第64話 vsイレギュラー
“今何つった?”
“道連れ?”
“お前死ぬの諦めてなかったんか”
“オイオイオイ”
『ォオオオアアアアアア!!!』
「ふっ……!」
巨大な手が、横から地面を薙ぎながら迫ってくる。それを跳んでかわし、頭部へ肉薄する。
「オラッ!」
ハントガントレットを装着し、頭部を粉砕しようと額を目掛けて全力で殴る。
『アアッッ!!』
「っ!?」
イレギュラーが頭部を振り、黒い牙で俺の拳を受け止められる。ガギン、という音が響き、イレギュラーの巨体と重量差で俺の方が吹き飛ばされる。
「ハッ、ハッ……!チッ、今の本気だったんだけど、ヒビも入らねえのかよ」
それにあの黒い牙……まるで俺の纏魔気鱗の様に、マナと気が混ざり合っている。
“一緒にやれば良かったやんけ”
“何でお前だけ残ってんだよ”
“何したかったん?マジで”
「いや……多分イレギュラーが出たのって俺のせいなんで。ダンジョンの防衛機能がコイツを作ったんじゃないかなって」
“あー”
“イレギュラーが生まれる原因作ったのお前かよ”
“自業自得じゃねーか!”
“お前さぁ…”
降ってくる骨の手を掻い潜り、距離を取る。あまりに巨体だから、コアの位置が見えにくいなコイツ。
「そうなんですよね……それで、二人を巻き込んじゃいました。死にたい」
“ちゃんと謝れ”
“いやさっき謝っとけよ”
“さてはプライドが邪魔したな?”
再び横薙ぎに振るわれた手を、イレギュラーの指先の骨を殴って砕くことで回避する。圧倒的に硬いのは牙だけか。他の白い骨の部分は、とても硬いぐらいで、本気でやれば壊せそうだな。
「はいそうです、迷惑かけた事言えなくてカッコつけましたすいません……確かあまにゃんさんの配信も観てる人いましたよね?死んで詫びますって伝えて下さい」
“自分で行って土下座して?”
“ざけんなボケ”
“お前のタヒにます宣言は洒落にならんからやめろ”
“ちゃんと面と向かってごめんなさいしろ”
試しに他の部位も狙う。のしかかろうとしてくるイレギュラーの肋骨をすり抜け、背骨を全力で蹴り上げる。イレギュラーが浮き上がり、骨にヒビが走る。指先の骨とは違って、デカいから威力が分散されたな。
「せんぱあああああああああい!!あまにゃんさあああああん!!俺のせいで迷惑かけてごめんなさああああああああああい!!!!」
“うるさっ!?”
“ヘッドフォンワイ、無事死亡”
“あまにゃんの配信画面からも聞こえてきて草”
“二人立ち止まってんぞww”
“てか普通に渡り合ってるやんけ!”
「このイレギュラー俺のせいだと思いまあああああす!!ホントにすいませんでしたああああああ!!!!」
“うるせえええええ!!”
“自分で謝罪しろって米が言うから……”
“米欄見ながらイレギュラーボコってんだけどホントにタヒぬ気ある?”
“スイッチマジで強いな”
「ゴホッ!ゴホッ……あー、いやコイツ。《《良くてオークキング》》ぐらいの強さはあると思ったんですけどねぇ」
コアは全部で4個……だと思う。骨が硬く攻撃が通りづらいが、それだけだ。魔猪の塔にいたアイツは、もっと強かった。
「けど、お前はデカくて硬いだけだな」
“草”
“やっぱお前おかしいよ…”
“イレギュラーに対して出てくる感想がそれでいいのかw”
“イレギュラーはお前じゃい!”
唯、自分の力がいつもより入ってない。1撃目より2撃目、そしてさっきの攻撃も、全力で殴る度に力が抜けているのが分かってしまう。
マナ枯渇症……知ってはいたけど、実際になるとこんなに苦しいのか。頭痛いし息切れするし症状が酷くなると確か……。
「ハァ……ハァ…ゴホッ、ゴホッ!頭痛え……」
“マナ枯渇症か”
“そういやそうか。最下層はもっとマナ吸われるしな”
“普通そんな状態でイレギュラーと戦いながら俺らと喋れないんだわ”
“イレギュラーに対してビビってたのに、いつの間にかスイッチにビビってる俺がいる”
“↑おまおれ”
思考が混濁していく。そうして、どんどん自分がやってしまった事に対する後悔が押し寄せてきて潰れそうになる。
最低だ。今の俺は最低だとしか言えない。ダンジョンにモンスター扱いされた事に血が昇って、ひたすらダンジョンを蹂躙した上に、イレギュラーまで出現させてしまった。しかも、無関係な人を二人も巻き込んで。
ここで俺がイレギュラーを狩れずに死んだ場合、このイレギュラーがダンジョンから出てしまう可能性だってある。そうなったら、もっと多くの人に迷惑をかけてしまう。
何より駄目なのは、俺がダンジョンに潜り続ける事で、ずっとその危険が付き纏うという事。それだけは駄目だ。最悪、福平の様にダンジョンがスタンピードを起こしてしまう事だって考えられる。
俺を掴もうと伸ばしてきた掌を跳んでかわし、両手で鉄槌を作り叩きつける。骨が砕ける音と共に、イレギュラーがバランスを崩して倒れる。
「あぁ……決めた。俺、ダンジョンアタッカー辞めます。こんなのが続いたら大変ですし」
“天職だと思ってたんだがな”
“これはしゃーないか”
“魔晶なんか食べるから……”
“魔晶食べる奴は擁護出来ないかなぁ”
「ハァ…でも、何で魔晶が美味しそうに見え……た…………」
違和感。それも強烈な。
魔晶は食べる物じゃないというのは分かる。重要なエネルギー資源だし、売れば相当なお金となるからだ。
だが、美味しそうに見えるというのは俺だけ。そもそも、《《食べれるなんて誰も思ってなかった》》。
待て。待て待て待て。おかしいおかしい。何で俺は魔晶が食べれるなんて思った?何であの時食べるのを抑えられなかった?
『君は、このダンジョンにモンスターと思われてるのかもしれない』
思い出すのは、魔猪の塔。
ダンジョンに入る前から俺の存在を感知し、牙を飛ばしてきたイジェクションボア。
2階に上がる前から扉を破壊し、俺を迎撃する準備を整えていたガトリングシェル。
ダンジョンの防衛機能は、他種族のモンスターを優先的に排除しようとする。
“どした?”
“何か気付いた?”
“棒立ち……マナ枯渇症が辛いんか?”
“顔真っ青やんけ。大丈夫か?”
「俺って、いつからモンスター扱いされてたんだ…?」
パン、という軽い音と共に、黒い牙から放たれた風の弾丸が、俺の横腹を抉った。




