第87話 どけ!私は先輩だぞ!
車内に沈黙が訪れる。静かに死刑執行の合図を待っていると、伽藍堂さんが口を開いた。
「……殺すと宣言した僕が言うのもおかしいけど、君は初対面の人間に殺されようとしているんだよ?理不尽に思わないのかい?」
「思いません。少なくとも俺は、伽藍堂さんの家族に対する思いに共感出来ましたから。けど、ここまで来るのに色んな人達に助けて貰ったのに、まだ恩を返しきれてないのが悔しいだけです」
「……何故」
「ふむ、君は意外と理性的なんだね」
「え?」
凍る様な空気が解け、伽藍堂さんが呟きを漏らす。今までと違う、殺意も冷たさも感じない声に、思わず顔を上げる。
伽藍堂さんは、実験動物を見る様な無機質な瞳で俺を見つめていた。先程までの感情の波が全て演技だったのでは、と思ってしまう程の伽藍堂な瞳に、思わず喉が引き攣る。
「なるほどなるほど。情熱的なリアリスト、しかし理想や誇りの為に命すら惜しまないロマンチシズムを有している。自他の立場を客観的に考えながらも、感情に流される部分を否定しない。根源にいるのは両親だね。彼等を敬愛しながら、何処かで裏切っているんじゃないかと恐怖を抱いてる。決して賢くは無いけど、自分本意にならないように色々考えてる。変化を恐れて、停滞し始めてる。自分がしたい事をずっと押し殺してきたんだね。中々出来る事じゃないよ、偉いね」
何の熱も感じないその賞賛。出会って間もない俺の本質を、強制的に見抜こうとする空虚な顔に、全身を戦慄が走る。
ホントに、さっきまで先輩の為に怒っていた人と同じ人なのか…?事故でモンスターの紛い物となってしまった俺と違い、まるで自ら望んでなったような……もしくは、《《最初からこうであった》》かのような、人間味の無い怪物。そんな印象を抱いてしまった。
「これが奴の本性だ」
「え……」
凍り付いた俺に助け舟を出すように、羽場さんが声をかけてくる。
「伽藍堂結城という《《化物》》にとって、人間とは『自分にとって有用な奴』だけだ。それ以外には価値を見出してないし、例え有用であっても、コイツにとっては珍しいペットくらいの感覚しか持っていない。生き急ぐ気が無いのなら、あまり関わるなよ」
「失敬な。純粋に興味が湧いたから、僕を知ってもらおうとしただけさ。友人と腹を割って話す事も大事だと教わったからね」
「あの……つまり?」
混乱したままだが、羽場さんのお陰で口が回るようになってきた。目線を伽藍堂さんに戻すと、彼は口の両端を上に移動させる。
「君に興味が出てきた。直接僕に『殺されても良い』なんて啖呵を切ったのは、君が二人目だ。そういった人間の思考はまともじゃないと仮定して、君を少し観察したいんだけど……良いね?」
「アッハイ」
あ、これアレですね。「良いね?(強制)」ですね。羽場さん(ギルマスの姿)にも似たような事されたから予習済みです。いや、殺されないだけマシだから頷くんだけどさ。
「殺そうとしたのは謝るよ。妹の事になると怒りやすくなってしまうのが悪い癖でね。けど、君は妹に手を出す他の害虫とは違うようだし、良い関係を築いていきたいと考えてる。金銭面や物理的な誠意は……うん、受け取らないだろうね。他に誠意を伝えるやり方があればご教授願いたいんだけど、どうかな」
「え、いや……」
「何でも貰っておけ。どうせコイツにしてみれば、全て貴様というモルモットへの先行投資に過ぎんからな」
いやいやいや!?伽藍堂さんに何かしてもらうとか怖すぎる。単純な恐れ多いとかじゃなくて、何されるか分かったものじゃないから、ホントに怖い。
……というか、伽藍堂さんの様子が変わっても羽場さんは普通に話してるな。ホントに今のこの顔が、伽藍堂さんの素なのか。この人にそんな喧嘩を売る様な真似した人がどんな人なのか、少し気になる。
……き、聞くだけなら大丈夫だよな?伽藍堂さんから何か欲しいとは微塵も思わないけど、誠意を受け取って欲しいという気持ちには応えたいし。
「じゃあその……少し聞きたいんですけど。俺が二人目ってどういう事ですか?伽藍堂さんに殺されても良いって言える人なんて、いるとは思えないんですけど……」
「いたんだよ、そんな馬鹿みたいな事を言う人間が」
伽藍堂さんが頬を緩める。一瞬だけ、何も映さなかった虚無の瞳が、楽しそうに光った。
「まさか彼について聞きたい、なんて事で良いのかい?ドラゴン系統のコアモンスターの魔晶とか、僕の個人的な連絡先とか……」
「いいえ大丈夫です!その人について教えて下さい!!」
贈り物の感覚が異次元じゃねえか!どっち選んでもヤバい未来しか待ち受けてない予感がビンビンだよ!!
貧乏な小市民な俺には、誰かの経験とか思い出みたいな、人生の糧になるようなモノで充分なんです。
「ふむ、君がそう言うならそうしようか。そうだね……彼を一言で表すなら、狂人という言葉が相応しいかな」
「狂人?」
「そう。居場所の無い武術馬鹿、DAGの不良代表……散々な言い方をされてるけど、僕にとっては対等に接してくれる友人。素行に問題はあったけど、悪人では無かったよ」
「へぇ〜」
酷い形容の仕方をしているが、その人の事を話している伽藍堂さんの雰囲気は柔らかい。『仕方のない奴だ』と聞こえてきそうな、優しい声でその人の事を話してくれる。
……羽場さんは、人の本質をすぐに見抜く伽藍堂さんを化物なんて呼んでいた。けどそれは、見抜かないと家族が危険な目に逢ってしまいそうになるからで、実際は何の気兼ねなく話せる友人が欲しかっただけじゃないんだろうか。
伽藍堂さんは、人と関係を持つのが難しい立場にあるから、ホントの意味で友達と呼べる人は少ないのかもしれない。だから、何も考えずに相手が出来るその人を、割と気に入ってるのかな。
「僕に喧嘩を売ってきたのは、後にも先にも彼だけだよ。それなりに楽しい男だったし、色々教わった。人と腹を割って話してみようと思い始めたのは、彼と出会ってからだしね」
「そうだったんですね……でも、伽藍堂さんに喧嘩を売るって凄いですね。強かったんですか?」
「強かったよ。僕らの世代……世間では『結城世代』なんて言われてるけど、羽場さんや彼も含め、皆強かった。間違いなく『黄金世代』と言えるだろうね」
「黄金世代……!東城って凄い人ばっかりなんですね、俺も見てみたいです」
「はは、
もういない」
ーーーーー
暫くすると、リムジンが完全に停止する。そして、ドアが自動で開き、日差しが俺達を出迎える。
「ん、着いたね」
羽場さんにエスコートされながら、車を降りる。すぐさま目に入るのは、巨大な建物。『DUNGEON ATTACKERS GUILD』の看板が掲げられており、その威容は見る者を圧倒させるようだ。
……その前に仁王立ちする、美しい少女。
「叶っ久しぶりだね!」
俺が気付くより先に、伽藍堂さんが喜色満面で先輩に近付いていく。ホントに家族が好きなんだなぁ、と車内でのアレコレを思い出してホッコリしてしまう。
けど、先輩の様子が何かおかしい。さっきからずっと無表情で冷たい感じが……
「迎えに来てくれたんだね、ありがとう。お兄ちゃんもはy」
「は?キッモ」
「ぐああぁぁぁあぁあああああああああッッ!!?」
「が、伽藍堂さああああああああああん!?」
「半径千キロ以内に近付いてくるなカス」
「ぐぅぅううううおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああアアアアアアあッッ!!!?」
「が、伽藍堂さああああああああああああああああんッッ!!?」
「嫌いだから二度と視界に入ってくるなよ屑」
「……………んにゃぴ」
「が、伽藍堂さあああああああああああああああああああああんッッ!!!」
先輩の容赦ない《《口撃》》により、伽藍堂さんが紙屑の様に吹き飛ばされる。クレーターの中心で倒れ込む伽藍堂さんを、必死に助け起こす。
「そ、そんな……どうして…」
「ふ、ふふ……戸張、君」
「伽藍堂さん!」
「い、妹は……可愛い、だ…ろ……」
「……伽藍堂さん?」
「………」
「が……伽藍堂さああああああああああああああああああああああん!!!!」
「五月蝿い。コントか」
「あ、すいません」
あまりに伽藍堂さんのオーバーリアクションが上手くて、ついノってしまった。クレーターの幻覚が見える程の迫真の演技だったなぁ。
伽藍堂さん、もう起きても大丈夫ですよ。そろそろDAGに入るので……し、死んでる……!?




