第95話 新居に遭遇
「さあ、ここが東城における君の新たな住居だよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
先輩に促され、タクシーから降りる。リムジンは伽藍堂さん専用の送迎車だったらしく、伽藍堂さんを乗せて行ってしまった。
因みに、伽藍堂さんはまだ先輩と一緒にいたかったのか、名残惜しそうにコチラを見ながらリムジンに回収されていたのを記しておく。ホントに妹想いの良いお兄さんだなぁ。
ところで、目の前には高層ビルしか無いんですけど……俺の住所って何処ですかね先輩。まさかその辺の路地裏か公園でホームレスしろって事ですか?東城ってそこのところは厳しいイメージあるんですけど。
「あの、先輩。俺公園でなら寝泊まりした事あるので、出来れば公園に案内してもらえると…」
「何を言ってるんだい?」
「いや、俺の住所……」
「ここだが?」
先輩が掌を向ける先は、目の前の高層ビル……いやマンション。
……いや。いやいやいや。こんな、家賃だけでウチの財政が破綻してしまう様なマンションが、俺の東城での住所だなんて。流石先輩、ジョークの切れ味も一味違う。
「あはは、先輩。ここはお金持ちの人が住むような場所ですよ?俺は……」
「戸張照真、伽藍堂叶の言う通りだ。DAGから受け取った資料とも一致している」
「あぇ?」
嘘だろ?何でこんな立派な場所に住まないといけないんだ?普通の小さなアパートとかを想像してたのに。DAGがたった一人の新人の為にここまでするとは到底思えない。でも実際に用意されてるのはここだし……止めよう。どうせ難しい事考えても分からないんだし。
「心の準備は出来たかい?それじゃ中へ」
「照真さん!!!」
「え?」
「あ?」
「ん?」
最近聞いた覚えのある声が、弾む様に俺の名前を呼ぶ。この声って……。
「久しぶりです!」
「あまにゃんさん!?」
あまにゃんさん、いや今は確か『周心輪』……周さんが、俺達に笑顔で手を振りながら近付いてきていた。
学校帰りなのか、先輩と違って制服を着ており、背中にはバッグを、肩にもスーパーで使われるような大きなバッグを掛けている。
だが、俺にはそれ以上に驚く事がある。名前を知ってるのは、気絶した俺を助けてくれた時に先輩と見たんだろうから驚きはしてない。そんな事じゃなくて。
「お久しぶりです。凄い強くなりましたね」
彼女に宿るマナが、吸魔の墓で見た時の何十倍も跳ね上がっているのだ。いや、あの時はダンジョンの途中で出会ったから、彼女のマナはかなり減っていた。彼女のジョブがソーサラーである事を考えたら、実際は元の十倍くらいだろうか。
けど、少し出会ってないだけでマナがこんな大量に増えるなんて……どんなレベルアップをしたんだ?
「エヘヘ、あの後ダンジョンアタックに何度か成功して、四つ星になったんです」
「えっ!?凄いじゃないですか、おめでとうございます」
「ありがとうございます。照真さんのお陰です」
「いえいえ。こちらこそ、吸魔の墓からDAGまで運んでくれてありがとうございました。それに四つ星ダンジョンアタッカーになれたのは、シュウさん自身の頑張りあってこそですよ」
「え?」
「え?」
ん?何か気になる事でもあったのか?特に変な事言って無いと思うんだけど。
「……あ、《《そういうことですね》》」
「え?」
「アハハ、大丈夫ですよ。《《アタシは》》、ちゃんと分かってますから」
「あ”?」
俺が分かってないんですけど???
嬉しそうに笑ってますけどどういう意味です?先輩も、何でブチ切れ寸前みたいな声を出すんですか?まあ確かに、お世話になったのに挨拶してこないのはどうかと思いますけど。
うーん。前から思ってたけど、この二人は何で仲が悪いんだ?これが犬猿の仲、という奴なんだろうか。
「あの、俺だけじゃなくて先輩も力になってくれましたし……皆で吸魔の墓をダンジョンアタックしたじゃないですか。改めて、皆でお祝いしません?」
「そうだ。私と照真君がいたからこそ、あの強大なイレギュラーを打ち倒せたんだ。まずはそれについて感謝と敬意を表すべきじゃないかな?」
「あ、そうでしたね。伽藍堂さん、ありがとうございました。アタシと照真さんのパーティが勝てたのは、伽藍堂さんのお陰です」
……何か、お互いのニュアンスが若干違うような……気のせいか。この三人で吸魔の墓に挑んだんだから。その後何故か個別でパーティ結成の紙持ってこられたけど。
「ところで、こちらの方は?」
「……自己紹介が遅れたな。羽場焔那だ、よろしく。確か、あまにゃんだったか?悪いがムーバーに疎くてな」
「アハハ、大丈夫です。初めまして、これからよろしくお願いします。お義姉さん」
「お前の姉ではない」
「ゴホン!挨拶も終わったようだし、そろそろ本題に戻ろうか。まだ彼への案内が残っている」
「アッハイ」
突然のお姉さん呼びに驚いて固まっていると、先輩が本来の流れに戻してくれた。
そういえば、ここでシュウさんと会ったって事は、シュウさんもこの辺りに住んでるのか?もしかしたら、近くのスーパーの特売日で争う事になるかもしれない。
特売日のスーパーは戦場だ、かつて背中を預けた友に刃を向ける覚悟をしなければ駄目だぞ、俺。
「じゃあシュウさん、俺達はこの辺で。会えて良かったです、ありがとうございました」
「あっ、照真さん!最後に一個だけ!」
慌てた様子で、シュウさんが肩に下げたバッグから何かを取り出す。
「慣れない東城で独りは不安かと思って……これ、どうぞ」
そう言って差し出されたのは、肩下げバッグをほぼ占領してしまう大きさのテディベアだった。
「え、これ……」
「照真さんが施しを受け取らないのは分かってます。でも、これは貴方に何かを期待して施す為じゃない、純粋に照真さんを想ったプレゼントなんです。受け取ってくれませんか?」
彼女の言葉に嘘は無いと、抱えられたテディベアを見れば分かる。このテディベアには、《《気が巡っている》》のだから。
誰かからプレゼントを貰う事はあった。バレンタインで、チョコを断り切れずに貰った時とか。あの時は分からなかったけど、実際に気持ちが籠められたプレゼントって、これ程物に送り手の気が宿るものなのか。
「……ありがとうございます。大事にさせていただきます」
「はい。《《ベッドの近くに置いて》》、出来れば一緒に寝てあげて下さい。そうすれば寂しさも少しは紛れちゃうんじゃないですか?」
悪戯っぽく笑うシュウさん。まだ彼女に何も返せていないのに……なんて、思ってしまう。けど、その罪悪感が少しくすぐったい。
「あはは。ホントにありがとうございます、今度またお礼をさせて下さい」
「はい!照真さんも大変でしょうけど、応援してます!ではまた」
そう言い残し、彼女は手を振りながら去っていった。
優しい人だなぁ。ムーブでガチ恋勢が生まれてしまう理由が分かった気がする。
「すいません、お待たせしました。案内をお願いしても良いですか?」
「ああ、勿論さ。時に照真君、気持ちが篭った物なら受け取ってくれるんだね?」
「え、はい。その人の気持ちを無下にはできませんし……あっ、先輩からはもう沢山貰ってます!先輩もありがとうございます」
「ふふ、君の施しへのアレルギーも改善しなければならないみたいだね。これからどんどん増えるんだから」
え、増えるの!?お返しの為にどれだけの出費が……東城の暮らしが始まる前から、お金を貯めておいて良かった。
問題は山積み、しかし地道に一つずつ解決と対策を練らないと。……どうやって練れば良いんだ?後で羽場さんに聞いてみよう。
……あれ?このテディベア、結構デカいけど俺に渡す為にずっと持ってたのか?いやまさかな。シュウさんが優しい人でも、たった一人の為にこんな大きな荷物持ち歩く訳無いか。
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『すいません、お待たせしました』
イヤホンから明瞭に聞こえてくる彼の声に、彼女……周心輪は綺麗な笑みを浮かべる。
そして、テディベアの目を通して見る彼の姿に、自分が彼に抱かれている感覚になり、身体が昂揚していくのを抑えられない。
何より、『周さん』なんて、彼と自分しか分からない《《愛称》》で呼んでくれるなんて思わず、あの場では押し殺していた気持ちがスキップになって飛び出していた。
「アタシはずっと一緒にいますからね、照真さん」
その言葉の重さを解消出来る者は、誰一人いない。




