第17話「理想の女性発見!?」
サークイン王国の郊外に足を踏み入れたミロードとモーリスは、思わぬ賑わいに目を見張っていた。
どうやら今日は、この一帯の年に一度の大祭りらしく、街道沿いの露店や仮設ステージからは、明るい音楽や香ばしい食べ物の匂いが漂ってくる。
旅慣れした冒険者たちにとって、こうした突発的なお祭りは格好の“息抜き”にほかならない。
「はは、いいじゃねえか。ちょうど俺たちも稼いだ金があるしな。遊んでいこうぜ、モーリス」
「ああ、そうだな。まあ、婚活目的でもあるわけだし、こういう大勢集まる場で、出会いを探すのは悪くないかも」
街に入るや否や、二人は屋台で肉の串焼きを買って頬張ったり、甘い香りのフルーツ酒を味わったりと早くも祭りを満喫。
広場の奥ではちょっとした格闘大会やダンスパフォーマンスが行われ、そこかしこで笑い声や歓声が上がっている。ミロードはどこか観光客気分で、上機嫌にくるくる見て回っていた。
やがて夕暮れが近づくと、ミロードとモーリスは広場のテーブル席に腰を下ろし、風に揺れるランプの灯りを眺めながら一休みしていた。
そこへ、喧噪を避けるようにひとりの女性が通りかかる。中肉中背で長いポニーテール、腰に携えた剣は見たところ相当使い込んでいるようだ。
表情は物静かで、喧騒から少し距離を取ろうとしているのか、祭りの中でもどこか冷めた雰囲気を漂わせている。
「……ん? あれって、ヨナ……じゃねえか? パーティ雷鳴の剣士ヨナ、確かそう呼ばれてたよな」
ミロードがぼそっと言うと、モーリスの目が一気に輝いた。
「“雷鳴”……あのパーティ雷鳴の一員だった剣士? 高ランクの冒険者パーティで、かつてはランキング3位を誇ってたっていう……」
雷鳴の剣士ヨナ――かつて有名パーティ「雷鳴」の主力メンバーとして名を馳せた女剣士。パーティ解散後、地元であるこの街に戻り、ここを拠点に魔物を討伐しながら暮らしていると噂されていた。
普段は物静かな性格だが、ひとたび戦闘になれば雷の如き速度で敵を葬る――という逸話を持つ実力者だ。聞けば、パーティ「雷鳴」が解散した理由は複雑な内情があるらしいが、詳しくは公になっていない。
「お、おい、彼女……綺麗だし、落ち着いた雰囲気だし、強いし、俺が探し求めてる理想像に近いかもしれない」
モーリスは早くも顔を赤らめながら、興奮混じりに小声で呟く。
「はあ、たしかにお前の言ってた条件には合いそうだが……いきなり突撃すんのか?」
「で、でも、これを逃したら二度と会えないかもしれないだろ。とにかく声をかけてみる」
そう言い出したら止まらないのが、婚活モードのモーリス。焦るように席を立ち、ヨナの後を追いかけた。ミロードは半ば面白がりつつ「さて、どうなるかね」と肩をすくめる。
少し離れた露店の脇、ヨナが立ち止まって祭りのパンフレットを眺めているところへ、モーリスは意を決して近づいた。
彼女は不意の声に驚きながらも、ゆっくりと振り向く。
「えっと……ヨナさん、ですよね?『雷鳴の剣士』と呼ばれていた……」
「ああ、そうだけど……あなたは?」
ヨナの瞳は、落ち着いた光を放っているが、その奥にわずかな警戒心があるのが伝わる。
モーリスは背筋を伸ばし、できるだけ丁寧に自己紹介を始めた。
「僕はモーリス。かつて英雄パーティの一員だったことがあるんだ。防御魔法の専門家で、最近は旅しながら活動してる。
実は……あなたの噂は以前から聞いてたんです。剣士として高い技量を持ち、物静かながら凄腕だって」
「ふーん……まあ、過去のことだし、大した話じゃないわよ。今は地元を守ってるだけ」
ヨナは淡々とした口調で言う。お祭りの喧騒から離れた場所とはいえ、周囲には人通りもあり、長話をする雰囲気でもない。
それでもモーリスは、内心の高揚を抑えきれず、一気に踏み込んだ話を振ってしまう。
「あ、あの……もしよかったら、お茶でも飲みながら、あなたの冒険談を聞かせてくれないかな? いえ、単純に興味があって……」
「お茶? 冒険談……?」
ヨナが小首を傾げたところで、奥からミロードが「おいおい、急ぎすぎだろ」とばかりに苦笑しながら合流してきた。
隣でフォローするように、「こいつは婚活中でさ、“強くて落ち着いた女性”がタイプらしいんだ」と茶化す。
「……なるほど、婚活ってわけ。そういう対象として私を見てるんだ?」
ヨナは微妙な表情を浮かべながらも、あからさまに嫌悪している様子ではない。ただ、一歩引いた感じが伝わってくる。
「い、いや、急に変なこと言ってすみません! ただ、あなたの生き方とか考え方に興味があって……」
「……興味なら、まあ話くらいはできるけど、私そういうのには疎いのよ。元パーティ仲間たちとも疎遠になってるし、今はこの街を守るので精一杯」
ヨナは視線を街のほうへ向けた。近辺の魔物を倒すことで、人々の安全を担っているのだという。過去のパーティ解散の経緯など、少なからず傷を抱えているのかもしれない。
“懐かしい思い出を掘り返したくない”という無言の空気が漂っているようでもある。
しばし沈黙が流れる。ヨナはパンフレットを畳んで、すっと姿勢を正した。
モーリスとしては、もう少し距離を縮めたいが、彼女の雰囲気から“これ以上踏み込むのは難しい”と察し、悩ましげな顔をする。
「あの……今夜は祭りが賑わってるし、よかったら食事でも……」
「悪いけど、これから街の周辺を見回る予定があるの。魔物の活動が増えそうで、警備が必要でね。気遣いはありがたいけど、また機会があれば」
ぴしゃりと拒絶されたわけではないが、かといって好意を持たれたわけでもなさそうだ。ヨナはそのまま一礼して、祭りの明かりが届かない裏路地へ向かい、闇に溶け込むように去っていった。
やがてモーリスは力なくため息をつき、ミロードは肩を叩いてやる。
「ま、悪印象ではなさそうだったが……少なくとも“今は”相手を探すような余裕はないように見えたな」
「うう、そうだなあ。自分でも焦りすぎてしまったか。……でも、ああいう雰囲気の人、本当に理想なんだよ。どうにか仲良くなれないもんか……」
モーリスの落胆は大きいようだ。まるで砂を噛むような顔をしているが、ミロードはからかうように笑う。
「まあ、また何かの縁があるかもしれねえ。焦らずいこうぜ。お前はいつも守りに徹するタイプなんだから、こういう場面でも、無理な攻めはしないほうがいいさ」
「くっ……説得力あるんだかないんだか」
そう呟きながらも、モーリスの表情は少しだけ和らぐ。ヨナの立ち去った道をじっと眺め、己の不甲斐なさをかみしめるかのようだった。
そんなやりとりを横目に、祭りの喧騒は一向に衰えない。大道芸人の呼び込みや、曲芸を楽しむ子どもたちの笑い声が通りを埋め尽くしている。
夜の闇が深まるほどに、お祭りの熱は最高潮になっていきそうだ。
しかし、ヨナへのアプローチが空振りしたモーリスには、あまり楽しむ気力がわかないらしく、屋台の品をいくつか買ってはぼんやりとかじっているだけである。
ミロードはそんな友を横目で見つつ、指輪の中のカリンに念話を送る。
「どう思う、カリン? あの剣士ヨナってのは、そう簡単に靡きそうにないな」
『そうですね。きっと何か事情があるのでしょう。彼女自身も戦うこと以外にあまり関心を向けていないように感じました。
モーリスさんも無理に押しては逆効果ではないでしょうか』
「だろ? 当分はそっとしておくしかねえ。ま、婚活ってのも楽じゃないもんだな」
ここにきて、モーリスの理想像を具体的に体現するような女性が現れたのは確かに大きい。しかし、当の本人にはその気がない――というか、それ以前に“心の壁”がありそうな雰囲気だ。
そんなすれ違いを抱えたまま、二人は賑わう夜祭りの街を、やや気まずい空気で歩き出す。
モーリスは諦めるのか、あるいはまた何かのきっかけでヨナと再会しようとするのか。それを決めるのはまだ先の話かもしれない。
「まあ、飯でも食って気を取り直そうぜ。せっかくの祭りなんだからさ」
「……そうだな。はあ、もうちょっと喋りたかったんだけどな。ま、仕方ないか」
かくして、サークイン郊外の祭りの夜は更けてゆく。モーリスの淡い恋の予感は、儚くも空振りに終わったが、その先にどんな展開が待つのか――今はまだ、誰にもわからない。