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第1話「明日からの日銭、稼ぎに行くか」

 酒の甘い香りと、微かに漂う女の香水。揺れるランプの明かりが、室内に妖艶な影を落としていた。ここは都のはずれにある娼館――ミロードが贅沢に酔いしれるために、いつも足繁く通っている場所だ。




「それでさあ、ミロードさんって、ほんとに神獣を倒した伝説のパーティの人だったの?」


 隣でグラスを傾けながら、客あしらいに慣れた妙齢の女が、色っぽい目で問いかける。




 ミロードは苦笑しつつ、片腕を投げ出し椅子にもたれかかった。


「ま、ちょっとね。いちおう“No.2”って呼ばれてたんだよなあ……でも、昔の話さ。今じゃ、こんなとこで酒と女に溺れてるただのオヤジだよ」


 勢いよく残りの酒をあおるミロード。深く染み込んだアルコールが、心地よい熱となって身体を駆け巡る。




「昔の栄光があるのに、もったいないわねえ。宰相にも誘われたんでしょう?」


 目を輝かせる女に、ミロードは肩をすくめてみせた。


「俺はさ、責任なんてごめんだから。のんびり暮らして、好きなときに酒を飲む――それが性に合ってるんだよ」




 そう言い放ちながら、ミロードは彼女に向かって笑いかけ、もう一本ボトルを追加で注文した。


 ──それが、今夜の最後の散財になるとも知らずに。




 翌朝、寝台から起き上がったとき、彼の財布は薄っぺらどころか、ほぼ空っぽになっていた。


「……あれ? もしかして、全部使い切っちまったか?」


 悪夢のように重い頭と、からっぽの財布。思い出すのは昨夜の豪勢な酒宴と、色とりどりの女たちの笑い声だ。




「はあ……仕方ない。日銭でも稼ぎに行くとするか」


 ミロードは呟いて、大きく伸びをする。ここ数年、放蕩の限りを尽くしたツケが回ってきたらしい。




 だが、彼にとって金欠など日常茶飯事。慌てることはない。幸い、“伝説のNo.2”としての実力は衰えていない――むしろ、彼の桁外れの魔力は世界でも随一。


 通称「四大元素」である風・火・水・土の基礎魔法に加えて、回復や光、闇の魔法もお手の物。そして、重力・反重力という唯一無二の魔法さえも自ら編み出し自在に使える。もっとも、どんな強力な魔法も使いこなせるが、普段は面倒なので滅多に使わない。基本魔法すら彼が使えば圧倒的な威力を発揮するのだ。




「さて、とりあえず身支度もそこそこに……っと、まいったな。ポーションのストックもないし、武器も手入れしてない。まあ、いいや。なんとかなるでしょ」


 腹が減っては戦はできないと言うが、金がなければ腹も満たせない。ならば手っ取り早くダンジョンで稼ぐしかない。




 彼が今住む国――リント王国の首都近郊には、最近“30階層”もの深さを持つ中規模のダンジョンが発生している。駆け出しからベテランまで、多くの冒険者が挑み、宝石や金銀、そして魔硝石を求めて潜っている場所だ。


 時間がかかる長期攻略を狙う連中もいるが、ミロードはそんなつもりはない。せいぜい行けるところまで潜り、日銭を稼いだら切り上げてくる。それが今の彼のスタイルだった。




「よし、行ってくるか」


 朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ミロードはダンジョンのある山のほうへ目をやった。


 世界を救った伝説の英雄――そんな肩書きは今さら重荷でしかない。自由にやる。金を稼いで好きに使う。それが彼、ミロードの唯一の信条だ。




 ──かくして、ささやかな日銭を求めて、今日も伝説のNo.2が戦場ダンジョンへと向かうのであった。

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