第18話「え、モーリスが娼館にドハマり?そりゃ金も飛ぶわな」
サークイン王国の都市ソルゾーは、想像以上に大規模だった。
人・獣族・半魔族・魔族までもが行き交う、大商業都市ならではの喧騒と、巨大な石造りの門や立派な街並みが訪れた者を圧倒する。
リント王国やマルステインもそれなりに栄えていたが、このソルゾーはまさに“中心地”と呼ぶにふさわしい。大陸随一の流通拠点と聞いていたが、目の当たりにすると圧巻だ。
「うへえ、こりゃすげえ。こんな派手な都市は久しぶりだな……いや、初めてかもしれねえ」
「人が多いなあ。建物も背が高くて、まるで迷路みたいだ。さて、宿を探すか?」
街に足を踏み入れたミロードとモーリス。婚活の旅と言いつつも、まずは遊びと食事、そして宿探しが優先だという姿勢は変わらない。
ところが、腹ごしらえのために立ち寄った酒場で、ミロードがこんな情報を仕入れてしまう。
「“高級娼館”?この街には山ほどあるってのか? へえ、ちょっと興味あるな……」
「まさか、おまえ……また行くつもりか? いや、ここは観光もあるし……」
だが、ミロードの中ではすでに“高級娼館”というキーワードが点灯してしまっていた。冒険者として稼ぎも十分だし、ここ数日はダンジョン攻略や移動で忙しかった。
そんな彼にとっては、まさに願ってもない贅沢の機会なのだ。
案内人に聞くまま向かった先は、煌びやかな装飾が施された建物。扉を開けると、シルクの香りと妖艶なランプの灯りが漂い、まさしく高級娼館の風格がある。
廊下の奥からは、笑い声やチェロのような音色がかすかに聞こえてくる。受付係の魔族の女性が微笑みを浮かべ、「いらっしゃいませ」と上品に出迎えると、ミロードは軽く帽子をとって礼をする。
「へへ、どうやら当たりの店みたいだな……。まあ、金ならそこそこあるぜ」
「あ、あの、俺は……本当に入っていいのか?」
「いいに決まってんだろ、モーリス。お前、こんなとこ初めてだろ? せっかく稼いだ金があるんだから、ここでパーッと使えよ」
婚活中だとか何とか言っていたモーリスも、豪奢な内装と上品な女性たちの微笑みに圧倒され、口数が少なくなる。普段は堅実な彼だが、こればかりは興味を抑えきれないらしい。
案内されたサロンの一室には、きらびやかなドレープやビロードのソファが並び、そこには各国から集まった美女たちがゆったりと待機していた。
「お客様、お飲み物は何にいたしましょう? ワインとシャンパンを各種取りそろえておりますが……」
「うーん、じゃあ高めのやつを持ってきてくれ。料理も頼むぜ。腹も減った」
ミロードは馴れた調子で注文すると、すぐに綺麗な女性たちに囲まれて上機嫌。だが、今日はなんとモーリスまでもが興味津々で、美しく着飾った女性からお酌され、やや挙動不審になりつつも楽しんでいる。
今まで婚活だの真面目な話をしていたモーリスは、こうした娼館は敬遠してきたのか、ちょっとしたカルチャーショックを受けている様子だ。
しかし、いざ話してみれば、美しくも優雅な接客に心を奪われてしまうらしい。相手は高級娼館のホステスだけあって、魔力や教養も備えており、話が合う部分も多い。
「へえ、モーリスさんは防御魔法がお得意なのね。きっと仲間を守れる頼りになる方なのでしょう?」
「い、いや、たいしたことじゃ……。いや、でも、まあ、昔は英雄パーティにいたこともあるし……」
「ええっ!? それはすごいわ。ぜひ、そのときの冒険談を聞かせてちょうだい」
普段、女性とうまく話せないモーリスだが、相手が興味深そうに聞いてくれるとあって、つい鼻の下を伸ばしながら語ってしまう。照れくさそうながらも、悪い気はしないのだろう。
一方のミロードは、既に何度もこうした高級娼館を経験しているせいか、慣れた手つきで美女たちを侍らせ、酒に酔いしれながら上機嫌で語らっている。
そんな素晴らしい接客に魅了されてしまったモーリスは、翌日も翌日も「いや、ちょっとあの店に行ってみたいんだけど……」と落ち着かない。
モーリス自身、“結婚したいなら娼館に入り浸るのは筋違い”とわかってはいるのだが、初めて味わう高級娼館の居心地の良さに抗えない様子だ。
そして何より、貯えがあったとはいえ、連日通い詰めれば出費はあっという間に膨れ上がる。しかも高級店ゆえの価格帯だ。
「モーリス、おまえ、もうずいぶん使っちまったんじゃねえか? 大丈夫か?」
「う、うるさいな。確かに今月はもうヤバいかもしれない……でも、こんな快適な場所、そうそうないぞ? あの子たちと話してると、嫌なこと全部忘れられるんだ」
「はは、俺も昔からそうだったからわかるぜ。その快楽を味わいだすと止まらねえんだよな。ま、どうせ金が無くなったら稼げばいいだけさ」
しかしモーリスの場合、冒険での荒事より“防御専門”で積み上げた報酬もさすがに底をつくのは早かった。かつての仲間に比べれば収入源も多くはなかったのだ。
数日後。ミロードが遅めの朝に起きて食堂へ向かうと、目の前には目を血走らせたモーリスが待ち構えていた。
どうやら貯金をすべて使い果たし、昨夜の支払いでギリギリの金銭しか残っていないらしい。今朝の食事すらままならぬ状況だ。
「おい、ミロード……俺、金がねえ。悪いが少し貸してくれ」
「はあ? 俺だって散財してるっての。少しばかりならいいが、いつまでも持つわけないぞ。……やれやれ、仕方ねえ。んじゃ、依頼でも受けて稼ぐか?」
「それしかないか……。うう、もうあの店には行けない……。いや、また金を稼げば……」
情けない姿のモーリスを見かねて、ミロードは肩をすくめる。
ソルゾーの大きな冒険者ギルドなら、それこそ多種多様な依頼があるだろう。護衛や素材集め、大型魔物の討伐――まともな能力があれば金を生み出す手段はいくらでもある。
しかも、冒険者ランク制度のあるこの都市なら、実力のある彼らにとって報酬の高い案件も見つけやすいはずだ。
「よし、決まりだな。さっさと依頼をこなして、金を作って、また遊びに行こうぜ」
「いや……本当は婚活で真面目に相手を見つけたかったんだが、このままじゃ先立つものがなくて立ち行かないからな……」
「はは、いいじゃねえか。その後でまたヨナに会えるかもしれないし、別の相手が現れるかもしれない。金さえあれば色々できるさ」
ふと指輪の中からカリンが念話を送ってくる。
『ミロ様、モーリスさん、切羽詰まっているようですね。お二人が連日散財するとは……呆れつつも、私も応援しますよ。頑張って稼ぎに行きましょう』
「おお、そうだな。カリンも手伝ってくれよ。大金がかかった依頼でも一発やれば、当面は安泰だろ」
こうして、再び金欠となったモーリスと、いつも通り放蕩に明け暮れるミロードは、この大商業都市ソルゾーで稼ぎを求めて依頼を探すことを決めた。
婚活どころではなくなってしまったが、ひょんなことでまた新しい出会いがあるかもしれないし、何より金がないと動けない。
果たして、どんな依頼が二人を待ち受けているのか――高級娼館に吸い込まれた大金を取り戻すべく、彼らは本腰を入れて冒険者ギルドへ足を運ぶのだった。