第99話 金メッキの青春2
「おーい。羽場連れて来たよー」
「何で?」
羽場焔那と何故かボロボロになっている数多が連れ立ってやって来て、思わず首を傾げる。
伽藍堂を見るなり、数多の後ろにいる羽場焔那が不機嫌そうに顔を歪めた。
それに気付いてないのか、数多は二人を同じテーブルに並べる。周囲は三人の間の異様な空気を感じ取り、そそくさと退散を始めていく。
「今期の同い年って俺らだけなんだってー。だから乾杯しよーって」
「何を言ってるんだコイツは」
「本能で言ってるだけだよ」
数多がドリンクを取りに行き、二人の間に沈黙が降りる。
羽場はあからさまに敵意と警戒心を剥き出しにして、臨戦体勢を取っている。伽藍堂もまた、以前より彼女から敵意を向けられている事に気付いていたので、これまで干渉をしてこなかった。
しかし、数多によっていきなりその冷戦関係はぶち壊され、互いにどの手が最善手なのか考えていた。
「……こんにちは、羽場さん。初めまして……で合ってるかな?」
「ああ。《《例えどこかの会場で会っていたとしても》》、オレの事など眼中に無かっただろうからな」
ギロリと睨み、鋭い殺気を飛ばす羽場。それに対して伽藍堂は、初手を失敗した事に苦笑いを返すことしか出来ない。
「フン、八方美人は相変わらずだな。僅か一週間で五つ星に上がれたのも、《《そういう取り入り方が大事》》なのか?」
「まさか。危険なダンジョンに挑むのに、星数を詐称するなんて無謀じゃないか。《《純粋な実力で勝負してこそ》》、ダンジョンアタッカーと言えるんじゃないかな?」
「……クソ、その通りだな」
「それより、君が彼と一緒にいるなんて思わなかったよ。君も彼も、ソロでダンジョンアタックしてるイメージが強かったからさ」
「!チッ……オレだって来たくて来たわけじゃない。手合わせで負けたから、仕方なくアイツの言うことに従っただけだ」
「?負けた?君が?」
羽場焔那は、最近になってナンバリングされ始めた世代、第三世代のダンジョンアタッカーである。第一世代の羽場童剛を父に持ち、伽藍堂と同じように生まれた時からスキルを有していた。
故に『結城世代』でも抜きん出た実力を有しているし、伽藍堂も当然彼女の強さは情報のみでだがチェックしていた。
その彼女が、あのよく分からない男に負けたと言うのである。流石に驚きを隠せなかったし、それならば何故負けた側である羽場が無傷なのか、伽藍堂は分からなかった。
「……認めよう。オレは弱い。だが今だけだ。アイツもお前も、必ず超える。そしt「お待たせー」空気を読め!」
「ハイポーション作ったからこれで乾杯しよー」
「ハイポーション?ポーションを作れる様な技術はまだ無い筈だけど?それに何で『ハイ』って付いてるんだい?」
「オレの宣言を無視するな!何なんだお前は!クソ、やっぱり手合わせで賭けなんてするんじゃなかった……!伽藍堂、コイツを何とかしろ」
「はは、出来たら《《やってる》》。彼の行為に悪意は無いからね……ハイポーションっていうこの液体は分からないけど」
シリアスな空気が再びぶち壊され、三人がテーブルに置かれた黒い液体を囲む。
「じゃあ同い年が集まれた事を記念してーかんぺーい」
「……乾杯」
「チッ……」
ハイポーションの中身を一切知らせず、数多は勝手に音頭を取って乾杯させる。伽藍堂と羽場は黒い液体とそれを普通に飲む数多、そして互いに目をやり……諦めた様に口を付けた。
「……ッッ!?」
「…ブッ!?ゴボ、何dゴフッゴフ!?何だこれは!?」
「えー、何だっけ。コーラと麦茶とメロンソーダ入れたのは覚えてるんだけどなー」
「……ふ、ざけるなああああああああああああ!!こんなの飲めるか!!交換しろ!!お前のを寄越せ!!」
「えー関節(間接)キスとk「殺してやろうか」はい」
「クソ、何でこんなのが同期にいるんだ………ッブフォ!!?」
「まさかこれ、全部同じ……?」
「たり前じゃーん」
「何で平気で飲めるの?」
「んー?飲み物なんて飲めれば全部一緒じゃない?」
「………き、ざまあああああああああああああああああ!!!!!」
「でー、全員DAGから追い出された訳だけどー」
「ふざけていたお前のせいでな。何故オレまで追い出されるんだ。納得いかん」
「君だけ大声で騒いでたからじゃないかな?マナーが悪い数多君のせいもあるけど」
「あー?ちゃんと全部ご馳走様したろーがよー。オメーらこそ飲み物混ぜただけで飲めないなんてガタガタ言ってんじゃねー」
「良く分かった。お前達といると碌な目にあわん。二度と話しかけるなよ」
「ヒヒ、じゃーまた喧嘩すっかー。それで俺が勝ったら今度はファミレス行こー」
「ああ、なるほど。そんな内容の賭けだったのか」
歩き出した羽場を追いかける様に、三人が揃って歩き出す。嫌そうに、笑いながら、観察する為に。三者三様の顔をしながらも、彼等の足取りは確かに一列だった。
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それから、伽藍堂の周囲は五月蝿くなった。
「羽場、『至強』パーティ入団おめでとー」
「おめでとう。意外だったよ、君はずっとソロで挑み続けると思ってたけど」
「……フン、強くなる為に手段は選んでられんからな。リーダーの三鶴城さんから直接指導を受けられるし、オレは更に強くなるぞ」
「『至強』のリーダーさんかー。喧嘩吹っかけたいんだけど、忙しくて会えないんだよなー。まあデカいパーティ運営してるんだから当然だけど」
「絶対するなよ?相手は勇者だからな?」
「剣使ってたよなー?どこの流派かねー、すげー楽しみ」
「聞けよ」
「いざとなったら本気で止めるよ」
発起人は大体数多が、談話スペースにいる伽藍堂と手合わせで負かした羽場を連れて。
「夏休みの宿題終わったかー?」
「……オレはダンジョンアタッカーだ。高校卒業後もこれ一本に専念するつもりだから、別に出来てなくとも関係ない」
「羽場さん、せめてやる努力はしてないと怒られるんじゃないかな。数多君こそ、ほぼずっとDAGにいるけど大丈夫なのかい?手伝わないよ?」
「俺初日で終わってるから大丈夫ー」
「は?どう見ても最後まで残して泣きを見るキャラだろ。嘘を吐くな」
「あのね?ダンジョンアタッカーの実績が成績として認められる高校はまだこの国には無いんだよ?」
「あれこれが日頃の行いってやつー?」
集まるのは、普段伽藍堂が座っていた談話スペースの隅が定位置となり。
「………」
「今の羽場に話しかけるのは止めとけー。俺の身長より器の小さい男に告白する前からフラれた話をするなんて、羽場が俺らの空気を気にして言う訳ないだろー」
「全部言ってる」
「『至強』の人が慰めてるの聞いたー」
「アマタ、コロス……」
「今のは君が悪いよ」
「ヒヒ、サンドバッグ役なら自信あるぜー」
勿論、伽藍堂結城にとって最優先は、妹の叶である。
しかし。
(悪くない)
「……第3回、腹を割って話そうのコーナー」
「1回目と2回目は?」
「深く考えるな。いつもの事だろ」
「ぶっちゃけさー。何でオメーらダンジョンアタッカーやってんの?」
「本当に今更な質問だな……」
「はい伽藍堂。オメーとりあえずガワは人型なんだから、まずオメーからなー」
「今サラッと僕を人外判定した?」
「いや提案者のお前から喋るべきだろここは」
「俺ー?あー……言って分かるもんじゃねーと思うんだけどさー、《《自分の人生が何かに決められてる》》って感じた事あるー?」
「は?」
「……君って占いとか前世のような、スピリチュアルな話が好きだったんだね」
「な訳ねーだろー。俺も自分で言ってて分かんねーしなー……まーそういった『運命』みたいなのが嫌いでよー。それを破る強さが欲しくてダンジョンアタッカーになったんだよねー」
「……それなら、もっとダンジョンアタックすれば良いだろ。何故わざわざ武術を掛け持ちしてるんだ。おまけに系統は全部バラバラ、何がしたいんだ」
「まあ、彼女の言葉は最も(尤も)だね。君、もう何個武術を昇華してるんだい?武術を修める時間を、もっとダンジョンアタックに割けば良いのに」
「…………せーなー、内向的陰キャに通算21連敗中の瞬間湯沸かし器がよー」
「は?」
「その腹物理的に割いてやろうか?」
「あー?ワリーワリー、事実陳列罪だったわー」
何をするのかよく分からない数多と、敵意を持ちながらも正々堂々こちらに挑もうとする羽場。
(……いや、この言い方は正しく無いな)
「コウ」
「おー………おん?今何てー?」
「君、遅くまでDAGにいるけどいつ家に帰ってるんだい?」
「あ、そのまま行くー?俺全寮制の高校だからノーマンターイ」
「そうなんだ。けどご両親は心配するんじゃないかい?」
「あー?俺家族嫌いだから知らねー。向こうも連絡寄越さねーし。オメーこそどーなんだよ、ユウ」
「はは、僕は両親の影響でダンジョンアタッカーになったからね。五つ星になった事を報告したら驚かれたよ」
「ほーん」
「おい、いい加減血をそのままほったらかすな。テーブルにつくだろ」
「俺の心配じゃなくてテーブルの心配かー」
「公共物は大事に使おうね」
遠慮も気兼ねも無い、三人だけの独特な世界。
(……『楽しかった』。うん、この言葉が適切かな)
そこは特別な肩書きなど何も無い、唯の『伽藍堂結城』でいられる時間だった。
だからこそ。
「《《あの》》狂人がやらかしたってホントかよ……」
「たかが手合わせだろ?やり過ぎだって」
「いつかやるとは思ってたわ。アイツイカれてるしな」
「前衛職ばっか狙ってたんでしょ?ソーサラーで良かったー」
「全員病院送りにしといて何で注意だけなんだよ、資格証剥奪レベルだろあんなの」
「あんなのがいるせいで、DAGがヤベー奴等の集まりって言われるのすっげー不快。マジ最悪」
「てか伽藍堂さんと羽場さんが可哀想。あんな馬鹿にずっと振り回されてたとか」
「でももう流石に二人も擁護出来んっしょ。自分で居場所無くしててざまぁとしか思えんわ」
《《伽藍堂結城の陰口を吐いていた》》連中を、数多が病院送りにした。
『伽藍堂結城』という絶対的な金看板を守る為、肝心な事実を無かった事にして《《責任を全て数多に押し付けた》》DAGの上層部に。
伽藍堂結城は、妹の事以外で初めて殺意を覚えた。




