第7話「出稼ぎでもするか」
朝。薄明かりの差し込む室内で、ミロードは隣に寝そべる女の体温を感じながら目を覚ました。昨夜の酒と甘い夜の名残で、頭はまだ少しぼんやりしている。
「ん……おはよう、ミロード。もう朝ね」
相手は先週あたりからときどき一緒に過ごしている娼館の女性、ティナ。淡い色の髪をかき上げ、色っぽい笑みを浮かべる。
「おう。俺はちょっと支度して出かけるわ。悪いが先に部屋出るよ」
「今日はもう行っちゃうの? せっかくだから、もう少し……」
ティナが名残惜しそうに寄り添ってくるが、ミロードは苦笑して腰を上げる。
「悪い。金が底つきそうでな。どっかで稼いでこないと、またおまえの相手もしてやれなくなる」
ちらりと床に散らばる衣服に目をやりながら財布の中身を確認する。案の定、中身は少ない。
「はあ……俺には貯金って概念がねえのか。まあ今に始まったことじゃねえが」
嘆息しながらも、慣れた手つきで服を身につけると、ティナに軽く別れのキスをして部屋を出た。
階下へ降りると、昨夜の酔い客の残りがまばらに頬杖をついている。顔見知りのボーイに挨拶を交わして外に出ると、まだ肌寒い朝の空気が全身を包む。
すると、ちょうど通りを歩いていた冒険者ギルドの職員ライラが、ミロードに声をかけた。
「おはよう、ミロード。調子はどうだい? 今度、隣の国マルステインまで行く冒険者を募集してるんだけど、興味ないか?」
「マルステインか……あっちのほうなら、行く途中にダンジョンがあるって噂を聞いたぞ。なんか面白い宝が出るらしいじゃねえか」
「へえ、やっぱり耳が早いな。正直、あそこはまだ全容がわかってないんだ。最近できたばかりのダンジョンだからね。そこそこ危険だろうけど……」
ライラが書類に目を落としながら言いかけたところで、ミロードはひらりと手を振る。
「上等じゃねえか。どうせならそのダンジョンを覗いてからマルステインへ向かってみるか。俺も金が要るしな」
「そっか。助かるよ。確かに君なら攻略も早そうだしね。じゃあ、一応装備や道具を揃えて……」
「道具? フード付きのマントくらいありゃ充分だろ。あんま大っぴらに動くのは面倒だからな」
相変わらずの気楽さに、ライラは困ったように笑う。ミロードの素性を知らぬ者が見れば「ただの自信過剰な男」だろうが、その実力を知るライラからすれば、これくらいの身支度でも十分すぎるのだ。
ギルドを後にすると、ミロードは少し離れた市場通りへ向かう。そこには情報屋まがいの店があり、たまたま外に出ていた主から、新ダンジョンの噂を仕入れることができた。
「へえ、結構奥が深いらしいな。魔物も強めだとか。……ま、そんだけ報酬が期待できるってことだ」
にやりと笑って、情報料を数枚のコインで払う。財布の中身はさらに寂しくなったが、ダンジョンで稼げば問題はない。
道具屋にも立ち寄ったが、結局彼が買ったのはポーション数本だけ。防具や武器には目もくれず、あとはマントを羽織ってフードを深く被る。相変わらずの軽装ぶりだが、それでこそミロードという男でもある。
「さて、じゃあ行くか。朝のうちに出りゃ、夜までには入り口には着くだろう。さっさと潜って、さっさと稼いで帰ろう」
街道をひたすら進むこと数時間。道の途中には荷馬車や旅人の姿もちらほら見受けられる。
ミロードが向かうダンジョンは、この街から隣国マルステインへ続く幹線道路から少し外れた山中にあるらしい。一般人が近づくような場所ではなく、冒険者や物好きな商人が噂を聞きつけて足を運ぶ程度。
薄曇りの空の下をてくてくと歩き、やがて山道の分かれ道に差しかかった。そこには簡単な看板が立てられており、「危険! 魔物出没」という文字が大きく書かれている。
「わかりやすいな……ここか。さあて、どんなモンスターが出てくるのやら」
看板に従い脇道を進むと、すぐ先で薄暗い洞穴の入り口らしきものが見えてきた。ダンジョン特有のひんやりした空気が漂っている。
ミロードはフードを深く被り直し、入り口付近にいた冒険者二人組を横目で確認する。彼らは初級者か中級者か、とにかく警戒しながら洞穴を覗き込んでいた。
「あんたも入るのか? 結構ヤバいぞ、ここ……」
「ま、ちょっとな。……気にしないでくれ。軽く入るだけだから」
警戒心をあらわにする彼らを気にも留めず、ミロードはひらりと洞穴へ足を踏み入れる。薄暗い空間に、一瞬だけ緊張感が走る。だが、その顔はまったく焦ってはいない。
むしろ、これから待ち受ける新たなダンジョン攻略に、どこか楽しみすら感じているようだった。
「よし、ひとまず様子を見ながら進むか。サクッと潜って、サクッと宝をいただいて帰ろう。」
そのまま闇の奥へと消えていくミロード。フードの下では、また一稼ぎして人生を謳歌するつもりの微笑みが浮かんでいた。
財布の中に金を満たすため、そして新たな娼館での贅沢と自由を手に入れるため、果たしてどんな宝と危険を手にするのだろうか――。そんな期待を孕ませながら、薄暗い通路にミロードの足音がこだましていた。