第11話「サソリ退治終わったし……酒飲んで、闘技観戦でもするか」
昼下がりのマルステイン郊外で行われていた“大サソリ”の討伐依頼は、ミロードの力をもって一瞬で完遂された。
荒れた砂地に巣食うという巨大サソリは、重力魔法と火球の連続攻撃の前にまるで赤子同然。あっという間に焼き払われ、周辺を悩ませていた脅威が取り除かれたのだ。
その足で街に戻ったミロードは、ギルドに赴いて依頼完了の報告を済ませる。応対に出てきたのは、ここマルステインの冒険者ギルド職員、短髪のエルフ青年ロイロだった。
「お疲れさまです。ミロード。ライラから聞いていたが、いやあ、ほんと早いね。大サソリ討伐、助かったよ」
「ま、あんなの雑魚だな。これでいくらだ?」
「ええと、報酬は……はい、これで。プラスで少しだけボーナスがついてる。最近被害が多かったからね」
満足げに金貨入りの袋を手にするミロード。するとライラは、さらなる依頼を持ちかけるように声を潜めた。
「ところで、君の噂は聞いてるよ。転生者で、相当腕が立つとか。よかったらもう一つ――グランドオークの討伐に参加してみないか?どうやら郊外で被害を出してるらしくてね」
「グランドオークだあ? まあ、確かに大物だ。群れを率いて厄介な存在になるんだろうが……」
ミロードは指輪を軽く撫でながら考え込む。すると、そこから念話のようにカリンの声が響いてくる。
『ミロ様、オークは数が多いですし、リーダー格となるグランドオークは手強いですよ。受けるとなれば本腰が必要かと……』
「おいおいカリン、またいきなり口出しすんなって。……まあ金にはなるだろうが、今はちょっとなあ。せっかく手に入れた報酬を使って遊ぶのが先だろ?」
ライラは「どうする?」と促すようにミロードの表情を窺うが、彼は肩をすくめて苦笑する。
「報酬次第で悪くはない話だが、ちょいと金に余裕ができたんでな。すぐに行く気はねえよ。しばらくは遊ぶさ」
「そうか……まあ、あっちもまだ討伐隊を編成中だし、間に合うようなら協力してくれると助かるよ」
ライラはそう言って引き下がり、ギルドのカウンターへ戻っていった。メモ用紙や書類を確認するその姿からも、今回のグランドオーク討伐が一筋縄ではいかない予感が漂う。
「さてと……少し街をぶらついてから呑むかな。金はたっぷりあるんだから、楽しまなきゃ損ってもんだ」
マルステインは交易の中心地なだけでなく、格闘興行でも名を馳せている。街中の掲示板や看板を見ると、今夜はコロッセオにて壮絶な一戦が行われるらしい。
腕に覚えのある拳闘士や各種族の格闘家が入り乱れ、大きな賞金と名声を賭けて戦うショーだ。観客は酒や料理を堪能しながら、それを観戦できるのがウリとなっている。
「おいカリン、闘技場ってのがあるみたいだが……お前も興味あるか?」
『闘技場……? 人間や他種族同士が拳で戦うのですか? へえ、ちょっと面白そうですね、ミロ様』
「だろ? んじゃさっそく行ってみよう。どうせ暇なんだしな。グランドオークなんかは後回しだ」
そんな他愛ないやりとりをしつつ、ミロードは街の中心部にあるコロッセオへ向かった。石造りの巨大円形闘技場は、すでに観客で溢れ返っている。入り口のチケット売り場で数枚の硬貨を払い、階段を下りていくと、周囲は熱気に包まれた異世界のようだ。
飲み物や食事を売る店が立ち並び、拳闘士の応援旗が鮮やかに翻っている。
やがて定刻を迎え、闘技場の中央へ選手たちが入場してくる。背丈の大きな獣人や、華奢な体格ながら魔力を拳に込めるエルフ、さらには複数の腕をもつ半魔族など、バラエティに富んだ選手が客席を沸かせる。
ミロードはすかさず酒のボトルを仕入れ、スタンドの一角に腰掛けると、無造作にグラスへ注いだ。
「ふはぁ……やっぱ最高だな。この熱気の中、酒をちびちびやりながら喧嘩を眺めるなんて贅沢だ」
『確かに迫力がありますね。私も指輪の中からですが、観客の歓声が聞こえます。ミロ様は出場されないのですか?』
「んな面倒くせえことするかよ。ギャンブルでもないし、出てもギャラは安そうだしな。それに、俺は戦うなら金にならなきゃ意味がない」
喧嘩自慢の拳闘士たちが激しくぶつかり合い、血と汗が舞うたびに周囲は大歓声に包まれる。ミロードはグラスを傾けながら、気が向けば投げ銭を投下したりして、一人で観戦を楽しんでいた。
若干のベテラン選手が軽妙なステップで勝利をもぎ取ると、観客がいっそう盛り上がり、売り子が忙しなくビールやつまみを運んでくる。
「いやあ、こんなに観客が熱狂するもんなんだな。ま、俺にとっちゃ酒がうまけりゃどうでもいいが」
『ミロ様、いつもより相当ハイペースで飲んでいらっしゃいますよ? あとで宿に辿り着けますか?』
「はは、心配性だな。これくらい平気だって。金ならまだあるし、最高の夜を謳歌しねえと」
大サソリを退治して得た報酬はなかなかのもの。それでしばらくは贅沢ができる――そう考えれば、ミロードが羽目を外すのも無理はない。
グランドオークの討伐依頼という大仕事は先に控えているが、それは“明日の自分”に任せるとして、今はここで格闘技を見ながら飲み食いを楽しむだけでいい。
そうして夜更けまでコロッセオに浸り、酒を片手に拳闘士たちの熱い試合に拍手を送りながら、ミロードは存分に遊び尽くした。
試合が終わりを告げ、観客が徐々に帰り始めるころ、酔いどれた彼は通路にふらりと立ち尽くしている。
そこに、指輪からカリンのやれやれという声が漏れてきた。
『そろそろ宿へ戻りましょう、ミロ様。足元、お気をつけくださいね』
「ひっく……んだよ、大丈夫だっつの。ったく、お前はほんとに世話焼きだなぁ……」
舌が回らなくなりながらも、ミロードは上機嫌のまま闘技場を後にした。照明の落ちた外では夜風が心地良く、どこかで深夜の飲み屋がまだ賑わっているらしい。
彼はとりあえず宿を目指しつつ、気が向けばさらにもう一杯、という思考が頭をよぎる。まったくもって、いつも通りの自由な暮らしだ。
「……明日も適当に遊んで、明後日くらいにでもグランドオークの件を考えてやるか。ま、そんときゃ頼むぜ、カリン」
『はいはい、わかっていますよ。おやすみなさい、ミロ様』
マルステインのコロッセオで夜更けまで酒を堪能し、気ままな放浪を続けるのであった。
まるで、明日に迫る大きな戦いなど意にも介さないかのように――。




