第85話 兄と娘と田舎者
「………」
「………」
「………」
どうも、スイッチこと戸張照真です。今車……超デカいリムジンの中にいます。
伽藍堂結城さんと羽場焔那さんと一緒に。
もう一度言います。
伽藍堂叶先輩のお兄さんと羽場さんの娘さんと一緒です。
何で???
『………』
車内の空気は冷え切って……いや、死んでいる。俺に殺人予告をしてきた伽藍堂さんはともかく、伽藍堂さんと羽場さんの間にすら見えない壁があるようだ。
どうして……いやホントにどうしてこうなった?
現実逃避する様に、先程の出来事を回想する。
ーーーーー
「おお、すげー……」
翼空港第二ターミナルに着いて、まず人の多さに目が行く。次いで、とんでもない数の人が入り乱れるとんでもない大きさの空港に圧倒される。近くを見るだけでも多くのお土産を売っている店や、人が沢山並んでいる料理店が目に入り、思わず目移りしてしまう。
何があるのか、どんな店があるのか探検したくてウズウズするが、羽場さんから『荷物を受け取ったらその場から動くな』という指示を受けている。
翼空港は広い。第3ターミナルまである上に、空港間には電車や巡回バスも存在する程だ。土地勘も無いまま歩き続ければ、迷子になるのは必然だろう。
「でも少しくらいなら……いや…」
流石に東城に着いていきなり迷惑をかける様な事はしたら駄目だな。
んー……dちゃんの皆さんはいるかな。スレで暇潰ししよ。
邪魔にならないように端っこに移動し、スレ民の皆さんと雑談する。またネタみたいに扱われるんだろうな、なんて思いながらスマホを弄っていると、空港に今までと違う騒めきが起きた。
「ん?……えっ」
人の波が大きく割れ、その中から一人の男性が歩いてくる。その人を見た瞬間、自然と『美しい』という言葉が胸に溢れた。
まるで絵画の中から出てきた様な、理想的で完璧な体型。艶やかな金色の髪を揺らし、その金色のベールの間から覗く銀色の瞳は、視る者を惹きつけてやまない光を湛えている。男性でありながら母性さえ感じる童顔は、同性でさえ魅了してしまう魔性を抱えているようだ。特に装飾を着けている訳でもないのに、彼が歩くだけで煌びやかなオーラが放たれ、まるで別世界にいるかの様な錯覚さえ覚えてしまう。
「ぁ……!」
思わず声が漏れる。俺は、いやダンジョンアタッカーやDAG関係の人なら、全員彼を知っている。パーティ『至強』のリーダー、三鶴城礼司さんと並ぶ有名人なのだから。
曰く、ダンジョンアタッカー御用達の巨大企業ガーランドウェポンズの次期跡取り。曰く、人類最高傑作。曰く、完璧超人。曰く、ダンジョンについて多くの功績を上げ、世界から注目を浴びている生ける伝説。
そして俺にとっては、先日お世話になった伽藍堂叶先輩のお兄さん。
『唯我無双』の二つ名を持つ、国内最強のダンジョンアタッカー。伽藍堂結城さんが、俺の目の前にいた。
「うわ……うわ凄え……本物だ」
写真やメディアの露出も多い人だから、当然顔は知ってはいた。けど、実際に見る彼は画面越しの数倍美形だ。心なしか、バニラの様な甘い香りも漂ってくる気もしてくる。
声を抑え、興奮のままにスレに報告する。ここは荷物の受け取り口だから、荷物を受け取りに来たのかな。もしかしたら、同じ飛行機に乗ってた可能性だってある。
「すまない。少し良いかな」
彼の行動を実況しようとチラチラと横目で追っていたら、伽藍堂さんが俺の近くで口を開いた。
あ、人と待ち合わせしてたのか。なるほど、誰と……。
「?……っ?……!!?」
辺りを見回しても、近くには誰もいない。というか、彼の顔が俺に向いている気がする。滅茶苦茶顔が良い。
………えっ!?ホントに俺を見てるんだけど!?何で!?スレ民が言った通り、まさか伽藍堂さんがDAGからのお迎え!?
「お、ぉ…俺ェ、ですか?」
「ああ。戸張照真君、だね?」
「は、はひゃぁい…!」
ヤベ、緊張で変な声出た。でも仕方ない。国民ほぼ全員が知ってる様な超絶イケメン有名人が、いきなり話しかけてきてくれたのだ。緊張もするし、まるで現実感が無い。
ホントに目的の人物が俺だったようで、伽藍堂さんが柔らかく微笑む。男性だと分かっていても、その美しさに思わずドキッとしてしまう。
俺が見惚れていると、伽藍堂さんが口を開きーー。
「君を殺す」
「ヒヒョエ」
聞き間違いかな?殺害予告されたよ?
一気に血の気が引く。同時に、伽藍堂さんの笑顔の奥に、凄まじい殺意が秘められている事に気付く。
あ、この人本気だ。今この場で俺を締め殺したくて堪らない、それくらいの迫力が俺に向けられている。
あの、俺貴方に何か……あ、先輩と一緒に配信はさせていただきましたけど。え?先輩には何もしてませんよ?他に心当たりが無いから、どうすれば良いか分からない。
「ここは人が多い。ひとまず……」
「伽藍堂結城!何をしている!!」
あまりに突然過ぎる出来事にフリーズしていると、俺達の間に更に誰かが割り込んできた。もう何が何だか分からない。
あっ、スレ民に助けを求めようとしたら焦って途中で送っちゃった。
「何故お前がいる。ソイツは……」
「……ああ、DAGが寄越した迎えは君だったんだ」
その女性は、着いて早々に伽藍堂さんと険悪な雰囲気を出し始めた。
伽藍堂さんより少し低い、しかし女性としては背の高い人だ。スレンダーな肉体には引き締まった筋肉が付き、褐色な肌も相まって非常に健康的に見える。縁無しの眼鏡の奥に秘められた切れ長の目は、見る者を射竦める様な力強さを感じさせる。今にも伽藍堂さんに噛み付かんばかりに威嚇している小さな口からは、八重歯が顔を覗かせている。
「………ん?」
初めて見る女性なのに、既視感を覚える。何処かで見たような……何か、最近よくお世話になってる人に似てる気がする。
「久しぶりだね、羽場さん」
「オレは出来れば会いたくなかったがな。それより……」
はばさん?はばさん……ハバ=サン。羽場さん?
「………羽場さん!?」
「戸張照真だな。オレは羽場焔那、羽場童剛はオレの父だ」




