第69話 名は心構えを表す
「すいません、疲れましたよね。大丈夫ですか…?」
「あ、ひゃい……♡ちょっと腰が抜けちゃって……起こして、くれますか…?」
「おやそれは大変だ私が起こしてあげよう」
目を潤ませて俺を見るあまにゃんさんに手をかそうとすると、いつの間にか彼女の背後にいた先輩が、凄い勢いであまにゃんさんの首根っこを掴んで起き上がらせた。
え?今の先輩?ブラックホールかと見間違うくらいに黒いオーラが空間を歪めてた様に見えたけど……動きが速すぎて残像でも出来た?
「ぐぇっ」
「おやおや、淑女らしからぬ声じゃないか。《《アイドルなら》》、もう少し可愛らしい悲鳴をあげたらどうだい?」
「……ありがとうございます。アタシは《《ダンジョンアタッカーなので》》、危険な状況で思わず変な声が出てしまってもあまり気にしてません」
“ヒェェ…”
“怖い怖い”
“女の子がどっちも般若背負ってるように見えるのは俺だけ?”
“何でこんなバチバチなんだ二人は…”
コメント欄も、二人の間に流れる不穏な空気に気付いている。先輩もそうだったけど、いつの間にかあまにゃんさんも周囲の空間を歪めている。
モンスターとはまた違う、気まずいプレッシャーが渦巻く。何があったら、お互いに面識の無い即席パーティでこんな空気が流れるんです?
「あの、もうその辺で……」
「……そうだね。それに、まだ終わっていないようだしね」
「は?」
『ォオオオオオオオオオオ!!』
突如、咆哮が耳を劈く。咄嗟に振り向けば、イレギュラーがボロボロの身体を起こそうとしていた。
“ファッ!?”
“嘘だろ!?”
“コア全部壊したはずじゃないの!?”
“ええええええええええええええ”
“何で生きてるんだコイツ!?”
おかしい。確かに見えていたコアは破壊した筈……見落としたコアがあった?
警戒を強め、イレギュラーを視る。が、その警戒もすぐ霧散した。
『ォ、ォォオ……』
「再生、してない?」
イレギュラーは、既に死に体だった。壊れた骨同士が無理矢理くっ付こうと、枝が折れる様な軽い音と共に、その骨の体をどんどん歪めていく。
これは、再生してない訳じゃない。モンスターは、ダンジョン内のマナを使って身体を再生する。俺がそれを根刮ぎ奪ったから、身体の大きさも相まって再生が殆ど出来ないんだ。
“本当だ”
“あースイッチが吸魔の墓のマナ奪ったからな”
“そっか。モンスターってマナで出来てるからマナが無いと再生もできなくなるのね”
“で、モンスターが再生できなくなるくらいにマナを枯渇させた奴今まで見たことある?”
“草”
“化け物の看板に偽り無しじゃん”
「事実になっちゃったから言い返せない……じゃあちゃちゃっと木っ端微塵に…」
『ォォオ……オオオオオ』
「……え」
今、イレギュラーから声が聞こえたような……そんな馬鹿な。でも幻聴にしてはあまりにもハッキリと聴こえた。
あまにゃんさんと先輩をチラッと見る。けど二人は何の反応も示していない。俺の漏れた呟きに、微かに首を傾げただけだ。
『アアァァア……オオオオオオオオオ!!』
「………」
“どうした?”
“大丈夫か?!”
“また何かされたのか?”
スレ民にも聴こえてない。でもやっぱり聴こえる。イレギュラーから、多くの人が混ざった声が。
「……ソーサラーの墓」
ふと、吸魔の墓の別名を思い出した。中にいる限りマナを吸われ続けるこのダンジョンは、マナの消費が激しいソーサラー達にとって鬼門とも呼ぶべきダンジョンだ。犠牲になったダンジョンアタッカーは、マナ枯渇症を起こして戦えなくなったソーサラーが殆どで、故に『ソーサラーの墓』と呼ばれるようになった。
もしかしたら、このイレギュラーって……。
「……ホント、ダンジョンっていうのは《《人を弄ぶんだな》》」
『|ォオオオオオオオオオオ《これいじょうきずつけないで》……!!』
“何してんだ!はよトドメ刺せ!”
“スイッチ動けー”
“さっさと終わらせたれww”
“これ消化試合やろ”
「……分かりました」
蛇腹剣はさっきの一振りで壊れてしまった為、ウエストポーチに仕舞っておく。次いで、最後のコアを破壊する為にOWを二つ取り出す。
一つは大弓。この武器を使える人は多くない。弦を引くのに多大な力が要るし、その上で敵を正確に射抜く腕前が無ければ使えないからだ。
もう一つは日本刀。スレで使いたい武器を安価で決めてもらった時に、先輩からお勧めしてもらった。
“でけえ!”
“何だこの弓!?”
“アーチャー専用武器じゃん”
“何で弓とポン刀を持つんだよww”
アーチャーというジョブがある。非常に珍しいジョブで、大弓を使いこなし、マジックスキル無しで複数のモンスターを単独で殲滅出来る、選ばれた人しかなれないジョブだ。
そして、アーチャーは《《弓矢以外も番える事が出来る》》。それに倣い、彼等の様に俺も日本刀を番える。
「ごめんなさい。一緒に死ぬ事は出来なくなりました」
『オオォォオ…!』
「代わりと言ってはなんですが、俺の名前の由来をあn……イレギュラーにだけ教えてあげます」
日本刀にマナを込める。そして、最後のコアが残っている、未だに無傷な黒い牙へ狙いをつける。
……ホントは『役目を果たしたんだから、いつ死んでも構わない』って思っていた。人の性は変えられないし、それは俺にも当て嵌まる。先輩の様に、誰かの為にその身を削るような心構えなんてしてなかった。
でも、俺の中には両親の想いがまだ沢山宿っている。その名前に込められた意味も。俺はまだ、その名に恥じない生き方をしてはいなかった。
だから、まだ死ねない。『戸張照真』という名前を、胸を張って言える様になるまで、死ねなくなった。
『ォオオオオオオオオオオ!!』
「さよならだ」
偉大な先達である皆さんの名誉は、これ以上傷付けさせません。もう解放されて下さい。
死して尚、ダンジョンに囚われている人達へ祈りを込め、矢を放つ。オレンジの閃光を伴う青い矢は、ヒビすら入っていなかった黒い牙を容易く切り裂き、その中に大事に隠されたコアを両断した。
『ォ、ォァア……!』
“ふつくしい……”
“流れ星みたい。綺麗だ”
“どこまでカッコいいんだよお前は”
“もう……もう…良すぎて言葉出ない”
崩れ落ちるイレギュラーに近付き、そっと口を寄せる。
「『少しでも多くの人を、正しく照らせる様に』照真って名付けられたんですよ、俺」
『……。………』
「……ご指導ありがとうございました」
パーティの大事さや心構えなど、多くの事を教えてくれたダンジョンと先人達に、深々と頭を下げる。
イレギュラーはオレンジ色の光に包まれ、霧散していき……ダンジョンには、静寂だけが残った。




