第12話「二日酔い?治ってからオーク退治に行くとするか」
陽が高く昇る頃、ミロードは宿のベッドの上で寝返りを打ち、重いまぶたをこじ開けた。昨夜のコロッセオでの観戦と酒盛りが響いたのか、頭の奥が少しズキズキする。
枕元の指輪からは、グランドユニコーン・カリンの念話がすでに響いていた。
『ミロ様、そろそろお目覚めですか? 昨日はずいぶん遅くまで飲んでいらしたから、具合はいかがでしょう』
「あー、頭が割れそうだ……。まあ、いつものことだけどな」
なんとか起き上がり、窓を開ければ眩しい太陽光が部屋に差し込む。外の通りには多くの人々が行き交い、すでに活気のある一日が始まっているようだ。
テーブルの上に置きっ放しだった水を一気にあおると、ミロードは乱れた髪をかき上げながら舌打ちした。
「くそっ、朝飯どころか昼飯の時間か。……ま、いいか。腹が減ったし、とりあえず食堂に行って何か胃に入れよう」
階下の食堂で、卵料理やスープを注文し、濃いコーヒーのような飲み物をすすりながら眠気を追い払う。
周囲の冒険者たちが雑談する中、ちらほら「グランドオーク討伐」の話題を耳にした。マルステイン周辺で被害を出しているグランドオークを、国やギルドが本格的に討伐に乗り出すらしい。
それでもミロードはどこ吹く風といった様子で、肉をかじりながらカリンに念話を送る。
「うーん、討伐隊が出発するのは明日か? 一応ロイロからそんな話を聞いた気がするが」
『はい、もう少し詳しい日程がわかるはずです。ミロ様、ギルドで確認されてはどうですか?』
「そうだな。ま、とりあえず飯を平らげてからだ。腹が減ってちゃオーク相手も無理だからな」
食事を済ませてようやく元気を取り戻したミロードは、軽く背伸びをして宿を出た。
街中は昨日に引き続きの賑わい。露店でフルーツを売る商人や、片隅で芸を披露する大道芸人などの姿がちらほら見られる。マルステイン特有の活気が溢れ、どこを歩いても楽しげな喧騒が耳に入る。
冒険者ギルドは相変わらず人だかりが絶えない。受付の前には、討伐や探索依頼を受けようとする冒険者が列を作っていた。
人混みを適当にかき分け、ミロードがカウンターへ辿り着くと、そこには短髪のエルフ青年ロイロの姿があった。ちょうど手が空いたらしく、彼は笑顔でミロードを迎える。
「やあ、ミロード。昨日はコロッセオに行ったのかい? 遅くまで騒いでたって噂を聞いたよ」
「はは、うるせえ。俺の勝手だろ。で、グランドオーク討伐の話は進んでるのか?」
「うん。明日の日没までに、街の西門に集まってくれればいい。そこから近衛騎士団やほかの冒険者たちと合流して、一気に郊外へ向かう予定だ」
聞けば、街道沿いの森にオークの巣があるらしく、そこがグランドオークの根城になっているらしい。放置すれば周囲の村にも甚大な被害が及ぶおそれがある。
報酬はかなり弾むようだ。ロイロが示す書類には、グランドオークを討伐した者へ特別報酬が出ることも明記されている。
「ほう……グランドオークそのものを仕留めたら追加報酬ね。なるほど、やりがいはあるじゃねえか」
「ただし、危険度は高いからくれぐれも気をつけて。あいつらは数が多いし、リーダーのグランドオークは厄介だから」
「わかってる。俺としては、そこそこの金になるならやる気も出るさ」
軽く肩をすくめて、ミロードは受付を離れる。明日の日没に西門へ行けばいい。つまり、まだ一日半ほど自由時間があるということだ。
ギルドを出た後、ミロードはぶらりと街を散策し、何か面白いネタはないかと情報屋まがいの露店へ立ち寄った。
そこで耳にしたのは、グランドオークが最近“妙に知恵をつけている”という話。単なる巨躯の凶暴オークではなく、攻撃タイミングや罠の仕掛けが巧妙で、冒険者たちが苦戦しているらしい。
「ふうん、ただ大きいだけの脳筋じゃなさそうだな。カリン、どう思う?」
『オークは基本的に単純な種族ですが、ときにリーダー格が知性を備えると大きな脅威になります。ミロ様、警戒は怠らないほうがいいでしょう』
「まあ、真正面からぶつかるのは嫌いじゃねえが……よし、もし罠があったら俺の風魔法でまとめて吹き飛ばしてやるさ」
指輪の念話に応えながら、適当に情報料を払って小銭を落とす。これまでと違い、少しやる気が出てきたかもしれない――何しろ、大サソリよりも報酬が良さそうだからだ。
夕暮れが近づいてくる中、ミロードは昨夜に続いてコロッセオを覗いてみる。今日も格闘興行が行われており、入口では拳闘士たちのポスターが貼り出されていた。
だが、さすがに連日飲みすぎるのは控えようというカリンの声がチクチクと煩い。
それでも中に入ると、昨日の熱気を思い出してつい酒を注文したくなる。思わずため息が出るが、結局、軽くビールだけ買い、観客席の最上段へ腰を下ろした。
『……やれやれ。まあ、ビール一杯くらいなら大丈夫ですけどね』
「ああ、わかってる。今夜は程々にしといて、明日はゆっくり準備でもするさ」
下のリングでは筋骨隆々のドワーフ拳闘士がエルフ魔導士と対峙している。豪快な肉弾戦を観客が囃し立てるたび、ミロードはビールをすすりながらぼんやり見ていた。
「こいつらも強いには強いが……正直、俺が本気を出せばワンパンなんだよな」
『ふふ、ミロ様に“常識”を当てはめるのが無理というものですよ。ま、指輪の私も“外”で暴れられるなら、負ける気がしないですけどね』
「おい、やめとけ。お前が出てきたら観客が驚いてパニック起こすだろ。闘技場が崩壊するっての」
軽口を叩き合いながら、ほどよい時間が過ぎる。夜になれば、再び街は娼館や酒場で賑わうことだろう。
しかし、ミロードも少しは翌日の“討伐隊合流”を意識しているのか、この日はコロッセオを一通り眺めたあとは、あまり深酒せずに宿へ戻ることに決めた。
宿の部屋に腰を下ろし、軽くベッドに寝転がったミロードは、天井を見つめながらカリンへ思念を送る。
「……なあ、明日はグランドオーク退治だが、どのくらい手強いもんだろうな。下手すりゃいきなり神獣に近い領域とか言わねえよな?」
『その可能性は低いでしょう。神獣となるには何百年という年月や特異な魔力が必要ですから。ですが、個体によっては驚くほど賢く戦略的な場合もあります。お気をつけを』
「ま、本気で重力魔法やら火の魔法をぶちかませば、だいたい何とかなるだろ。無駄に雑魚オークが多いってのが鬱陶しいが」
そう言いつつ、彼の脳裏には“追加報酬”という甘い誘惑がある。グランドオークを仕留めてしまえば、たっぷり遊んでもまだお釣りがくるかもしれない。
それを思うと、明日以降の生活がどうなるか、いっそう期待が高まる。
『ところで、準備は大丈夫ですか? 例えばポーションや簡易的な護符など……』
「めんどくせえなあ。でも、やるだけやっとくか。お前の意見も無視できないし、明日昼間にでも道具屋を回ってみるわ」
そんな他愛ないやりとりを交わしながら、二人(?)は夜更けまで続く喧騒を聞き流す。どうせ明日の夕方までは動き回る時間がある。
酔い潰れずに済んだ今日は、いつもよりだいぶ上出来だとミロードは思いながら、ゆっくりと目を閉じた。
「……じゃあ、おやすみ、カリン。明日は頼むぞ」
『はい、お休みなさい、ミロ様。明日に備えてゆっくり休んでくださいね』
金の匂いと、ほんの少しの冒険心を刺激されつつ、彼は自由気ままな冒険の日々をまた一歩進めていく。明日の夕刻が来れば、いよいよ大群のオークに挑む本番だが――それでもミロードは、どこか気楽そうであった。




