第76話 呉越同舟
伽藍堂叶と周心輪を戸張から引き剥がし、支部長室に連行する。
そして開口一番、どちらも戸張の妻を自称し始める。先程の電話の件もあり、羽場の血管は既に切れそうだった。
「……事前調査では、戸張照真とお前達との交流は無かった筈だが?」
「私達は最初から相思相愛ですが?」
「大丈夫です!家族になるんですから、これからずっと一緒です!」
「お前達は何を言ってるんだ?」
(話が通じない。何だこのバーサーカー共は。これが厄介ファンという奴なのか?周心輪は知らんが、《《あの》》伽藍堂叶も?オレの知る伽藍堂叶とは、この様な少女だったか……?)
羽場はこめかみを押さえ、昔何度も会った事のある少女を見る。
羽場の記憶の伽藍堂叶は、人見知りの激しい少女だった。同じく容姿端麗の兄の背に隠れ、大人の顔色を伺いながら応対していたのを覚えている。人見知りが抜け年を重ねるに連れ、彼女の容姿に磨きがかかると、更に周りが放っておかなくなった。そのせいで極度の人間不信に陥った彼女は、鉄仮面と絶対零度の態度で自身を護り、周囲に溝を作っていた。まだ彼女が、中学生の頃の話である。
彼女が中学を卒業する頃には交流は無くなっていたが、昨日戸張に武器を貢いで悦楽の表情をし、そして先程の周心輪との口論で顔を般若の如く歪める今の彼女は、羽場の知る伽藍堂叶とはまるで別人だった。
(オレは照真に対する負い目があったから、今も後見人を名乗っているが……何故一度も面識の無い伽藍堂叶が、照真にここまで入れ込んでいる?彼女は照真に何をされたのだ)
「先輩」と呼ばれただけである。
羽場の訝しげな視線に何を感じたか、伽藍堂はバッグから何かを取り出す。危険物では無いだろうが、万が一戸張の身柄に関する書類や《《山吹色の菓子》》でも出そうものなら、即座に追い出そうと身構える。
「こちら、私と照真君との出会いから今までを綴った愛の日記です」
想像以上の特級呪物を置かれ、羽場は絶句するしかなかった。
「彼と遊ぶ事が出来て、《《子供達》》も嬉しそうでしたよ」
※彼女の主観であり、客観的事実とは異なります。
愛おしげに自身の腹を撫でているが、彼女は未だ純潔であり、当然だが中には誰もいない。
「あ、アタシはプロポーズされてもう家族なのでお子さんは1人で育ててあげて下さい。お子さんだけは、年に数回は照真さんと会いに行きますね!」
そして、普通に伽藍堂の子供発言を信じ、その上で正妻マウントを取り続ける周に、羽場はいよいよ自分の記憶と戸張の記録を疑い始めてしまった。
「それにアタシは『初めて』を捧げちゃったんですから、もう後はお義父さまに認めていただくだけですから。ねっ?」
※彼女の主観であり、客観的事実とは異なります。
彼女の言う『初めて』とは、戸張の例の言葉によって「プロポーズを受け入れた」という事なのだが、当然ながら戸張は彼女の男性ファンに配慮しようとしただけである。しかし、《《存在しない》》記憶で既にハネムーン先まで決めてある周には、伽藍堂は前妻で自分こそが本妻であると信じ切っていた。
「オレに同意を求めるな。そもそも、照真は今オレの家で生活しているが、お前達と交流した形跡など無かったぞ」
※事実です。
頭がおかしくなりそうな妄言を跳ね除ける様に、二人の言葉を否定する。羽場は戸張に負い目を感じて以来、彼を自宅へ招いて共に暮らしている。その時、戸張から手料理を振舞われたが、それを言えばDAG山櫛県支部が火の海になるのは明らかだったので、胸の内に封印しておく事にする。
「まあ彼も思春期だからね」
「アハハ、やっぱり恥ずかしいですよね。結婚を報告するのって」
「無敵か?」
が、目の前のバーサーカーは一切怯まず、己の欲望の中に生きていた。夢遊病患者の治療は諦め、羽場は思考を回転させる。
(この状況……使えるか?いやだが、《《コレ》》だぞ?手札が全部ジョーカーだぞ?初手で破滅させるのはマズいだろ。しかし……)
羽場は戸張の周囲だけでなく、戸張自身に考えを巡らせる。イカれ女とイカれ女の間に出来始めた空間の歪みは無視する。
(照真は《《危うい》》。普段は言動はマトモだが、ダンジョンやモンスター、そして両親の事になると精神が極度に荒ぶっている。やはり、心の何処かでD災がトラウマになっているのか……何かのキッカケで爆発する前に、精神的な楔が必要だ)
羽場の優先順位の天秤が、戸張に傾く。極力前方を見ないようにしていた顔を上げ、二人を見る。
伽藍堂と周も、羽場が話そうとする気配を感じ、剥き出しにしていたオーラを引っ込める。
「お前達が照真の味方だと信じて話すぞ。今の照真の現状を……」
「殺そう」
「殺しましょう」
「待て落ち着け早すぎるそれは最終手段だ」
最後の手段とはいえ、羽場も殺人を否定していないのだが、それを突っ込む者はこの空間にはいなかった。
「ハァ……良いか?照真の取り巻く環境は複雑だ。DAGの上層部は、照真を優秀なダンジョンアタッカーとしてよりも、その異常な肉体にしか価値を見出していない」
「そんな……!体だけの関係って事ですか!?」
「話の腰を折るな!照真は2回のダンジョンアタックで自身の可能性を示したが、《《たかだか》》2回だ。上の連中にとって、それは奴の有用性を証明する程のモノでは無かったということだ」
「どうしてですか?オークキングを倒せる実力に、流気眼だってあるのに……」
「……ああ、なるほど。《《彼でなくとも良い》》からですね」
「その通りだ。オークキングが出る魔猪の塔は、危険性が低かったから放置されていただけで、何れ正式にDAGから再調査の依頼が出される予定だった。それに流気眼、いやマナの可視化は……」
「DAGとGWが今、マナとコアモンスターのコアの位置を可視化する技術を開発中だからですね。流気眼からそのヒントを得ようとしている、と。DAGは、彼の強さには目を向けず、彼という希少性しか見てないのですか」
「ああ。圧倒的な『個』の力は《《伽藍堂結城だけで事足りる》》。『群』を重視するなら、照真を解剖し、ダンジョンとモンスターとマナの相関性を研究。更に流気眼のマナの可視化を万民が出来る様になれば、ダンジョンアタックがより楽になる。そうすれば、多くの人間の利益になり、国もダンジョンの素材を大量に使って、他国に先駆けた技術革新が出来る。人一人の犠牲などお釣りが来る。それがDAGと政府の見解だ」
「そんな……おかしいじゃないですか!だって、照真さんはD災の被害者ですよ!?その後遺症のせいでそうなってしまったなら、寧ろ国が助けるべきじゃないんですか!?」
周が思わず立ち上がり、机を叩いて抗議する。幾分か冷静になった伽藍堂は、顎に手を当て己の考えを声に出す。
「逆に、人ともモンスターとも分からない彼は、非常に貴重な『素材』という事でもある。今や政府にとって、技術革新を飛躍的に促進させたダンジョン素材は、大量の人材を投入してでも搾取し尽くしたい存在だ。貴重な素材を使って、誰もが安全且つ楽にダンジョンアタック出来るようになるなら、多少のDAGの暴挙は黙認するでしょうね。超法規的措置、という奴だ」
「今他の被災者を調べているが、恐らく同じ体質の奴はいないだろう。それ程、戸張照真という存在はイレギュラーなのだ」
悔しそうに机に座り込む周。冷静さの中に殺意を漲らせる伽藍堂。それを見て、羽場はほんの少しだけ安心する。
(形はどうあれ、照真の為に怒ってくれるのだな。思えば、伽藍堂叶は心に大きな陰を持っていた。照真の明るさがそれを救って、今の彼女を作ったのやもしれんな。周心輪も……)
「………そこで提案だ。もうすぐ照真は東城に向かうのだが、出来る限り奴のサポートをしてくれないか?少なくとも、『戸張照真だからこそ出来た』と言える様な実績が出来るまで」
「その言葉を待っていましたお任せ下さい彼のおはようからお休みまで全て私が管理させていただきますですので右手に付けた《《虫除け》》は外さないようにお願いしますまあ最初から外れませんが」
「ありがとうございます必ず照真さんは幸せにしてみせます彼の周りの虫の排除はアタシがヤリますので正妻の証として照真さんの印鑑をアタシに」
(駄目だ、このバーサーカーはブレーキが無い。しかし、他に頼れる味方がいないのも事実……今は受け入れるしかないか。だが、三つ星のランクである周心輪が、伽藍堂叶に負けない程の圧を放っているのはどういう事だ?どんなレベルアップをしたんだ?)
戸張の話を持ち出すと、途端に瞳からハイライトが消え饒舌になるモンスター。最強に最凶な味方が手に入ったは良いが、DAGとこの二頭の猛獣のどちらの方が戸張にとって危険なのか、羽場は真剣に頭を悩ませる事になった。
しかし、聞きたい事はまだ残っている。何とか口を動かして、獲物を狙う狩人との対話を試みる。
「ところでーー
《《照真の傷を治したのはどちらだ》》?」




