孤立無援
「なぜこれがあなたのロッカーに?」
「わ、わかりません…私は何も…」
サナは震え声で答えた。頭の中が真っ白になり、何が起こっているのか理解できない。
「知らないはずはないでしょう」
神官の声が厳しくなった。
「あなたのロッカーから出てきたのですよ」
「でも、本当に知らないんです。私はそんなことしていません」
サナは必死に否定したが、証拠は目の前にある。銀色に輝く聖鈴が、彼女の無実の主張を嘲笑うかのように光っていた。
「これは間違いなく、我々の聖鈴です」
もう一人の神官が確認した。
「古代文字の刻印も、形状も、全て一致しています」
サナは立っているのがやっとだった。膝が震え、今にも崩れ落ちそうになる。
「まあ…サナが?」
エリザベスが驚いたような声を上げたが、その表情には隠しきれない満足感が浮かんでいた。まるで予想通りの結果に喜んでいるかのようだった。
「やっぱりね」
クラリッサが小声で呟いた。その声には「想定内」とでも言いたげな響きがある。
「これだから貧民は信用できないのよ」
候補生たちの視線が、一斉にサナに向けられた。その目には軽蔑と嫌悪が露骨に表れている。
「盗んだのはあなたでしょう?」
エリザベスが断定的に言った。その声には勝利者の余裕が滲んでいる。
「違います!私はそんなことしていません」
サナは涙声で否定した。
「でも、あなたのロッカーから出てきたじゃない」
「それは…誰かが入れたんです」
「誰が?証拠はあるの?」
エリザベスの追及に、サナは言葉を詰まらせた。確かに証拠はない。誰が、いつ、どのようにしてロッカーに聖鈴を入れたのか、全く分からない。
「まさか、私たちが疑われるとでも?」
クラリッサが憤慨したような声を上げた。
「そんな失礼な」
「貧民の分際で、私たちを疑うなんて」
「身の程をわきまえなさい」
候補生たちの非難の声が、サナを取り囲んだ。
「私たちが盗みなんてするはずないでしょう」
候補生たちは納得したように頷き合った。まるで全てが腑に落ちたかのような表情だった。
「やはり血筋というものね」
「育ちは隠せないのよ」
「可哀想だけれど、仕方がないわ」
その言葉の一つ一つが、サナの心を深く傷つけていく。
「エドガー神官様」
サナは神官にすがるような目を向けた。
「本当に私はやっていません。信じてください」
しかし、エドガー神官の表情は氷のように冷たかった。そこには一片の同情もない。
「証拠の前では、言い訳は通用しない」
「でも…でも私は本当に…」
「君のような出自の者が、神聖な神具に手を出すなど…」
神官の声には、深い軽蔑が込められていた。
「これだから貧民は信用できないのだ!」
エドガー神官はそう言うなり、サナの頬を平手打ちした。
「きゃあ!」
サナの小さな体がその場に倒れ込み、候補生たちが後ずさる。
「最初から分かっていたことだ!」
エドガー神官は他の神官たちに向かって言った。
「このような者を神殿に入れるべきではなかったのだ!」
修道女の1人が震え声で謝罪した。
「申し訳ありません、エドガー神官様!私どもの監督不行届きで…」
「いや、あなたたちが謝ることはない」
エドガー神官は首を振った。
「本来なら、身分をわきまえて神殿になど来るべきではなかったのだ」
他の神官たちも、誰一人としてサナを庇おうとしなかった。皆が距離を置き、軽蔑の目を向けている。
「王太子殿下のご懸念が正しかったということです」
一人の神官が小声で呟いた。
「貧民街に帰れ!」
突然、一人の候補生が叫んだ。それは合図だったかのように、他の候補生たちも次々と声を上げ始めた。
「そうよ!こんな所にいる資格なんてないわ!」
「泥棒がいる神殿なんて、恥ずかしすぎる」
候補生たちの声が次第に大きくなっていく。
「神様もお怒りになっているに違いないわ」
「こんな汚れた人と一緒にいるなんて、考えただけでも身が縮む思いよ!」
「早く出て行って!」
「神殿を汚さないで」
「見ているだけで不愉快よ!」
サナは震えながら、その場に立ち尽くしていた。涙が止まらなかった。四方八方から飛んでくる罵声が、彼女の心を容赦なく打ちのめしていく。
「私は…私は本当にやっていません」
小さな声で呟いたが、誰も耳を貸さなかった。
「まだそんなことを言うの?」
エリザベスが冷笑を浮かべた。
「みっともないわよ。潔く認めなさい」
「そうよ。見苦しい言い訳はやめて」
「これ以上、神殿を汚さないで」
「恥知らずにも程があるわ」
エドガー神官が手を上げると、騒ぎは収まった。
「静粛に。このような者を神殿に置いておくわけにはいかない」
神官が厳かに宣言した。
「神に仕える聖なる場所に、盗人を住まわせるなど許されることではない」
「神官様…」
サナが震え声で呼びかけたが、神官は振り返ろうともしなかった。
「明日の朝までに荷物をまとめて、神殿を去りなさい」
その言葉は、サナにとって死刑宣告にも等しかった。神殿を出れば、行く当てもない。貧民街に戻るしかないが、そこにも居場所はないだろう。
「お願いします…私は本当に何もしていません」
サナは膝をついて懇願した。
「どうか信じてください。女神様が証人です」
「証拠の前では、どんな弁解も無意味だ」
エドガー神官は冷たく言い放った。
「君のような出自の者が、神の使いになろうなど身の程知らずだったのだ」
エリザベスが嘲笑を浮かべた。
「そうですわ。神様も迷惑していらっしゃるでしょうね」
「泥棒が神様の使いになろうだなんて」
「聞いているこちらが恥ずかしいわ」
サナはその場に崩れ落ちそうになった。誰も信じてくれない。誰も味方になってくれない。完全に孤立無援の状態だった。