第66話 託すモノ
「サモン・ファイアーエレメント!」
ファイアーエレメントが召喚されると共に、花弁の一つが赤く輝く。
『ォォォオオオオオ……!!』
「フレアサイクロン・トリプル!」
壁から無数の岩の槍が飛び出す。アースレインか。あまにゃんさんがそれに対し、ヴァルカン・ロッド、ファイアーエレメント、花弁ファンネルからそれぞれフレアサイクロンが放たれ、巨大な業火の渦がアースレインを迎え撃つ。マジックスキル同士が激突し、僅かだがフレアサイクロンがアースレインを押し込む。しかし、敵には届かず相殺されてしまった。
「アイスプリズン!」
二つ目の花弁が水色に輝き、イレギュラーの片腕を巨大な氷の檻で拘束する。しかし敵の巨大さ故か、イレギュラーが囚われた腕を動かそうとするだけで檻にヒビが走り始める。
「ブレイク」
あまにゃんさんは顔色を変えず、続けてマジックスキルを唱え続ける。檻が自らヒビを増やして爆散、イレギュラーの骨の身体を僅かに傷付ける。イレギュラーはいきなり拘束が無くなり、バランスを崩した。
「クラッチアンカー!メイルシュトローム!」
三つ目の花弁が茶色に輝き、壁や地面からアンカーがイレギュラーを捕える。そして、巨大な渦潮が現れその巨体が呑み込まれた。
「天雷」
四つ目の花弁が黄色に輝き、上空からイレギュラーに劣らない巨大な雷が渦潮を直撃した。渦潮は電気を帯び、呑み込む全てを破壊する嵐と化した。
「……すげ…」
「初めて目にした時よりも、格段と強くなっているね」
“うおおおおおおおお”
“あまにゃんつえええええええええええ”
“本気じゃん!”
“可愛くてカッコいいとか最強じゃん”
“最強!あまにゃん最強!!”
これがあまにゃんさんの本気か。やっぱり、最初に見せてもらっていた実力はまだ余裕があったんだな。
色んなマジックスキルを使っているのは『並列思考』か。その上で、ヴァルカン・ロッドの花弁ファンネルの一つ一つがマジックスキルの補助と触媒となり、マナの肩代わりをしている。自分の武器を最大限に活かし、そしてそれに恥じない多彩な戦い方に、戦闘中だというのに見惚れてしまう。
しかし、だ。あまにゃんさんもそれが分かっているのか、油断せずに三つ星のマナポーションを取り出してマナを回復している。
『……オオ、ァァァァアァアアアアアア』
突如、渦潮が凍結し崩壊を始めた。そして、ガラガラと崩れていく氷の中から、ヒビ割れた身体を修復しているイレギュラーが現れた。
「………」
「ハァ…はっ、クソがよ……」
三つ星、いや四つ星以上のコアモンスターすら木っ端微塵に破壊出来るであろうエネルギーの嵐を受けて尚、イレギュラーの身体を完全に壊せない。苛立って、思わず愚痴が零れる。
《《後一歩》》。《《最後の一押し》》が足りない。今のあまにゃんさんの火力でさえ、五つ星コアモンスターを相手するには後少し足りないのだ。
『ォオオオオオオオオオオ!!』
「フレアドーム!」
イレギュラーが不規則に風の刃を放つ竜巻、サイクロンをあまにゃんさんに放つ。あまにゃんさんはその風の刃から逃げながら、フレアドームでイレギュラーの顔を覆い視界を奪う。
「はっ、はっ…!!ボルトスタン!」
僅かに避け切れない風の刃が皮膚を裂くも、彼女は怯む事なく死角に回ってマジックスキルを放ち続ける。
“マジか!?”
“あれ食らっても生きてるのヤバくね?”
“いけるいける!”
“流石あまにゃん!”
“あまにゃんイレギュラーと互角にやれてるやん!”
「しょ…スイッチ君。分かるかい?」
「え?」
「彼女のあの姿は、以前魔猪の塔でオークキングと戦った誰かさんそっくりだ」
俺を支えるというか、もたれかかっている様にしている先輩に言われ、あまにゃんさんを改めて見る。
彼女は強大な相手にも諦めず、己の全てを使って挑んでいる。明らかに己よりも強いであろうコアモンスターに、本気で勝つ気でいる。
先輩が言った通りだった。やり方は違えど、彼女のその姿は、かつてコメント欄に励まされ、オークキングに全力で挑んだ俺によく似ていた。
「彼女が言っていただろう?君が配信を通して伝えてきた生き様は、偽物なんかじゃないと。大事なのは、君が何者なのかじゃない」
先輩が俺の手を大事そうに取って、自分の手を重ねる。温かな温もりが伝わってきて、心が落ち着いていく。
「君自身が、託された想いを背負ってる事だ。大切な人達から託された想いを、君は否定するのかい?」
鼓動が大きく跳ねる。先輩の言葉が、沈んでいた俺の心を引き上げる。
そうだ。例え俺が戸張照真の偽者だったとしても、父さんと母さんから教えてもらった事は本物だった。二人がいなくなっても、それは今も俺を突き動かす原動力になって生き続けている。
なのに俺は、自分が化け物かもしれないという理由だけで、全て無かった事にしようとした。『人に迷惑をかけるから死んだ方が良い』だとか、『モンスターかもしれないから自分の行いは間違ってる』とか、都合の良い言い訳ばかりして、二人の想いを否定してしまっていた。
父さんと母さんがくれたものが、そんなに軽い筈がないのに……俺は、大馬鹿野郎だ……!!
「……ごめ"、な"ざい"」
「謝れたね、偉い偉い」
“言えたじゃねえか……”
“ちゃんと謝れるだけ凄いよお前は”
“まだ10代なのにそれだけ悩めるのは中々出来んわ”
“泣きすぎキッショwwwしかもファザコンマザコンwww”
“↑お前は◯す。絶対にだ”
“スイッチの家族愛を侮辱したな?法廷で会おう!”
“法廷「有罪。私刑」”
“スイッチ擁護過激派おって草”
“◯刑じゃなくて私刑なの逆に殺意高すぎてほんま笑う”
“全員でフルボッコにする気満々じゃねえかww”
“拙者青少年の涙に弱い侍!義によって助太刀致す!
“ネット民の方がよっぽどモンスターや”
涙を乱暴に拭い、俺の頭を撫でる先輩の手を握る。
「……ありがとうございます、先輩」
「君の心が晴れたなら構わないさ。それに、もう気付いているだろう?あのイレギュラーの原因が、《《君じゃない》》という事に」
「……はい」
“え!?”
“イレギュラーの原因スイッチじゃない?”
“あれ、じゃあ何だこいつ”
“スイッチが原因じゃないということは……”
“【朗報】スイッチ、ダンジョンアタッカー辞める必要無し”
「良し。今回の主役は、あまにゃん君に譲ってあげよう。行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
抉られた横腹はまだ痛む。けどあまり気にならない。
頭もズキズキと痛みが続く。でもどうでも良い。
それ以上に、心が熱く燃えている。燻っていたものが、あまにゃんさん、先輩、それにスレ民の皆さんの言葉によって、俺を突き動かす燃料となっていく。
『オオオオオオオオオオオ!!!』
「アイススパーク!!」
イレギュラーのフレアドームがあまにゃんさんを包む。あまにゃんさんは、ドームの一箇所に氷の稲妻を撃ち込み、僅かに開いた穴から飛び出してくる。
「オラアッッ!!」
それを狙ったかのように落ちてきた巨大な骨の掌を、殴り飛ばした。体勢を崩すまではいかなくとも、イレギュラーが怯む。
「ハァ、ハァ……スイッチさん!」
「ありがとうございます、あまにゃんさん。お待たせしてすいませんでした」
「……アハハ、いいえ。信じてましたから」
気丈に振る舞っているが、彼女の気力がさっきよりずっと少ない。当然だろう、イレギュラーの攻撃から逃げながら、自分もマジックスキルを連発していたのだから。ホントは今すぐにでも倒れてしまいたい筈なのに、彼女は俺に笑みを向ける。
こんなになっても、ずっと俺を信じて待ち続けてくれた事が嬉しくて、また心が熱くなる。
「……ははっ、お互いボロボロですね。どうです?」
「任せて下さい。スイッチさんこそ、マナ枯渇症は大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないです。でも、託されたので」
そう、託された。父さんと母さんだけじゃない、先輩からも。
「だから、俺も戦わせて下さい」
「……はい!喜んで!」
“うおおおおおおおおおお!!”
“ついに共闘か!”
“やっとパーティらしくなってきたじゃないか……”
“即席で組んだからしゃーないとはいえ、個々の力が強過ぎたからな”
でも、ただ託されるだけじゃ駄目だ。今度は俺が、誰かにこの熱を託す番だ。
「スレ民の皆さーん、観てますかー!?これから皆さんを分からせまーす!」
“は?”
“何言ってだこいつ”
“イレギュラー分からせろや”
「スイッチさん?」
「皆さんには、人の運命を変えられるくらいの凄い力がある!それを今から分からせてやります!」
託された想いは消えない。馬鹿馬鹿しいくらいに単純で、けれど最も純粋な想いを、今度は俺が沢山の人に託していく。
「皆さんが信じて応援してくれたから、俺がここで立ってるんです!皆さんには、人を奮い立たせる力が宿ってる!そんな皆さんなら、どんな困難も乗り越えていけます!!だから、苦しい人、辛い人、今が上手くいってない人も!」
どんなアホでも、《《こんな大馬鹿野郎》》でも。誰かの為を思えば、こんな凄い事が出来るんだって。スレ民の皆さんは凄いんだぞって、今度は俺が伝えたい。
「俺を見ろ!!」
この熱だけは否定させない。
「皆さんが何かの理由で燻っているなら、俺達がその心を燃やして、奮い立たせてやりますよ」
俺だって、皆さんには『笑って生きていて欲しい』んだ。
「かかってきな、不条理」




