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第3話「サクッと終わらせて帰るか?」

 ダンジョンの深部へ向かう通路は、階層が下がるほどに空気が重く、湿り気を帯びている。二十階層を越えたあたりから、通る冒険者の姿もぐっと少なくなった。


 それでもミロードは、鼻歌まじりに先へ進む。右手にはいつからか拾った木の枝をクルクル回して遊んでいた。




「さすがにここらでボスっぽいのが出てきそうなもんだが……つまんねえなあ」




 油断も隙もない暗闇の通路を、この上なく退屈そうに歩く男。その姿は、常識的な冒険者からすれば狂気の沙汰だろう。ところが現れた魔物は、彼が片手をちょいと突き出すだけで一掃される。


 大蜘蛛の群れも、凶暴なミノタウロスも、ミロードの「火」と「風」の合わせ技で文字どおり一瞬にして炎上。さらに時折、重力魔法でねじ伏せる場面もあったが、モンスターには最早抵抗する術もなかった。




「おっと、これはそこそこ……」


 二十三階層を進んだ先の小部屋で、ミロードはぱっと目を輝かせる。そこには宝箱が一つ鎮座していた。


 冒険者としての経験上、やたらと古びた宝箱には要警戒だ。だが、彼にしてみれば罠も一瞬で解除できるし、モンスターの奇襲だって重力魔法で押しつぶせばいいだけ。


 軽く手を翳して魔力を走らせると、カチリと機械仕掛けのような音が聞こえて、宝箱の蓋が開いた。




「おお? 宝石、金貨、あとは……お、魔硝石もあるな」


 思った以上に立派な宝石と金貨の山、さらに中サイズの魔硝石が数個。これだけあれば、しばらくは食事にも娼館にも困らない。


 さらには古ぼけた巻物が入っていたが、どうやら古代文字で書かれた魔術書らしい。いまは読めないが、持ち帰って気が向いたら解読してみよう程度の気持ちで、雑にバッグへ放り込む。




「よしよし、もう十分な収穫だな。あとは最下層にちょっと顔出して、適当なボスを倒したら切り上げるか」




 決して攻略のためじゃない。完全に「せっかく来たし、どうせなら最下層も覗いてみようか」という軽い好奇心だ。


 そのまま通路を抜け、霧の立ちこめる階段を下りる。いくつもの魔物の気配を感じながらも、ミロードの足取りは終始のんびりしていた。




 三十階層目に到着すると、そこは広々としたドーム状の空間になっていた。中心部にやたらと邪悪な気配を漂わせる“何か”がうごめいている。


 薄暗い空間を照らす魔光の下で、巨大なシルエットがうねる。観察すれば、背中から生えた無数の触手と、鱗に覆われた獣のような胴体……まるで複数の魔物が混ざり合ったような異形だ。




「おー、こいつが大ボスっぽいな」




 その異形の魔物は、冒険者の到来を察知したのか、低く唸り声を上げながら触手を振りかざす。


 普通なら、十分すぎるほど恐怖を感じるだろう。ところがミロードは口元を軽く吊り上げ、すっと片手を掲げた。




「じゃあ、サクッと倒して帰ろうか……《重力崩壊グラビティ・クラッシュ》」




 そう言い放った瞬間、周囲の空間がきしむような圧迫感を帯び、異形の魔物が悲鳴にも似た声を上げる。ミロードが生み出した“重力”が、まるで目に見えない鎖のように魔物を押しつぶしていくのだ。


 巨大な身体が呻き声とともに床へ引きずり倒され、甲高い悲鳴を響かせた。それでも断末魔の触手が周囲を叩き壊そうと暴れ回るが、さらに強烈な圧力をかけると、音もなくその動きは止まった。




「……あれ? もう終わりか? 随分あっけねえな」




 最後の抵抗すら許さないほど、一撃でケリがついてしまった。手応えを感じないまま、魔物の命は絶たれたようだ。


 ミロードは肩をすくめ、死骸を蹴りどけて魔硝石を探し始める。流石は大ボスだけあって、握り拳大ほどの立派な魔硝石が取り出せた。




「よし、これでしばらくは……呑んで、遊んで、気ままに暮らせるな。ああ、いい稼ぎだ」




 バッグに魔硝石を放り込むと、あとは特に未練もなく踵を返す。


 ふと通路の奥を見やると、数人の冒険者らしき影がこちらを覗き見ている気配に気づいた。しかし、闘いの気配が終わったのを確認したのか、驚きに息を呑んだまま固まっているようだ。




「ん? 見物料でも貰おうかな……いや、面倒だし帰るか」




 軽い冗談を口にしながら、ミロードは小さくあくびをする。


 こうして“最深部攻略”という偉業を、実力者の彼からすれば片手間で済ませ、未踏破だったダンジョンをサクッと切り上げるのだった。




 地上へ戻る階段を登りながら、ミロードは手に入れた宝や魔硝石の使い道を考える。


 とりあえず美味い酒と料理を腹いっぱい味わい、可愛い女の子と過ごせるなら、それだけで満足だ。


 世界を救った元・英雄……などと称されるが、今となってはただの日銭稼ぎ。手にした金を湯水のごとく使い、また金が尽きたら稼ぎに行く──それこそが彼の自由な生き方だ。


 人々がミロードを畏怖や尊敬の眼差しで見つめる理由を、当人はまったく意に介していない。あくまで“自分が気持ちよく暮らすため”に力を使っているだけなのだ。




「さーて、さっさと街に戻って風呂入って、飯食うか。」




 ミロードの足音はゆったりとダンジョンの出口へと続いていく。


 彼の“世界随一”の魔力は、今のところ世界にとってどんな意味を持つのか──本人をよそに、ただ日常が流れていくだけである。

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