第4話「腹が減ったら、飯と女だろ?」
ダンジョンから街へ戻ったミロードは、真っ先に向かったおなじみの酒場兼食事処「タム・オルテ」の扉を開く。そこには顔馴染みの店主、初老の男オットーが忙しそうに鍋を振っているところだった。
「お、ミロード。久しぶりじゃねえか。最近また潜ってたんだろ? 腹は減ってるか?」
「おう、腹ペコだよ。適当に肉と野菜の盛り合わせ、それにビールをくれ。ついでにパンも二つ頼む」
「任せとけ。ちょうどいい肉が入ったんだ。少し待ってろよ」
昼時を過ぎた店内は、客の入りもほどほどだ。カウンター席で一人呑んでいる常連客が、ちらりとミロードに視線を向けては、ひそひそと何かを話している。どうやら“素手同然でダンジョンを踏破した謎の男”という噂が、もうこの街まで広がっているらしい。
しかしミロードは気にする様子もなく、空席に腰を下ろしてテーブルを軽く叩く。やがて運ばれてきた料理を前に、腹の虫が喜ぶように唾を飲み込んだ。
「へへ、相変わらずいい匂いだな……。さすがオットーの腕だ」
「どんどん食ってくれよ。ビールもたっぷりあるぜ」
オットーの厚意に頷きながら、ミロードは焼き立ての肉を豪快にかぶりつく。肉汁がじゅわりとあふれ、野菜の香ばしさが口いっぱいに広がった。ビールを一気に流し込み、口の中がさらに満たされる。至福の瞬間だ。
「うめえ……やっぱりここが落ち着くわ」
「そりゃあ何より。そういや、噂になってる冒険者の話、あんたのことなんじゃないのか?」
「さあな。ただの日銭稼ぎさ。深く考えたってしょうがねえ」
ミロードは笑ってはぐらかしながら、パンをちぎって肉汁を拭い取り、口に放り込む。
程よく満腹感を得たところでビールのグラスが空き、彼は椅子を立った。
「さて、今日はもう少し飲むか。夕暮れには馴染みの店に行くとするよ」
「おいおい、飲み過ぎて体壊すなよ?」
「俺を誰だと思ってんだ。じゃあな、オットー」
オットーに手を振りながら店を後にする頃には、すでに日は傾きかけていた。
夜の帳が降りると、ミロードの足は自然と“いつもの娼館”へ向かう。街外れにあるその建物は、甘い香水の匂いと、淡いランプの光が漂う艶やかな場所だ。扉を開けた瞬間、馴染みの女主人グレタが妖艶な笑みを浮かべて出迎える。
「いらっしゃい、ミロード。最近見ないと思ったら、またダンジョンに行ってたのね」
「ちょっとな。今夜はパッと金を使う気分だ。いい酒と、いい女を頼む」
「あら、太っ腹。じゃあ奥の部屋を用意するわね」
奥まったソファ席へ通されると、店の女たちが笑顔でグラスを並べてくれる。豊潤なワインや色鮮やかな果実酒が運ばれ、ミロードは早速グラスを傾けて喉を潤した。心地良いアルコールの熱が全身を包み込み、気分は上々。
「ミロードさん、またあっという間に稼いできたんでしょ? 噂になってるわよ」
「俺はただ、強い魔法が使えるだけさ。大したことじゃねえ。そんな話より、今夜の相手を選ばせてくれよ」
ニヤリと笑うミロードに、隣に座った黒髪の美女・シルヴィアが体を寄せて囁く。
「ねえ、今夜はわたしと過ごしてくれるの? 疲れを癒やしてあげるわよ」
「そうだな……ちょっと久しぶりにシルヴィアの顔が見たかったんだ。付き合ってくれるか?」
甘い笑みを交わし合う二人の間に、一気に艶めいた空気が広がる。シルヴィアはグラスを持ち上げ、ミロードの唇にそっと触れるように飲ませた。ゆっくりと流れ込む酒の甘さと、彼女の吐息が混じり合う。
「あなたが望むなら、いくらでも――ね?」
ミロードは軽くシルヴィアの肩を抱き寄せると、周囲の視線を気にすることなく唇を重ねる。もはやこの娼館で他人の目を気にする者などいない。
さらにグラスを重ねるうちに、ほどよく酔いもまわってきた。シルヴィアに手を引かれ、ミロードはそのまま二階の寝室へ向かう。
「じゃあ、今夜はよろしく頼むぜ」
「ええ、ゆっくりしていって」
ドアが閉まると同時に、部屋の中は妖艶な夜の幕が下りる。騒がしい店の音も遠のき、甘い囁きだけが耳元をくすぐる。
互いに求め合い、酔いと熱に身をまかせ、やがて深夜が静かに更けていく。
翌朝、陽の光がカーテンの隙間から差し込む頃、ミロードはシルヴィアの柔らかな身体を抱きしめたまま目を覚ます。枕元には空になったボトルと、床に投げ出された衣服が散らばっていた。
心地良い倦怠感を感じながら、彼は隣でまだ眠るシルヴィアの頬にそっと触れる。
「さて……また金を使いすぎちまったか。ま、いいか。どうせまた稼げばいいだけの話だ」
ダンジョンで世界随一の魔力を振るおうが、結局はこうして自由に飯を食って女と飲み、そして朝を迎える。それが彼の日常であり、何より生きているという実感を得られるのだ。