ばれてくる。バッグに小物、ブーツまで。


「ママ……こんなにたくさん……」

「いいのよ。クリスマスプレゼントって言ってるでしょ?」


ママのコーディネートで、いろんな服を着たり脱いだり。

時々メイクもいじってもらったりして、なんだか舞台裏みたい。


スターライトパレードのライブを観に行った時の光景が思い出される。

あの時みんな、何度も着替えて、メイクして、髪を直して、歌って踊って……すごかったなぁ。


また、ライブ観に行きたいな。

今年は、やらないのかな。


あの眩しい光に包まれて、かっこよく歌うみんなを……もう一度、観たい。


一通りの買い物を終えて、部屋から出る。


「パパとの待ち合わせまで、まだ少し時間があるわね」

「あっ、ママ!私、怜央さんとセナ君の誕生日プレゼント買いたいんだった!」

「チッ!」


……え?ママ?


いま、すっごく小さく舌打ちが聞こえたような……

びっくりしてママの顔を見上げると、いつもの綺麗な笑顔が返ってくる。


……気のせい、かな。


11月の椿さんのお誕生日は、メッセージだけしか送れなかった。

今年は、去年の作曲でいただいたギャラを使って、ちゃんとお祝いしたい。


「ねぇ、ママはどんなプレゼントがいいと思う?」

「……手袋とかどうかしら?」

「手袋……?」


うん、たしかに。寒い季節にぴったりな贈り物な気がする。


「“あなたの大切な人が寒くないように”って贈るのよ。冬の贈り物は」

「……素敵! 怜央さんへのプレゼント、手袋にしようかな!」

「……レオ……?てっきり、あの頭悪そうな方が好きなのかと思ったけど……」

「ん?なに? 早く手袋売ってるお店行こ!」

「……私の勘も鈍ったかしら……」


ママといくつかのお店を回って、ようやく「これだ」と思える手袋に出会った。


……質のいいブラックのラムレザー。

余計な装飾はなく、縫製も丁寧で、どんな服にも合わせられそうな一品。


「怜央さんって、こういうの……ちゃんと使ってくれそう」


店員さんの説明を聞きながら、革の質感を指先で確かめる。

薄手なのに中はふわりと暖かくて、外でも手先が冷えなさそうだった。


何より、昨年貸してくれたコート。

あのコートにとてもよく似合うような気がした。


「もう1つ買うんでしょ?」

「うーん……セナ君は……手袋って感じじゃないんだよなぁ……」


セナ君って……欲しいものは自分で買いそうだし、なんかこだわりとかもありそう……


「そういえば……セナ君スマートグラス買おうかな……とか言ってたかも」

「スマート……グラスですって……?」

「売ってるかなぁ、いくらくらいで買えるんだろう」

「あいつ……やっぱりヴァイオリンで殴って止めを刺しておくべきだったわ……!」

「……ママ?」


その後のママはセナ君に対して凄い辛辣で……



「強めの香水でも贈ってあげたら?自分の匂いに酔ってそうだし」

「夜遊びばかりしてそうだから、アイマスクとか少しは眠れるようにしてあげたら?もうそのまま永遠の眠りに付けばいいのよ」

「手元に目がいくようにキラキラした腕輪でもつけておけば?手錠とかいいんじゃないかしら」

「ハチミツとかいいんじゃない?ちょっとは歌もうまくなるでしょ。そのまま蟻が群がればいいのよ」



結局、セナ君へのプレゼントは見つからないまま、パパとの食事へ向かうことに。


「これは、まだ企画段階だけどね……」


めずらしく、パパが食事の場で仕事の話を始めた。


帰国してすぐ、みんなが所属する事務所……RiseTone Managementと打ち合わせがあったこと。

そして、新しい製品の開発に伴って、CM展開を予定していること。


「そのCMに、RiseToneの若手グループを起用できないか、打診してるんだ」

「えっ……!」

「ちなみに今回は、ちょっとした“仕掛け”も考えていてね」

「……仕掛け?」

「“起動音声入りイヤホン”だよ。各メンバーのカラーモデルに、それぞれの音声が起動時に流れる仕様にするつもりなんだ」

「き……起動……お、おとっ、音声っ!?」

「“Let’s go”とか“おはよう”とか、挨拶レベルの短いフレーズをね。イヤホンの電源を入れるたびに、聞こえるんだ」


えっ……えええっ……!?

起動するたびに、みんなの声が流れるの……!?

“今日もお疲れさま”とか……言ってくれるの……??


……音楽聴くどころじゃないんだけど……


ふと隣のママを見ると、ものすごく退屈そうな顔で、黙々と食事をしていた。


帰宅後。怜央さんにLINEを送る。


『こんばんは。明日、事務所に立ち寄られるお時間とかありますか?』


怜央さんへのプレゼントは、無事に買えた。

だけど、セナ君へのプレゼントは……まだ決まらない。


どうせなら、喜んでもらえるものを渡したい。


翌朝、目が覚めると、LINEに返事が届いていた。


『返事が遅くなってごめんね。明日は一日外のロケなんだ』


……送信時間、午前3時。


こんな時間まで……しかも誕生日にまで、撮影してたんだ。

本当に、過酷な世界でみんな頑張ってるんだなって、改めて思った。


椿さんの誕生日のことを思い出して、SNSを開いてみる。

するとやっぱり、あった。


『#御影怜央誕生祭』のハッシュタグ。


「わぁ……みんな、すごい……」


怜央さんをイメージしたケーキ。

ホテルの部屋で写真を撮る人。

飾り付けをして、楽しそうにお祝いするファンたち。


こんなお祝いの仕方があるなんて、知らなかった。

でも、なんだかあたたかくて、素敵だと思った。


その日の放課後。

八神さんに連絡して、事務所でプレゼントを預かってもらうことに。

メッセージカードも、ちゃんと入れた。


セナ君とケンカして、追いかけてきてくれた怜央さん。

あのときのことを思い出しながら、手袋を預けた。


いつ、怜央さんの手元に届くかな。

気に入ってくれたらいいな……


翌日、グループLINEに怜央さんからメッセージが届いた。


『手袋ありがとう。大切にするよ』


そう書かれたメッセージといっしょに、

手袋を着けた写真と、メンバーに囲まれてお祝いされている様子の写真が送られてきた。


すぐに、他のメンバーからのメッセージも次々に表示される。


椿翔平:おお、なんか彼女からもらいました感あるな

諏訪セナ:……別に、全然羨ましくねーし

井上信:言い方なw でも季節感バッチリだし、センス良き

天野蓮:それ、去年怜央くんがヘビロテしてたコートと合いそうじゃない?

豊田遊里:えー!いいなぁ!ちゃんとボクの誕生日も覚えててよね~!

柊真央:ちょ待って!?オレ、6月なんやけど!?逆に不安なってきたわ!!

椿翔平:いやまだ半年あんだろw


セナ君へのプレゼントは……まだ、思いつかない。


でもできるなら、“私らしいもの”を贈りたい。

セナ君は、今までどんなプレゼントをもらってきたんだろう。


怜央さんのときには感じなかった、特別な気持ちが胸に広がる。


“私らしいもの”

“私にしか、できないもの”


その答えを探すように、私はキーボードの前に座った。


もう何度聴いたかわからない。スターライトパレードの曲。

デビュー曲から全部聴き直して、楽譜を起こす。


“私にしかできないこと”を、考えたとき。

真っ先に浮かんだのは、これだった。


リビングの照明を落とし、譜面台に五線紙を立てる。

Macに繋いだキーボードの前に座り、指先に神経を集中させる。


何度目だろう。この曲を聴くのは。


『shooting stars』の再生ボタンを押すと、ふわりとイントロの電子音が広がった。


……最初に声が重なるのは、信さんと真央君。

澄んだハーモニーが、星の軌道を描くようで。


そこに蓮君の柔らかい声が重なり、一気に景色が変わる。

夜の空気に溶けてしまいそうな、儚さ。


サビ前で怜央さんのパートになると、ピアノの鍵盤を押す手に自然と力がこもる。

力強くて、頼れる声。まるで曲の“軸”みたいだった。


椿さんのシャウト。

その裏にある“想い”がいつも胸を打って、不思議と涙腺が刺激される。

遊里君の声は、透明感がすごくて……とても年下とは思えなかった。


そして……


「セナ君……」


ピアノの音が、ふと止まる。

彼の声が聴こえた瞬間、呼吸の仕方を忘れた。


まっすぐで、優しくて、ずるくて。

どうして、こんなふうに心の奥まで見透かすように歌えるんだろう。


“ぜんぶお見通し”って、言われてるみたい。


この曲を、彼らが歌ってくれたことが、今の私を支えてくれている。


この曲を、私の“音”で返したい。


そう思えた瞬間には、もう譜面に向かっていた。

再生を止めて、何度も、何度も、聴き直す。

彼らが歩んできた軌跡を、ピアノの音に乗せて、たどるように。


怜央さんの時と同じように、セナ君の誕生日前日にLINEを送った。


『こんばんは。明日、事務所に立ち寄るタイミングとかあるかな?』

『わり、明日は朝から移動なんだ』


やっぱり、直接渡すのは難しいかもな……

胸がチクリと痛んで、返事を打つ手が止まる。


どうしようか悩んでいたら、続けてメッセージが届いた。


『ひょっとして、誕プレ?』


見透かされたみたいで、心臓が跳ねた。


『うん、そうなの。でも、忙しそうだから……事務所に預けておくね』


既読がついて、それっきり……返事はなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


もし少しでも気になってもらえたら、フォローやお気に入りしていただけると励みになります。


第2話「マフラーとチョコ」は【明日夜】に更新予定です!


ぜひまた覗きに来てくださいね!

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