仲間を育てるためアシストに徹していたらパーティーを追放されたので、腹いせに魔王を差し向けてみた
「いい加減にしろミネトッ! お前は足手まといなんだよ出て行け!」
こいつは何を言っているんだ。もう酔ったのか? まさかこいつ、俺が戦闘中に細糸で魔物の動きを鈍らせていたことに気づいていないのか?
短く赤い髪を乱し、俺に怒鳴るハンスに、困惑して言葉が出なかった。
「そうですよ。索敵や罠の解除も私にやらせて、シーフとしての役割もまともにこなさない。……あなたなんていらないの」
パーティーの治癒術師兼魔術師であるノーラが、澄んだ青い瞳で俺を責め立てる。薄ら笑いを浮かべ、身の丈ほどの杖の先で俺を小突く。
俺は補助職全般に興味があるノーラにとっていい経験になると思ってやらせていたんだが……。それに索敵に関して言えば、ノーラが見逃していた魔物を指摘していたじゃないか。
そしてパーティーのタンクであるジルクも同調。
「だいたいお前にゃなんの取り柄もねぇじゃねえか。シーフとしての能力は並で顔も平凡。王都一の冒険者パーティーに居ていいレベルじゃねぇんだよ!」
そう言ってジルクは俺の腹に拳を突き立てた。彼はタンクなだけあって逞しい体つきをしているから、かなり痛い。
「ぐっ……」
思わずうめき声が漏れた。
鋭い眼光で俺を睨みつける仲間たち。俺は怒りを通り越して苦笑いした。
なんの騒ぎだと周囲の他の冒険者たちがこちらを見つめてくるが、俺は心を殺し、つとめて冷静に言葉を返した。
「わかったよ。俺はこのパーティーを抜ける。……今までありがとな」
そう言って冒険者向けの酒場から出ようとすると、
「待てよ。お前の持ってる魔道具は全部置いていけ! それはオレたちが稼いで手に入れたものだ」
ハンスはそう言って俺の杖とマジックポーチをひったくる。
「っ……」
唇を強く噛み、爪が食い込むほど拳を握りしめる。そうして腹の底から込み上げてくる怒りと悔しさの混じった激情を抑え込み、酒場を出た。
そのときの元仲間たちからの嘲笑と周囲の冒険者からの憐れみの視線。これだけは一生忘れられない。そう思うほど、この時の記憶は俺の心に深くねっとりと絡みついた。
しばらく無言で歩き、人気のない町はずれに着いた途端、
「はぁぁあ? ふざけるなよ誰のおかげで強くなれたと思ってるんだあいつら! 俺が丁度いい相手を用意して、適度な困難与えて! あいつらが勝てない相手が出てきたら俺が細糸と魔術で援護してやってたんだろうが!」
濁流のごとく押し寄せる感情を大声で空に叫んだ。
……いやまあ、俺はこの世界に転移する前育成ゲームが大好きだったから、あいつらの育成を楽しむあまり、最近は目に見える活躍してなかったのはあるけどさ。
だからって、いらなくなったらポイですか、そうですか。
彼らは俺が育てたから強い。よくある追放もののように俺が抜けて困るということはないだろう。
「だったら俺にも考えがある」
俺は拳を握り締め、魔王城のある方角を睨みつけた。
***
「ん? おいおい、人間が一人で魔王城にくるとか正気かぁ?」
城門と変わらぬ背丈の鬼人がにたにたと笑う。
俺は鋭い目つきで鬼人を睨むと、トンッと地面を蹴る。
「終わり……弱すぎ」
そう言って鬼人の横を素通りし、門をくぐる。
「はぁ、お前何言ってんだ? 行かせるわけねぇだ……ろ?」
鬼人の首を細糸で落としたのだ。
鬼人はわけがわからないと言った表情のまま、崩れ落ちた。
「さて行くか」
そう呟いてから、身体強化を自身にかけ、駆け出した。
「人間?! 丁度いい食ってや……」
「門番はどうしたんだよ? しゃあねえなあ。ここは俺様がっ……?!」
魔王城を駆け回り、目につく魔族の首を片っ端から切り落とす。
やっぱ細糸は便利だな。そこそこリーチが長いし相手からも警戒されにくい。
「ん? この扉の先かな?」
怒りのままに城中を駆け回り、魔族たちに八つ当たりしていると、巨大な扉を見つけた。
巨大な扉の向こうからは強大な魔力の圧を感じる。おそらくこの先に魔王がいるのだろう。
俺は躊躇なく扉を押し開ける。
「愚かな人間よ、よくぞここまでたどり着いた。褒めてやろう」
玉座に座る、山羊のようなツノの生えた魔王が、地の底から響くような低い声で言った。
「だが、たとえ貴様がどれだけ強かろうと所詮は人間。四天王には勝てまい」
言い終わると同時に魔王が手を鳴らすと、彼のそばに控えていた四天王の四人が前に出る。
「そんなに隙だらけだと殺すぞ」
俺が人差し指を曲げると、ヒュンと軽快な音を立てて細糸が四天王の一人を捉えた。そしてそのまま引っ張って、四天王の首を切断した。
「貴様、少しはやるようだな」
切った四天王の首が落ちるより前に、他の四天王の一体が、俺に向けて禍々しいオーラを放つ。
ヒシヒシと、空気が張り詰める。
「四天王ぐらい、一歩も動かず倒してやるさ」
自然と口元が緩む。
「不意打ちくらいで調子に乗るなよ人間!」
四天王の手の甲に埋まった水晶に魔力が集まるのを感じる。
まもなくその水晶玉は燦爛と赤く輝いた。
こいっ!
「インフェルノ!」
水晶玉から溢れ出した、視界全てを覆い尽くすほどの真紅の炎。万物を飲み込まんと荒れ狂う様はまさに地獄の炎そのものだった。
けれど、どれだけ威力が高かろうと関係ない。
「反転」
炎に手のひらをかざし、ボソリと呟く。
「なっ! 炎がなぜこちらに向かってくる?」
「お前の魔術、大ざっぱで干渉しやすかった。さっさと逝けよ、もうお前に用はない」
これは俺の得意技、魔術干渉だ。俺は相手の放った魔術に設定されている方向や威力のパラメーターをいじれるのだ。
このまま行くと確実に一体は炎で消し飛ぶけど、全員まとめてやっちゃいたいな、雑魚を相手するのめんどいし……。
俺は再び手を掲げ、言の葉をつむぐ。
「性質転換─青─」
その呪文に反応し、俺の手のひらからは青く輝く大量の光の玉がわきだす。
光の玉が逆巻く炎に降り注ぐと、空気が凍てつく音とともに、炎は氷となった。
「バカな、人間ごときがこのような力を持ち得るはずがない!」
魔王が氷に閉じ込められた三体の四天王を見て目を見開く。
俺は魔王が見つめる氷塊を細切れにしてから魔王を見やる。
「じゃあ、始めるぞ」
そう言って走り出そうとしたが、魔王の言葉に動きを止める。
「貴様は危険だ。これ以上成長されたら我ですら相手にならなくなるだろう。……よって今、我は全力で貴様を討つ! 『エンペラーカノン』!」
純粋な魔力を幾重にも強化して放つ単純かつ強力な魔術。でも……。
「さっきの見てなかったのか? 『反転』」
「ははっ、無駄無駄! この魔術は一切の魔術干渉を受け付けないのだ」
「そう……。なら、物理的な干渉はどうかな」
「何を言っておる。人間ごときもろい体で、それに触れればどうなるかもわからないのか?」
魔王の勝利を確信した高笑いを聞き流し、構えを取る。
スパンッ!
鋭利な剣でも振るったかのような鋭い斬撃。
俺はエンペラーカノンを真っ二つにした。
「ありえ……ない」
俺はドンと地面を踏み締め、絶望を滲ませた魔王めがけて突進する。
彼の目前で勢いを殺し、ツノの生えた頭を鷲掴みにした。
「ねえ魔王さん。俺の願いを一つ、聞いてくれないかな?」
頭を鷲掴みにした手に力をこめ、自分でも鳥肌が立ちそうなほどの猫撫で声で魔王に問う。
「……も、もちろんだ、ははは……」
俺の脅迫に、魔王は難なく折れた。魔王の瞳に映った俺は、邪気に満ちた笑みを浮かべていた。
***
「なんで足手まといがいなくなってからの方が攻略スピードが遅いんだよ」
オレはダンジョン攻略からの帰路で、パーティーメンバーのノーラとジルクに愚痴る。
「不思議ですよねぇ。でもまあ、攻略自体は難なくできているのですしいいではありませんか」
ああ……、と頷いて気を取り直して前を向く。
まさかあの無能が密かにオレらのサポートでもしていたとでも言うのか? ありえない!
足手まといのミネトは消えた。オレが魔王を討伐して「勇者」の称号を手に入れるのも時間の問題だろう。
ドゴオォォン!
オレたちは、不意に鳴り響く爆音に振り返る。
「なっ……! 魔王……だと。なんでこんなとこに?!」
ジルクは大柄な体を振るわせ、目を見開いている。ノーラも驚いて口をパクパクさせている。
オレは努めて冷静に、自信に満ちた声で指示を出す。
「狼狽えるなジルク。陣形を組んで構えろ! ノーラも強化魔術を頼む」
「いつでも良いぞ。人間」
地の底から鳴るような声でオレたちを手招きする魔王。その余裕が満ち溢れた仕草に、ダンジョン攻略中のミネトの姿が重なる。
舐めやがって!
「エンチャントアビリティ!」
ノーラの強化魔術を合図に、オレとジルクが飛び出す。
風を切り、魔王の懐に入り込むのに、瞬きの間も必要なかった。
「はあぁぁぁあ!」
勢いのままに振り抜いた剣は……
「ぬるい」
冷めた声色で放たれた魔王の言葉とともに砕け散る。
「……はぁ?」
わけがわからず場違いな声を出してしまった。
「ハンスさん。魔王の体の表面に体物理障壁が貼ってあります。しかもこれ、魔族の強靭な肉体を持ってしても破壊できないような異次元の性能です」
つまりは物理攻撃ではなく魔法攻撃をしろということか。
「ノーラ、お前の最大火力をぶつけてやれ。 詠唱する隙はオレとジルクが死んでも稼ぐ!」
「無駄だ」
「なんだと!」
魔王はオレに見せつけるように人差し指を空に向けて掲げる。そして音もなく現れた重みのある紫の結界。
「そんなっ!」
ノーラが悲鳴を上げた理由は明白だった。ノーラが唱え始めていた魔術が砕け散ったのだ。そして同時に、オレとジルクにかかっていた身体強化も剥がれ落ちる。
「魔術封じか!」
「そうだ。これで貴様らは魔術を使えまい」
物理攻撃は通らず魔術は使えない……どうすれば……。
「かはっ……」
不意に、ノーラの口から空気が漏れる音がした。
「ノーラ!」
急ぎ振り向くと、つい先ほどまで向き合っていたはずの魔王が、ノーラの腹部を殴っていた。
「速すぎんだろ」
ジルクが目を見開き呆然と魔王を見つめていたその矢先。
「ぐはぁっ……」
瞬間移動のような速さでジルクも殴り飛ばされ、残るはオレだけ……。
くそっ。もう打つ手がない……せめて……
「せめて物理攻撃だけでも通るなら……貴様今そう考えたな?」
魔王の言葉に肩がはねる。その深い闇色の瞳には、オレの全てを見透かされているような感覚を覚えた。
「いいだろう。喜べ人間。物理障壁なしで遊んでやろう」
たから笑いを響かせ、宣言通り物理障壁を解除する魔王。
「舐めやがって。後悔させてやる!」
「よいぞ! 貴様の全力を見せてみろ。褒美として、貴様には完膚なきまでの敗北を味わわせてやろう」
魔王が何か話していたようだが関係ない。オレの持つ最強の技でこのクソむかつく魔王を討つ。
「地獄に落ちろ魔王!」
叫ぶと同時に踏み込んだ地面が割れる。オレが地面を蹴るごとに残像が増える。
縦横無尽に駆け回り、現れた残像共々魔王に突進。その無数の剣先が、同時に魔王を捉えた──はずだった。
「貴様の全力はこの程度のものか。ただの曲芸だな」
魔王は正確に本物のオレを見極め、刃を指で挟んで剣を受け止めた。
「驚きに声も出ないか」
ゴミを見るような目に冷たい声。魔王はオレへの興味を完全に無くしたようだ。
もう、無理だ。こんな化け物にただの人間が勝てるわけがない……。
つまらなそうに拳を構える魔王。だがオレにはもう、避けようとする気力すらなかった。
そうして無言で振るわれる拳に、死を覚悟したその時、
「まて、まだ殺すなよ」
聞き馴染んだかつての仲間の声が聞こえた。
***
俺は浮遊魔術を使い、空から魔王を制し、憎むべき元仲間たちを見下ろす。
「気分はどう? ハンス」
「ミネト?」
俺が現れたことに困惑するハンスは、哀れなほどにやつれた顔をしている。
当然俺は、魔王とハンス一行の戦闘を見ていた。
彼らが恐怖に顔を歪める様子を思い出すだけで、自然と口元が歪んでくる。
「なあハンス。確かお前、魔王を倒すことが夢って言ってたよな? だったらその夢、俺が手伝ってあげるよ。……魔王を屈服させた俺が!」
ハンスの耳元で囁き、俺は右手を天に向かって突き出した。たったそれだけで魔術封じは砕け散り、半透明の破片が周囲に舞う。
たった一度、絶対的な敗北を味わわせるだけでは俺の心は満たされなかった……。
だから、俺が満足するまで何度でも絶望を味わわせてやるっ!
「フルヒール」
文字通りの完全治癒魔術をハンス、ジルク、そしてノーラにかける。彼らの傷は瞬時に癒え、気絶していたジルクとノーラが目を覚ました。
「なんの……つもりだ?」
ハンスは俺の意図に薄々気づいているようだ。だが、その予測が外れる可能性に僅かな期待をよせるように、彼は物乞いの目で俺を見上げる。
「言っただろう。お前らが魔王を倒す手伝いをしてやるって。まさかお前、自分で無能って言った俺ができたことをできないとは言わないよな?」
そう言って優しく微笑んで見せたが、ハンスの目から恐怖が消えることはなく……。
「だから俺が、お前らが魔王にやられる度、何度でも癒す。この場から逃げることも、死ぬことも許さない──」
「てめぇは、何を言ってんだよ……」
「……っ」
これから起こる地獄を想像し、ジルクは恐怖に目を見開き、ノーラは目尻に涙を浮かべ、口を覆う。
「──じゃあ、頑張れよっ!」
俺は弾んだ声で言い切る。
ハンスの瞳に映る俺は、悪魔と呼ぶに相応しい、歪んだ笑みを浮かべていた。
今作は私の初投稿作品です!
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