第65話 受け継がれるもの
「ぁ……?」
腹部に鋭い痛みが走り、思考が強制的に中断。思わず膝をついてしまう。
今のはエアバレットか。思考が鈍っていたし、考え事をしていたせいで反応が遅れてしまった。
けど、何で今のマジックスキルが、俺の身体を抉れたんだ?コイツにそこまでの強さは見えなかったのに。いやそんな事よりも。
“そりゃ魔猪を統べる者を取ってからでしょ”
“魔晶食ってからじゃねえのかよww”
“魔晶食う前からかもしれないって事?”
“あー確かに普通は魔晶を食べようなんて思わないわな”
“どした?”
『ォォオオオ……』
「はっ、はっ…!嘘だろ、いつから…?」
思い返せば返すほど、自分が分からなくなっていく。
D災の時五体満足で生き残れたのは何でだ?病院をすぐ退院出来た理由は?運が良かったから?スキル『覚醒』を持っていたから?身体が強かったから?
俺がモンスターだったから?
“スイッチ?”
“おいどうした”
“あまにゃんと先輩が戻ってんぞw”
“大丈夫かー”
“動け動け”
思考がぐちゃぐちゃになっていく。目の前に倒さなければいけない敵がいるのに、最悪な考えに思考を埋め尽くされる。
もし、俺がホントにモンスターだったら。
俺の父さんと母さんは?
二人は間違いなく人間だった。
俺は?
もし俺がモンスターだったら……
両親の記憶は偽物だったのか?
あの愛も、偽物?
「…ェエ"ッ」
吐いた。吐瀉物が撒き散らされ、地面を汚す。
次の瞬間、地面から岩の槍が飛び出し、俺を吹き飛ばした。
“!?”
“おい!!”
“スイッチ!?”
“何された!?大丈夫か?!”
“二人が戻ってるぞ!頑張れ!!”
受け身を取る力も無く、地面を転がる。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
父さんと母さんがくれた愛情は《《人間の》》戸張照真に与えられたもので……じゃあ俺は?《《モンスターの》》戸張照真は一体何なんだ?ホントは最初から俺はモンスターで戸張照真という人間を……
「ッア……ェエ…!」
お腹がグチュグチュと煮える感覚がして吐き気が止まらない。口から黄色い液体が出ていくのを見ながら、今度は冷たい感触が横から飛んできる。ハンマーで殴られた様な衝撃が響き、ゴロゴロと地面を転がる。
『ォオオオオオオオオオオ!!』
黒い牙が抉れた腹部に突き刺さり、身体が浮く。頑強さを誇る俺の身体を、黒い牙は簡単に食い破った。
「ガッ、ハ……!」
“うわああああああああああ”
“え、これヤバい?”
“スイッチが攻撃をまともにくらってる!?”
“スイッチ何があった?!”
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。手放したくない。あんなに温かいモノを失くしたら俺が俺でなくなってしまう。いやそもそもそれは本物の戸張照真のモノじゃないのか?じゃあ俺は?俺には何も……
自分という存在が崩れていくのを感じる。視界が明滅し、世界が色を変え続けている。それに目を背ける様に敵に攻撃された事を思い出し、自分の身体が動くか確認する為に、腕へ目をやる。
俺の右腕が、白いブヨブヨの皮に変貌していた。
「うぉぉアアアアアアアアアアアア!!!」
「危ないッ!」
腕を切り落とそうと振り下ろした手刀を、誰かが掴む。そして万力の様な力が、俺を拘束した。
「解毒剤を!」
「はい!」
次いで、口に何か押し込まれる。思わず飲み下してしまった途端、世界が正常な色を取り戻した。
「ぅあ……!?」
「……うん、眼の色が正常に戻った。幻惑の毒が消えたね」
「はっ……はっ……せん、ぱい?」
耳元で囁かれる甘い声に振り向くと、先輩が俺の身体に密着していた。どうやら、さっきの拘束は先輩がしたものらしい。
「あれ、何で……」
「スイッチさんが危ないって、コメントで教えてもらったんです」
解毒剤の空き瓶を持ったあまにゃんさんが、俺を抱き起こす。そのまま俺を胸に抱き締め、両腕が優しく包み込む。
「ファンの皆さんが、スイッチさんが本当はモンスターなんじゃないかって言ってました。最初からモンスターだったから、こんな目に遭ってるんだって」
「………」
心が深く沈んでいく。もう自分が何なのか、それすらも分からない。
やっぱり、俺は……。
「でも、アタシはスイッチさんは立派な人だって知ってます」
「ぅえ……?」
思わずあまにゃんさんを見上げる。彼女は優しく微笑んで、まるで赤子をあやす母親の様に俺の頭を撫でていた。
「アタシを救ってくれた人が。アタシに勇気をくれた人が、人を危険に晒すモンスターなんかじゃないって事は、《《アタシが1番》》知ってます「あ"?」。スイッチさんのファンの皆さんも、それを分かってるから応援してくれてるんだと思います」
“いい加減米に気付けスイッチ!”
“出すもん出してスッキリしたか?”
“毒?何で効いたんだ?”
“お前はある意味モンスターだけど聞き分けのある良いモンスターだぞ”
“スイッチそこ代われ”
“あまにゃん代わってくれ私が抱く”
“↑おいばかやめろ”
言われて、コメント欄を見る。スレや配信で俺を知ってるスレ民の人達が、相変わらず揶揄い混じりに俺を応援……応援?まあ声を掛けてくれていた。
「……でも…」
「アハハ、これだけじゃ難しいですかね?それじゃあ、今度はアタシが教えます」
あまにゃんさんが俺を放す。足に力が入らない俺の身体を、今度は先輩が支えた。
一瞬、あまにゃんさんと先輩の視線が交錯した。火花が見えたような気がしたのはまだ毒が抜け切ってないからか?あまにゃんさんは踵を返し、さっきまで俺が戦っていたイレギュラーと対峙する。
「あ、あまにゃんさん……」
「スイッチさんが教えてくれた生き様は、偽物なんかじゃありません。スイッチさんの家族への想いも、アタシ達に与えてくれた希望も!全部貴方が教えてくれた《《本物の気持ち》》です!」
“そうだそうだ!”
“俺はお前が何だろうと気にしないぞ”
“お前はお前のままでええんやで”
“三鶴城礼司:人の為に泣ける君は、モンスターなんかじゃないさ”
“BOT!?”
“三鶴城礼司も見てるぞ!”
「皆、貴方を独りぼっちになんかさせません。それでももし、貴方が自分を疑ってしまうなら……」
ヴァルカン・ロッドの中央に嵌め込まれた魔晶が光を放ち始める。五つの花弁がロッドから外れ、ファンネルの様に彼女の周りを回る。
「アタシが貴方を信じます。そして信じてます。貴方から貰った生き様と勇気は、こんなイレギュラーなんかに負けないって」




