ばってぃんぐ
とある寂れたバッティングセンターには、なこんなうわさがある。
球速99キロを打ってはいけないと。
ただ、それだけのうわさだ。
一駅向こうに住んでいる自分の耳にまで届いているくらいだから、有名なうわさなんだろう。
しかし、なぜ選んではいけないのか、何が起こるのかーーそもそもそんな中途半端な球速って何なんだとかーー、中身がわかる情報は全くない。
気になって確かめようとした奴は絶対にいると思う。むしろ、「99キロを体験してみた」みたいな動画を出してる奴とか、いかにもいそうだ。
その気持ちはよくわかる。
だって、こんな怪しくて中途半端なうわさ、気になりすぎる。
やってはいけないことだけがわかってるなんて。
帰り道の電車の中、検索してみたがそれらしい動画も呟きも全くヒットしない。
なんでだ。
もしかして、こんなにうわさが気になっているのは自分だけなのだろうか……。
それとも、口をつぐみたくなる何かが、そのバッティングセンターにはあるのかーーーー。
それを確かめたくて、最寄りより一つ手前の駅で降りることにした。
マップでバッティングセンターを検索すると、普通に上位に名前が出て徒歩での行き方が表示される。
寂れているという話だったが、しっかり店舗登録もされているらしい。評価もされている。星はひとつだ。
口コミも見てみたが、「久々にスカッとした」とかいう無難なコメントと、「最悪。二度と行きたくない」という低評価のコメントがぽつぽつあるくらいだった。
「うわ、本当に99キロあるよ」
本物を目にして、思わず声に出てしまった。
100キロと110キロのバッターボックスに99キロの字が、当たり前のように緑の剥げた看板に並んでいる。
いやいや、100キロあるならいらないだろ。
内心ツッコまずにはいられない。
これだけでも話題になりそうなのに、想像通りの寂れたバッティングセンターだった。
駅からの道は複雑ではないし、体感徒歩15分くらいで思ったよりスムーズに到着した。
でも、客は自分しかいない。
気兼ねなくバットを振れるのはいいのだが。
一応、ゆらゆら揺れている受付のお爺さんに声を掛けて、例のバッターボックスに入った。貸し出しのバットを軽く振ってみる。よさそうだ。
すでにバッティングの準備はばっちりだった。
コインを入れて球速を選び、スタートボタンを押す。
構えた。
ガチャ、ブウウ……ン。
マシンの動作音がちょっとでかい気がするのが気になった。
しかし、ほぼ100キロなら何とかなる。
様子見した1球目は軽く打ってみたが、バッティングセンターの球速だし、数字のイメージよりは速くない。
ガチャ、ブウウ……ン。
きん、とスカッとする音がした。ホームランだ。
これでも中学時代は野球部だったのだ。
やっぱり久しぶりに思いきり打つと楽しいな。
ガチャ、ブウウ……ン。
どんどん打っていく。
調子が良くて、久しぶりにしては結構ホームランが打てた。
体力が続かないから、全部が全部というわけにはいかないけれど。
ふう。そろそろ終わりの方かな。
額の汗をぬぐおうとしたときに、耳を疑った。
ガチャ、ガチャ、ブウウウウ……ン。
汗をぬぐう余裕もないタイミングでマシンが作動する音が聞こえる。
壊れてるんのかな、危ないなあと慌てて構えた時には、もう発射されていた。
「なんだ、でかっ……」
バットに近づくにつれわかる、今までの野球ボールの何倍も大きいそれ。
急に迫ってきたそれにバットを当てて反射的に振る。
ぐちゃ。
バットの感触が、今までの硬いボールとは全く違った。
中味のある重くてほどほどに固いものを、バットで潰したような。
スイカを割るときの感触に似ていた。
だが、潰された中から出てくるのは、甘く赤い果汁ではない。
頭の中に冷たい氷の針を突き刺されたような戦慄が走った。
目が、目の玉になって、それから飛び出していた。
どういう角度か、こちらをぎょろんと見つめていた。
—――人の、頭。
呆けたようにバットを見ると、ぐちゃぐちゃの白い皮と赤い中味が混ざり合ってこびりついていた。
当然手にも服にも返り血やら何やらが飛び散っている。
—――自分は、人の頭を。
吐き気と眩暈で周りの景色がぼやける。
ガチャ、ブウウ……ン。
気づけば、目の前に野球ボールが迫っていた。