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第2話「準備?そんなもん要らねえだろ」

 朝日を背に、ミロードは街外れの冒険者ギルド前を素通りして、まっすぐダンジョンへ向かっていた。冒険者登録すら、昔のまま更新していないが気にしない。必要になれば後で手続きすればいい話だ。




「さて、とっとと潜って、適当に稼いだら昼には帰るか。腹も減ったしな」




 そう呟きながら見上げた先にそびえるのは、荒々しい岩肌の丘。ごく最近になって出現したという“ダンジョンの入り口”が、山腹にぽっかりと口を開けている。


 ここ数日は盛んに冒険者たちが挑み、そこそこの成果をあげているらしい。まだ未踏破の階層も多く、宝は残っているはずだ。




「おっさん、ダンジョン攻略っすか? 装備とか大丈夫なんです?」




 入口近くで待ち合わせをしていたらしい駆け出しの冒険者グループが、軽装で剣一本を背負ったミロードを見て声をかけてきた。


 彼らは揃いの革鎧を身につけ、きちんとポーションやランタン、非常食などの準備をしている模様。対して、ミロードは着古したコートを羽織っているだけで、魔道具らしきものも持たない。せいぜい腰にはナイフがぶら下がっているくらいだ。




「ああ? ……まあ、なんとかなるさ」


 ミロードは片手をひらひら振るだけで、詳しい説明など一切しない。




「こっちは真面目に準備したんだから、さすがにそれは無謀じゃないか?」


「怪我しても知らないからな!」




 若き冒険者たちは、どこか呆れと心配を滲ませながら、彼を追い抜いてダンジョンへと入っていく。


 彼らにとっては、いかにも危なっかしい中年に見えたのだろう。だが、ミロードは気にも留めず、いつもどおり適当に足を進める。




 ダンジョン内部は薄暗い通路が続き、壁のあちこちから冷たい水音が響く。昼間とは思えないほど薄い空気と不穏な空気が入り混じり、周囲の冒険者たちの緊張をうかがわせる。


 だが、ミロードはのんびりと散策するように歩く。足元に転がる小石を蹴飛ばしながら、地図も見ずに適当な方角へ進んでいった。




「んー。とりあえず魔物が出そうなとこに行きゃあ、金目の物も手に入るだろ」




 ミロードの“感覚”だけを頼りにうろついていると、遠くの方から何やら金属音が響いた。


 立ち止まって耳を澄ませば、若者の悲鳴も聞こえてくる。どうやらさきほどの駆け出し連中だ。




「やれやれ、もうトラブルかよ。勘弁してくれっての」




 面倒くさそうに眉間に皺を寄せながらも、彼は小走りで音のする方へ向かった。ダンジョン内で冒険者を助ければ、ほんの少し謝礼がもらえるかもしれない──それくらいの軽い気持ちである。




 角を曲がった先の小広い部屋で、駆け出したちが巨大なゴブリンと対峙していた。いや、ただのゴブリンではない。筋骨隆々で二回りは大きく、さらに錆びついた大剣を振り回している。


 駆け出しの盾役が辛うじて剣を受け止めていたが、明らかに力負けしていた。押し切られたら、ひとたまりもない。




「くそっ、こんなの聞いてないぞ!」


「逃げ道が塞がれてる……! どうする!?」




 メンバー全員が焦り、口々に叫ぶ。そんな彼らの背後に、ひょいとミロードが姿を現した。




「あー、ちょっと通るよ。邪魔だからどいてくれない?」




 突然の能天気な声に、全員が驚いた顔で振り返る。




「って、さっきのオッサン!? 危ないから来ちゃダメだって!」


「逃げてくださいっ!」




 彼らは必死にミロードを避難させようとするが、当の本人は頭をかきつつゴブリンを見つめるだけ。




「……なるほど、ちょいとデカいくらいか。ま、いいや。風で終わらせるかね」




 彼は小さく呟くと、右手を軽く前にかざした。途端、空気が震えるような気配が広がる。




「《風槌撃エア・スマッシュ》……いや、このくらいでいいか」




 彼がぼそりとつぶやいた瞬間、大きな衝撃波がゴブリンの胸部に直撃した。


 “どんっ”という音とともに、ゴブリンの巨体は一瞬にして壁際まで吹き飛ばされる。壁に叩きつけられたゴブリンが苦痛の声をあげる間もなく、今度は床に落ちて動かなくなった。




「え……?」


「な、何が起きた……?」




 駆け出しの冒険者たちは、開いた口が塞がらない。ミロードは肩をすくめて、大あくびをしながらゴブリンの死骸に近づくと、懐から汚れた布袋を取り出した。




「さてと、魔硝石は……あるか?」


 慣れた手つきでゴブリンの胸を掻き分け、わずかな魔硝石のかけらを取り出す。大物の割には小さな石だったが、ないよりはマシだ。




「あー、やっぱりこんなもんか。ま、ビール代にはなるだろ」




 ひとりごちるミロードの背を、呆然とした冒険者たちが見守るばかりだ。




「その……ありがとうございます。助かりました」


 ようやくリーダー格の少年が声を絞り出す。


「本当にすごい魔力ですね。もしかして、どこかの有名な冒険者の方とか……」




 ぎこちない笑みで礼を述べる駆け出し冒険者たちに、ミロードは気の抜けた声で返す。


「ん? ま、俺はただの日銭稼ぎだよ。じゃ、俺は先行くわ」




 彼らを尻目に、悠々と通路の奥へ向かう。魔物の死骸からもう少し金目の物がないかチェックしようかと軽い気持ちで歩き出すミロード。その背中は、どこか“英雄”というよりも“気楽な中年”にしか見えない。


 しかし、先ほどの風魔法の凄まじい一撃は、駆け出し冒険者たちの脳裏に強烈な印象を刻みつけた。




「……すげえ人に会っちゃったかもしれないな」


「うん、あんな魔法、初めて見た」




 ぼそぼそとささやき合う彼らの声が、ダンジョンの薄暗い空気に溶けて消えていった。


 一方のミロードは、そんな声などまるで気にせず、足早に次の通路へと進んでいく。どうせ狙いは金銀宝石、そして魔硝石。雑魚相手なら、“準備なし”で十分稼げるのだから。




 こうして、気まぐれな“元・英雄のNo.2”のダンジョン探索が始まった。


 危なっかしいどころか規格外の力を秘めた中年男が、軽装で悠然と奥へ進む姿は、駆け出したちにとってまさに衝撃。


 だが、当の本人は“日銭が稼げればそれでいい”というお気楽な気持ちで進み続けるだけ。


 次のフロアで待ち受けるのは果たしてどんな敵か――それすらも、彼には大した問題ではなかった。

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