第15話「モーリスの理想?お前さん、ハードル高いねえ」
翌朝。ささやかな宿の一室で、ミロードとモーリスは向かい合わせに腰を下ろしていた。
リント王国に戻ってきたばかりのミロードは、早くも酒や遊びで夜更かししていたが、この日は旧友の要望に応えるため、わりと早めに起きていたのだ。
「なあ、モーリス。お前、どんな相手と結婚したいわけ?」
「うーん……欲を言えば、落ち着いた性格で、一緒に旅や冒険の話をしても退屈しない人がいいな。あとはあまり派手すぎず、家族や自分をしっかり守ろうって気概のある女性がいい……かな?」
「なるほどなあ。堅実そうな女性像だ。でも、お前みたいに防御魔法特化の冒険者が求める相手って、相当理解力がないと難しくないか?」
ミロードの言葉に、モーリスは苦笑する。
確かに、防御魔法の専門家として己が身を犠牲に仲間を守る――そうした生き方を理解してくれる相手は、なかなかいないかもしれない。
「それでも諦めたくないんだよ。ずっと一人で旅してきたから、落ち着ける拠りどころが欲しいというか……」
「そういうもんなのか。俺にはわからん感情だが、まあ手伝ってやるよ。昨日の話どおり、まずはリント王国内で探してみるか?」
こうして二人は意気込みを確認し合い、早速街へ繰り出すことにした。食堂で適当に腹ごしらえを済ませると、王都の広い通りを行ったり来たりしながら、モーリスが理想とする女性を探してみる。
リント王国は人族のみならず、獣族や半魔族、時には魔族も共存しているため、多様な出会いがありそうなものだ。
しかし、いざ具体的に「落ち着いた性格で、一緒に旅の話ができる相手」となると、そう簡単には見つからない。道行く女性を片っ端からナンパするわけにもいかず、まずはそれとなく顔馴染みの店や知り合いを当たってみる。
「おい、ミロードじゃないか! 久しぶりだなあ」
「ヨーグか。悪いが、今ちょっと探し物中でな……いや、正確に言えば“探し人”だ。お前、面白い独身女性知らねえか?」
「独身女性? んー、うちの妹はすでに結婚してるし、友達も結構売約済みだなあ。すまん、力になれそうにない」
昔から通っている武具屋や宿屋、食堂の主人に話を振ってみても、「うーん、なかなか条件に合う人はいないかもね」と首をかしげられるばかりだ。
道中で話を聞くうちに判明したのは、この国の女性たちは今、国を挙げて商業や工芸を盛り上げる時期らしく、婚活よりも仕事に熱中しているケースが多いということ。
「要するに、こっちで探すにはタイミングが悪いってわけか……」
モーリスが曇った表情を浮かべるのに対し、ミロードは首を傾げる。
「いや、まだ諦めんな。夜の飲み屋とか、騎士団あたりにも女性はいるだろ」
「うーん、騎士団の女性は活発すぎて、どうも俺のイメージとは違うんだよなあ。もちろん尊敬してるけどね」
防御魔法専門のモーリスは、自分が前に出て仲間を守るスタイルに誇りを持っている。となると、相手にも“守られる側”として無理なく受け入れてほしい気持ちが強いのだろう。
ところが、リント王国の女性騎士や兵士は武闘派が多く、どうにもバランスが合わない。
夕方まであちこち探し回ったが、結局めぼしい成果がなく、二人は一旦宿へ戻って一息つく。
モーリスはテーブルに肘をついて、苦笑まじりにため息をついた。
「はあ……まさかリント王国でここまで空振りとは。まあ、もともと通りかかっただけだから仕方ないけどな」
「そうだな。大人しめの性格で、旅や冒険の話に興味を持ってくれるって条件は、それなりにハードル高いんだろ。……他の国を当たってみるか?」
「そうしよう。せっかく旅に出てるんだし、あっちこっち回るのも悪くない。おまえも付き合ってくれるのか?」
ミロードは肩をすくめる。自分には“結婚”という概念があまりピンと来ないが、モーリスがそこまで真剣に探しているなら、旅ついでに協力するのも面白そうだ。
「まあ、俺も暇だからな。すでに金は稼いだから、どっか別の国に行って遊ぶのも一興だ」
「助かるよ。……とはいえ、おまえが行く先々でまた酒と女に溺れるんじゃ、俺の婚活が進むのか怪しいが」
「なんだと?はは、余計なお世話だ」
二人はそんな冗談を交わしつつ、地図を広げて次の目的地を考える。
リント王国から近隣へのルートはいくつかあるが、商業が盛んな都市国家や、獣族が多い寒冷地など、バリエーションは様々だ。
落ち着いた雰囲気を望むなら、人族と半魔族が多めの温暖な地方がいいのかもしれない。
「となると、今度はサークイン王国あたりか? あそこは観光都市でもあるし、婚活イベントがよく開かれてるって噂もあるぞ」
「マジか。よし、じゃあそこに行ってみるか。……おまえももちろん来るんだよな?」
「しゃあねえな。カリンと一緒に気ままな旅ってのは悪くねえし……ま、お前の面倒見てやるか」
こうして、二人はリント王国を数日で発ち、次なる国へ向かうことを決めた。ミロードも“行けば面白いことがある”という嗅覚が働いたのだろうし、モーリスは意外と乗り気だ。
翌朝、まだ日の浅い時間。
リント王国を出発するため、ミロードはフード付きのマントを軽く羽織り、カリンの指輪を確かめる。
モーリスも支度を済ませ、頑丈な杖や魔導書を携えている。かつての英雄パーティの一員らしく、その装備には呪文を補助する特別な魔術刻印が施されていた。
「じゃ、行くか。リント王国をしばらく留守にするが、特に問題ねえだろ。金には困ってないしな」
「おう、俺の婚活旅に付き合ってくれてありがとな」
門を出るとき、衛兵たちは「よかったらまた戻ってきてくださいね」と見送ってくれる。世界を救ったかつての英雄と、その仲間に対する敬意はまだ残っているようだ。
ミロードはそれを軽く手を振って応えながら、指輪の中のカリンに念話で声をかける。
「さて、カリン。ちょっと旅が続くが、退屈したら悪いな」
『いえ、ミロ様とモーリスさんのやりとりは、意外と面白く拝見しています。仲が良いのですね、あなたたち』
「まあ、腐れ縁みたいなもんさ。……さあ、行くぞ。次はサークイン王国だ。そこにモーリスの運命の相手が転がってるかもしれねえからな!」
そう言い放ち、二人は再び大地へ、あるいは空へと旅立つ。