聖女試験
王都の大神殿に、王国中から集められた少女たちが並んでいる。聖女候補を選ぶ、二十年に一度の選別の日だ。大理石の柱が立ち並ぶ荘厳な神殿の中で、美しい絹のドレスに身を包んだ令嬢たちが、誇らしげに胸を張って立っていた。彼女たちの装飾品が光を反射し、高級な香水の匂いが漂う。
そんな中、神殿の端の方で、一人の少女が小さくなって座っていた。
「あら、何あれ」
近くにいた赤毛の少女が、それを見て鼻で笑う。
「貧民街の子じゃない?なぜここにいるのかしら」
そう言われた少女の名はサナ。年齢は13歳である。服は何度も継ぎ当てをした粗末な麻の布でできており、所々に穴が開いている。色も褪せて茶色く汚れていた。髪は自分で切ったのか、ぼさぼさで不揃いだ。
「間違いじゃないの?こんな汚い子が聖女候補なんて」
「見てよ、あの髪。まるで乞食ね」
少女たちの嘲笑が聞こえてくる。サナは肩をすくめ、さらに小さくなった。
「きっと迷子よ。誰か追い出してあげた方がいいわ」
「でも、名前が呼ばれるまで待つって言ってたから、本当に候補者なのかも」
「まさか!神様がこんな汚い子を選ぶはずないでしょう」
笑い声が響く。サナの頬が赤くなった。
「静粛に」
厳かな声が響き、白い法衣を纏った高位神官が現れると、神殿内は静まり返った。神官は神聖な水晶を手に持っている。
「聖女候補の選別を開始する。名前を呼ばれた者は前へ」
一人、また一人と、少女たちが神官の前に立つ。
美しいドレスを着た令嬢たちが、優雅な足取りで歩いていく。
「エリザベス・ローズウッド」
「はい」
赤毛の少女が自信満々に前に出た。伯爵家の令嬢である。
「手を」
エリザベスが手を差し出すと、水晶が薄っすらと光る。
「素質あり。聖女候補として認める」
「ありがとうございます」
エリザベスは得意げに微笑んだ。
次々と少女たちが呼ばれていく。
侯爵家の令嬢、富豪の娘、騎士団長の娘。そして、ついに——
「次の者、前へ。」
神官の声に、サナは小さく身を震わせる。
「え?本当にあの子が?」
「嘘でしょう?」
「間違いよ、絶対に間違い!」
ざわめきが起こる。粗末な麻の服を着たサナが、恐る恐る歩み出た。
「早くしろよ、貧民が」
「神殿を汚すなよ」
「身の程を知れ」
後ろから心無い声が聞こえる度に、サナは震え上がった。一歩進むたびに、周囲の視線が痛いほどに突き刺さる。神官の前に立つと、彼は露骨に眉をひそめた。
「手を」
「はい」
神官は明らかに不快そうな表情を浮かべながら、水晶を取り出した。まるで汚いものを扱うかのように、顔をしかめている。サナが恐る恐る手を差し出した時、会場からくすくすと笑い声が漏れた。
「きっと光らないわよ」
「いい見せ物よね。」
「聖女候補だなんて、間違いよ」
エリザベスは腕を組んで、勝ち誇ったような顔をしている。
「さあ、早く恥をかいて帰りなさい」
サナの手が水晶に触れた瞬間——
突然、神殿全体が眩しい光に包まれた。
「うわあああああ!」
「眩しい!」
「何これ!?」
水晶が発する光は、これまでの誰よりも強烈である。まるで小さな太陽のように、神殿の隅々まで照らしている。
「ば、馬鹿な……」
神官の顔が青ざめる。手に持った水晶が、まるで爆発するかのように光り続けている。
「そんな……こんなことが……」
エリザベスの顔が真っ青になった。他の候補生たちも、呆然と立ち尽くしている。光がようやく収まると、神殿は静まり返った。
「これは……」
神官は震える声で呟く。
「素質あり。いや、それ以上だ。聖女候補として認める。いや、認めざるを得ない」
会場が再びざわめいた。今度は嘲笑ではなく、驚愕の声である。
「あの子が?」
「信じられない」
「あんなに汚い格好なのに」
「間違いよ、絶対に間違い!」
エリザベスは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「神器が壊れているのよ!そうでなければ、あんな貧民が……」
「静粛に」
神官の厳しい声が響いた。
「神器に間違いはない。これは神のご意志だ」
神官は複雑な表情を浮かべながらも、厳格な声でそう告げた。
しかし、会場の候補生たちの視線は、今までよりさらに冷たくなっていた。
「あの汚い格好の子が、私たちと同じですって?」
「絶対に何かの間違いよ」
「神様も見る目がないのね」
サナは下を向いた。しかし、ここで泣いてはいけない。神様が与えてくださった機会を無駄にしてはいけない。そう自分に言い聞かせながら、彼女は小さく祈りを捧げる。
「神様、どうか私に力をお与えください」
こうして、誰もが予想しなかった聖女候補が誕生した。しかし、それはサナにとって試練の始まりでもあった。