第89話 ダンジョンアタッカーズギルド極東本部
「あの……ホントに配信して良いんですかね」
恐る恐る先輩に尋ねる。彼女は依然変わらぬ笑みを俺に向けてくれるが、今はそれが只々怖い。
「ああ、構わないとも。大きく時間は取れないが、これも一つの宣伝だと思ってほしい」
「いやそっちじゃなくて……」
「戸張君、僕の事なら大丈夫だよ。これは僕自身が蒔いた種だからね」
「誰が私の照真君と喋って良いと言った?」
「すいません」
「人質と会話してるわけじゃないんですよ先輩」
後俺は先輩のでもないです。というか、いつ俺の名前を……あ、俺が倒れて運んでくれた時ですか。緊急事態でしたもんね。
そういえば、先輩の右手の薬指に俺と同じウェポンリングが嵌められている。前は中指だった筈だけど……女子はおしゃれが大事って聞くし、今日はそういう気分なのかもしれないな。
「羽場さん、今から配信をさせていただきたいんですけど……」
「別に良い。オレの目的は『案内』と『監視』だ。お前の交友関係や活動には、一切口は出さん。唯、配信するならオレの名前や姿は出すなよ」
「あ、分かりました。ありがとうございます」
皆さんの許可が下りたところで、いそいそと配信に準備をする。
それにしても監視、ねえ……まあ羽場さん(親)の目が届かない範囲にいるんだから、羽場さん(娘)に俺の動向を監視してもらうのは当然か。
そういえば、一瞬先輩が睨んだ方向にいた女性の人、こっち見ながらスマホ弄ってたけどスレ民の人かな?手を振ってみたけど、気付いてくれてたら嬉しいな。
【緊急】ワイは無事やでーっていう配信【DAG】
“お”
“始まったわね”
“実況から来たぞ”
「スレ民の皆さんさっきぶりでーす。スイッチですよー」
“いきなり何か映ってて草”
“ファーーーーwww”
“オイオイオイ”
「えー色々ありましてですね。とりあえず、これをご覧下さい」
身体をずらし、俺の後ろにあるモノの全体を映す。
そこには、先程も見たDAGの看板。そして…。
「こちら、DAG極東本部と先輩作『愚か者』です」
『私は妹の大切な後輩に手を上げようとした駄目な兄です』というプラカードを首からぶら下げた伽藍堂さんが、DAGの前で正座していた。
“www”
“オブジェになってて草”
“マジで伽藍堂結城やんけ!!”
“うわああああああ顔面偏差値の暴力だああああああ”
「視聴者の皆さん、初めまして。伽藍堂結城と言います。銀星ダンジョンアタッカーである伽藍堂叶の、不肖の兄です。お騒がせして申し訳ありませんでした」
“キエアアアアシャベッタアアアアアア”
“めっちゃイケメンなのにあまりに無様すぎるww”
“不肖というか不審”
「えー……っと。そして、ですね……前回に引き続き」
「伽藍堂叶です。この度は、そこの屑がご迷惑をおかけしてすいませんでした」
“ヒエエ”
“し っ て た”
“叡智ね…”
“分かる”
先輩が伽藍堂さんの頭に手を当て……いや思い切り鷲掴みしてるな。そして、二人一緒に頭を下げ……いや叩き付けてるな。お兄さんへの嫌悪っぷりが徹底してて怖い。
“怖い怖い怖い!!”
“エグい音したぞ今”
“叡智ネキニキ湧くの早すぎんよ”
“てか近くにもう1人いんだろ?誰?”
「まあそんな訳でですね。俺は無事に東城に着くことが出来ましたーっていう報告です。後、DAGの正式な案内人の方は顔見せNGという事なので、突っ込むのは無しでお願いします。というか、やっぱギャラリーにスレ民の方いたんですね」
“おk”
“そりゃいるよw”
“東城であんな派手な事してたらスレ民の1人や2人釣れるわw”
“よく見たら後ろ手足縛られてるw”
“伽藍堂さんのイメージ崩れちゃ〜〜う”
“トップダンジョンアタッカーの姿か……?これが…”
皆さんの反応に、ふと違和感を覚える。
伽藍堂さんは、自分達の世代を『黄金世代』と表現していた。羽場さんもその一人で、相当な実力者の筈だ。しかし思い返してみると、他の黄金世代の人達の話題は、今まで聞いたことがない。勿論、羽場さんも含めて。
スレ民も、羽場さんの顔を知らない感じだったよな……凄い人達ばかりの筈なのに、何で話題に上がらなかったんだ?
“てかスイッチ的に伽藍堂兄妹のこの惨状って良いんか?”
「うん?」
そんな事を考えていたら、質問が飛んできていた。
……ああ。先輩、伽藍堂さんに酷い扱いばっかしてるからな。確かにヤバいとは思うけど、俺はこの関係に口を挟める様な人間じゃない。
ここは一つ、スレ民に俺の家族の金言を授けてあげようかな。
「スレ民の皆さんに良い諺を教えてあげましょう。『よそはよそ、ウチはウチ』です」
“ことわざじゃねえよクソガキ”
“何なら皆知ってる”
“教わるのはお前だろどう考えても”
“本当に勉強してんのか”
“こっちもフルボッコで草”
えっ、諺じゃない!?昔から口酸っぱく言われてるから、ずっと諺だと思ってたんだけど!?
「べ、ゔぇべ勉強してますよ!ゴホン!!というかですね、俺は他の人の家庭について思うことは、スレ民の皆さんと変わらないと思いますよ?」
“はぐらかしたwww”
“ほんとかぁぁぁあ???”
“意外な返答だな”
“家族蔑ろにしてる先輩の好感度下がると思ってた”
「家族の在り方は皆違うって知ってますからね、俺の考えを一方的に押し付けるなんて出来ませんよ。だから、他の家庭に何か思ったりはしません。それよりも、俺を沢山愛してくれた家族に感謝する方が、ずっと幸せですからね」
“すげえ……”
“マジで急にカッコよくなるな”
“普段頭おかしい癖に何でカッコいいんだコイツ”
“純真過ぎてこっちが脳焼かれるわ”
これまで出来た友達だって、それぞれ色んな家庭事情を持っていた。親が弟妹ばかり構って相手にされない人、虐待を受けてた人、将来を押し付けられずっと反抗してた人……皆が皆、家族に愛されて育った訳じゃないって事ぐらい、馬鹿な俺でも分かる。俺の父さんと母さんだって、俺を挟まないと会話をしないような冷えた関係だったから、決して褒められた家庭とは言えなかっただろうし。
だから俺には、その人達の『家族』のあり方を否定する事は、どうしても出来なかった。
「はい!次にいきましょう。実はですねー、お詫び的な内容として、伽藍堂さん達がDAGの極東本部を軽く案内してくれるそうです!」
「今はこの程度しか不義を詫びる手段が無くて申し訳ない。本来ならば兄の時間は貴重なのだが、今回は無報酬でやらせるから心配しなくて良いよ」
“めっちゃ豪華で草”
“命狙われた詫びとしては安くないですか?”
“まあ出演料タダなら…”
“てか妹の方は学校はどうした”
あ、そうだった。すっかり忘れてたけど、今は平日の昼間なんだ。先輩は学生の筈だし、学校もあるよな?流石に、これ以上俺のせいでサボらせる訳にはいかないよな。
「先輩、今回も助けてくれてありがとうございました。伽藍堂さんとも仲良くなれましたし、俺の方はもう大丈夫なので、先輩はそろそろ学校に……」
「は?」
「さあ皆さん一緒に行きましょう!仲間はずれは良くないですからね!!スレ民お前等も道連れだ……!!」
“おいふざけんな”
“躊躇なく俺たちを売るなバカ!!”
“先輩怖すぎるッピ…”
“俺は俺自身をリリースして伽藍堂結城をアドバンス召喚!!”
“リリースエスケープしようとすんな”
“何で唯の施設案内にホラー演出があるんですか?”




