第13話「反重力でぶっ飛ばす? そりゃもうお手のもんだ」
夕暮れの赤い空を背に、マルステインの西門を出た討伐隊が、森の奥深くに構えたオークの根城へ迫る。
隊を率いる近衛騎士団と冒険者の混成部隊は、総勢で三十名ほど。武器や魔法の準備を整え、陣形を組みながら静かに前進するが、周囲の緊迫感は否めない。
森の中に一歩足を踏み入れると、そこらじゅうに不穏な気配が漂っている。大量のオークたちが待ち構えていることは明白だった。
「まったく、めんどくせえな……」
列の後方をのんびり歩くミロードは、フード付きのマントを揺らしながらあくびをかみ殺す。指輪からはカリンの声が微かに聞こえてきた。
『ミロ様、皆さんどこか緊張しているようですね。やはりグランドオークは手強いのでしょうね』
「そりゃあな。下手な冒険者じゃ歯が立たないクラスだろう。……でも、俺に言わせりゃ雑魚の集合体ってだけだ」
口ではそう言いつつも、ミロードも一応は心構えをしていた。実際、オークの群れは数が多い。リーダーのグランドオークが賢く立ち回ると、まともな作戦が崩される可能性がある。
やがて偵察役の冒険者が駆け戻ってきて、オークたちが森の開けた地帯に陣取っていることを報告すると、全隊に緊張が走った。
森を抜けると、視界が開けた小さな草地に、黒々としたオークの集団が並び立っていた。十数体はいるだろうか――その最奥に、ひときわ巨大なグランドオークの姿がある。
グランドオークは巨大な斧を手に、獰猛な目つきでこちらを睨むと、低く唸り声をあげた。その合図とともに、周囲のオークたちがわらわらと討伐隊へ突撃を開始する。
「来るぞ! 各自、隊列を維持しろ!」
「弓矢部隊、援護頼む!」
隊を指揮する近衛騎士団員の声が飛ぶ。冒険者たちも武器を構えて応戦するが、オークの厚い皮膚とパワフルな一撃に苦戦している。
特にグランドオーク本人は動かずに、部下のオークに指示を出しているらしい。前線の混乱を見極め、的確に指揮をしているようにも見える。
「くそっ、こんなに手際のいいオークども、初めて見た……!」
「押し返されてるぞ! 騎士団は盾を上げろ!」
一進一退の攻防が続く。数人の冒険者がオークの鉈で負傷し、後方に下がっていく。弓や魔法で削ってはいるものの、グランドオークの防衛網が固い。
そんな中、後方で余裕の姿勢を保っていたミロードに、隊長格の騎士が慌てた面持ちで声をかけた。
「おいそこの! フードの冒険者! 手伝ってくれ! こっちの陣形が崩されそうなんだ!」
「へいへい。やっぱりそうなるか。……ま、しゃあねえな」
腰を上げるミロード。ふと指輪を見やり、カリンに問いかける。
「んじゃ、お前もちょいとやる気出すか?」
『もちろんです、ミロ様。私も魔力を行使できますが、ここはミロ様の得意な重力魔法が有効では?』
「まあ、ここは違う魔法でも使ってみるか。……よし、オークどもを空に飛ばしてやるとしよう」
オークの群れが一直線に突撃してくる前線へ、ミロードはすっと進み出た。周りの冒険者が道をあけ、彼の動向を凝視する。
やがて空気がひりつくような感触が走り、ミロードが両手をかざすと、その掌から見えない重力の波動が広がる。
「お前ら、ちょいと空中散歩をしてもらうぜ。──《反重力領域》!」
重力を逆転させる魔力が発動し、前線を攻撃していたオーク数体の身体がふわりと宙に浮き上がる。慌てて手足をばたつかせるが、どうにも体勢を整えられない。
そのまま無防備に浮かんだオークを見逃さず、討伐隊の弓兵や魔法使いが一斉に攻撃を加え、短時間で仕留めることに成功した。
「すげえ……! オークが宙を舞ってやがる!」
「何だあいつ、一体どんな魔法を使ってるんだ……!」
驚嘆する仲間を背に、ミロードはさらに奥へと進む。いまだ動かずに指揮を執っているグランドオークへ、じりじりと距離を詰めていく。
すると、さすがにグランドオークも無視できなくなったのか、渾身の一撃とばかりに巨大な斧を振りかざし、突進してきた。
「おっと、そいつはご挨拶だな。……じゃあ、もう一丁土魔法でも食らってみるか?」
足元をすくうように地面から大きな岩の柱を突き出す《土柱術》を発動。斧を振り下ろそうとしていたグランドオークの身体が、岩の柱に激しくぶつかりバランスを崩す。
わずかな隙を見逃さず、ミロードは重力と反重力を交互に操り、グランドオークの重心を狂わせた。体重を支えきれなくなったその巨体は、地面にうつ伏せに倒れ込む。
「悪いが、終わりだ。──《土槍衝》」
言葉と同時に、地面から鋭利な土槍が現れ、グランドオークの背中を貫く。断末魔の咆哮を上げ、巨体が大地を揺らすように痙攣した後、動かなくなった。
力の源を失ったオーク群も、討伐隊の総攻撃で次々と倒されていく。あっという間に戦況は逆転した。
夕焼けに染まる頃、なんとかオークどもを一掃した討伐隊は、街へ勝利の帰還を果たした。特にグランドオークを倒した功績は大きく、隊のメンバーからは歓声や称賛の声が上がる。
その中心にいるミロードは、相変わらず気怠そうに肩をすくめる。
「だから言っただろ、“雑魚の集合体”だって。ああ……疲れた。酒でも飲まなきゃやってられん」
「何を言ってるんだ、あなたのおかげで被害が最小限で済んだんだぞ! 本当にありがとう!」
近衛騎士団のリーダー格が深々と頭を下げる。彼が差し出した小さな袋には、たっぷりと金貨が詰まっていた。
「うむ……ありがたくもらっとくよ。これでしばらく遊んで暮らせそうだな、ははっ」
そう言いつつ、心の中では“これでまた娼館に行き放題か”などと浮かれている。指輪の中のカリンが呆れたように念話を送る。
『ミロ様、本当に懲りませんね……せっかくの勝利なのに、すぐ散財するんですから』
「細けえこたあ気にすんな。金があったら使う。稼ぎたけりゃ、また稼げばいいだけさ」
結果的に、グランドオーク討伐の最大功労者として名を挙げたミロード。報酬はもちろん、追加ボーナスも得て意気揚々と夜の街へ繰り出した。
豪勢に酒を頼み、綺麗な女性を何人も侍らせ、存分に騒ぐつもりでいる。
カリンが「また散財しますね……」と嘆いても聞く耳を持たない。すっかり機嫌を良くしたミロードは、高級酒を口にしながら色とりどりの美女たちの手を取る。
「くはあ、最高だぜ……!一仕事した後の至福の時間。今夜はとことん飲んで、楽しんで、遊ぶからな」
「ふふっ、ミロードさんってほんと強いのね。もしかして国からお呼びがかかるんじゃない?」
「勘弁してくれ。お偉いさんの下で働くなんざごめんだ。俺は自由に生きるんだよ」
そんな言葉を交わしながら、酒杯が次々に空になっていく。
柔らかな肌の感触と甘い香りに包まれ、ミロードはご機嫌の笑みを浮かべたまま深夜へ突入。部屋へ案内される頃には、もう鼻歌すら止まらないほどの高揚状態だ。
カリンも、そんな彼の傍らで苦笑しつつ付き合っているが、ともに歩むうちに“世話がやける主だ”と割り切っているフシがある。
『はあ……本当にこれでいいんでしょうか、ミロ様』
「いいのさ。俺は俺のやり方で生きる。それに……俺がこうして稼げるのも、お前が手助けしてくれるおかげだ。ありがとよ、カリン」
指輪の中で控える彼女は、ミロードが珍しく素直にお礼を言うものだから少し戸惑いつつも、“どういたしまして”と優しく返す。
外ではまだまだミロードを讃える声が響くが、当の本人は耳を貸すことなく、今夜も快楽のうちにまどろみへと落ちていく。
稼いだ分だけ放蕩して、また金欠になれば強敵を倒す――それがミロードの気ままな日常なのだった。




