第19話「猿王討伐への道。まずは準備が肝心だろ?」
金欠状態から脱却するには“デカい依頼”を受けるしかない──大商業都市ソルゾーの冒険者ギルドで、ミロードとモーリスはそう腹をくくっていた。
高額報酬の案件を探し回った末、ようやく二人の目に止まったのが「シリアン遺跡の調査」という依頼。
もっとも、遺跡そのものを調べるだけなら報酬は低いが、そこに棲みつく“猿王”と呼ばれる魔物を討伐できれば、途端に話は変わる。今まで討伐隊が全滅あるいは撤退を繰り返したほど手強い相手らしいが、そのぶん懸賞金も跳ね上がるという。
依頼の詳細を読み込むと、シリアン遺跡に巣食う猿王は、知性を備えた怪物だそうだ。周囲に手下の猿人を従え、女性をさらうという凶行を続けているとのこと。
遺跡の構造はかなり入り組んでおり、罠や崩れかけの通路も多い。これまで何度か討伐隊が組まれたが、成果を上げられずに終わっているらしい。
「ふむ……猿王ってのは、獣人系の上位種かね。体力とパワーが段違いって噂だな」
「しかも、頭もそれなりに良いらしい。手下の猿人どもを巧みに使って、冒険者を追い詰めているとか」
ギルドの職員によると、猿王討伐に成功すれば莫大な報酬が入るが、失敗すれば命の保証はない。“時々出る危険依頼”の一つとして、敬遠されがちだと言う。
だが、金が欲しいミロードとモーリスには、むしろ“高リスク高リターン”の好都合な話でもある。何より、先日ダンジョンで手軽に稼いだ資金を娼館で使い果たしてしまった今、彼らに選り好みをしている余裕はない。
「大金を手に入れて、また遊ぶためだ。猿王だろうが何だろうが、やってやろうぜ」
「うん、俺だって防御魔法に関しては自信がある。……問題は、どれだけ準備をしっかりやれるか、だな」
シリアン遺跡へ向かう前に、まずは装備を整える必要がある。二人は街中の道具屋を回り、必要なアイテムをピックアップしていく。
モーリスは自前の防御魔法を活かせるよう、バリア強化の魔道具や魔石を追加購入。さらに拘束された人質を救助する場面を想定して、簡易ロープや救護キットも用意している。
ミロードは火力重視のスタイルで、通常は重力魔法と火・風などの属性魔法を使うが、「長期戦になった時のため」にポーションを多めに揃えた。ついでにカリンが外部で動きやすいよう、万が一の魔力回復薬も入手している。
「おいモーリス、この魔道具はそこそこ高いが、いるか? 結界展開速度が上がるって話だぜ」
「う……悩むな。でも、猿王に奇襲された時のことを考えたら、早めにバリアを張れるなら便利だ。少し高いけど買っておこう」
「へいへい、じゃあそのぶん報酬を奪うときは、俺の取り分も多くしてくれよ」
「はは、交渉次第だな」
軽口を叩き合いながらも、互いの装備を真剣に吟味するあたり、さすがかつての英雄パーティの一員同士だ。
適当に突っ込んで失敗するのは御免──そういう意識が明確にある。
夜、宿で休みながら、ミロードは指輪の中のカリンと念話で作戦を詰める。
カリンはグランドユニコーンらしく、重力や反重力といったミロードの魔法とも相性が良いし、もともと神獣に近いパワーを秘めている。とはいえ、目立ちすぎるとすぐ猿王に警戒される恐れもある。
『ミロ様、私が外に出て戦うなら、猿王や猿人の意識をこちらに向けられるかもしれませんね。逆に言えば、奇襲を受けるリスクも増えますが……』
「まあ、いざという時は力を借りるが、最初から前面には出なくてもいい。俺とモーリスが先行して、状況を見てお前を呼ぶ。そんな感じだ」
『わかりました。あまり無理をなさらないようにお願いしますね』
いつも好き勝手に行動しているミロードだが、命の危険が大きいとわかっている依頼だけに、今回はちょっと慎重になっている様子が伝わる。
出陣前夜
翌日早朝に出発することを決めた二人は、夜のうちに必要品をまとめ、宿で最後のチェックを行う。
いつもは深酒に走るミロードも、さすがに今夜ばかりは控えめにしている。「飲みたいときに飲む」主義だが、猿王との戦闘はさすがに油断できない。
一方モーリスは、ローブや魔法道具の最終点検を終え、静かに窓の外を見つめている。その表情はどこか引き締まっていた。
「……強敵だろうが、やるしかないな。おまえとは、久々に本気で共闘する感じがするよ」
「なにせ相手は高額報酬だ。やる気もでるさ。それに、被害に遭ってる人たちを助けるのも悪い気はしねえ。モーリス、お前は“守り”に集中すればいい。俺が蹴散らしてやるさ」
「そうだな。防御魔法でカバーしつつ、俺も必要に応じて攻撃する。……そっちも、体力管理は頼むぞ」
パーティが解散してから幾年。二人だけでも、昔のように連携を取れば、そう簡単に負けることはないと信じている。
カリンの加勢もある。あとは明日、遺跡へ足を運び、実際に猿王の巣へ踏み込むだけだ。
陽が昇り始める頃、二人はソルゾーの城門を出る準備を整えた。ギルドで軽く挨拶と書類手続きを済ませ、馬車で遺跡近くまで向かう段取りを組む。
今回、犠牲になった被害者も多いため、街の人々からの期待は高い。ギルド関係者や町の有志が見送ってくれるなか、ミロードとモーリスは悠然と馬車に乗り込んだ。
「よし、出発だ。猿王とやら、首を洗って待ってろよ……。たっぷり報酬を稼いで娼館で豪遊しねえとな」
「またそこかよ……まあ、俺だって金があれば色々楽しみたいし。準備は万端、行くぞ」
車輪が軋む音を背景に、馬車は街道を静かに進んでいく。
こうして、二人は猿王討伐のための一歩を踏み出した。