第63話 吸魔の墓・最下層
ダンジョンを掘り進めてすぐに、地面を破壊する感覚が無くなって宙へ放り出される。しかしそれは予想済み、すぐさま着地の体勢を取る。
「ヒーロー着地!」
「ふむ」
「エアバースト!」
俺は言葉通りヒーロー着地で、先輩はまるで重力が無いかの様に静かに、あまにゃんさんはマジックスキルで下に風の衝撃波を放つ事で、重力を相殺して地面に降り立った。
“ヒーロー着地は身体に悪いぞ”
“でもカッコ良いだろ”
“伽藍堂シスターはともかく、あまにゃんは良く飛び降りれたなw”
“こんな無茶出来る子じゃなかったような……”
「…ん?」
しかし、すぐに違和感に気付く。ここの部屋にいる筈の主がおらず、不気味な静寂に包まれているのだ。
「ここのボスはドラゴンゾンビの筈……」
「……おかしいね。私達以外にダンジョンアタッカーがいない以上、ボスモンスターはダンジョンに残っている筈だ。もしや……」
“あれ?ボスは?”
“ボス逃げた?ww”
“しゃーない。キングコングの襲来は誰でも逃げる”
“真面目に言うと、ボス部屋にボスがいないのは変だな”
“何でだ?”
コメントも異変に気付いた途端、ダンジョンが揺れる。ダンジョン内のマナが、あまにゃんさんがサモン・ファイアーエレメントを使用した時と同じようにコアを形成していく。
「……え?」
あまにゃんさんが呆けた声を出す。俺も、そのモンスターから目が離せなくなった。
現れたのは、人骨をそのまま巨大化させたようなモンスター。所々肉片が付いている骨と上半身しか無いが、ボス部屋の半分を埋め尽くす程に大きい。
異様なのはその頭部。人の頭に似ているが、額と頭から合計3本の巨大な角が生えている。顎の部分からは1対の黒い牙が生え、その異様さを加速させている。
「…先輩、これ」
「……イレギュラー」
『ォオオオオオオーーーーーッッ!!!!!』
咆哮が、空気を揺らす。
イレギュラー。ダンジョンが何らか理由で、今までとは違う新種のモンスターを生み出す現象。世界でも何度か確認されているが、依然理由は不明のままとなっている。
そして、イレギュラーの暫定的な危険度は、《《最低でもダンジョンに付けられた星の数+2》》である。
しかし、このタイミングで起こったって事は……。
“ああああああああああああ!?”
“何これ”
“ぎゃあああああああああああ”
“逃げろ!!イレギュラーだ!”
“イレギュラー!?嘘だろ!?”
「先輩!あまにゃんさん!!」
「あ、アタシは大丈夫です!!」
混乱しているコメント欄を気にする暇も無く、二人に声を掛ける。あまにゃんさんは動揺しているが、事態の深刻さは理解出来ているらしい。
「ボス部屋の出口は閉じられているね」
先輩は既に出口の確認をしてくれていたようだ。しかし、齎されたのは最悪の情報。抜けてきた天井は高過ぎる。俺と先輩はともかく、あまにゃんさんは厳しいだろう。
「……先輩なら、あの程度の扉は壊せますよね?」
「無論だ。イレギュラーの事は、既にDAGへ報告済みだ」
イレギュラーが発生した場合、すぐにDAGへ報告する義務がある。イレギュラーは、一度出ればそのままダンジョンから生まれ続けるが、ボスモンスターがイレギュラーになったという例は聞いた事が無い。どうなるのか、誰にも分からない。
頭がガンガンと内から殴られる様な痛みに顔をしかめながら、イレギュラーへ一歩踏み出す。
“おいどうすんだよ”
“逃げろスイッチ!”
“あまにゃんだけでも逃がせ”
“大丈夫かスイッチ”
「先輩はあまにゃんさんをお願いします」
「えっ!?アタシは大丈夫です!やれます!!」
「……君は?」
「コイツは、俺がやります」
“は?”
“いや何でやねん”
“伽藍堂がいるんだから任せろやw”
“お前とあまにゃんが逃げろや”
“でもスイッチならいけんじゃね?”
二対の強い意志を秘めた瞳が俺を貫く。でも、今回だけは譲るわけにはいかない。
先輩なら、こんな敵でも秒殺……いや瞬殺してくれるだろう。だが、それじゃ駄目だ。それだと、このダンジョンに特攻した責任の尻拭いを先輩にさせる事になる。あまにゃんさんは、俺がモンスターホイホイになってるのにも構わず付いてきてくれた。それには感謝しか無いが、流石にこれ以上危険に巻き込む訳にはいかない。
それだけじゃない。このイレギュラーから感じる肌を震わす圧力。オークキングと同等か、もしくは……とにかく、今のあまにゃんさんでは分が悪いとしか言えない。先輩もそれに気付いている。誰かがコイツを食い止めて被害を抑えながら、彼女を脱出させるのがベスト。そして、俺ならばある程度戦えて時間稼ぎが出来るし、先輩も護衛に専念出来る。だから先輩は特に何も言わないのだろう。
けど、本当の理由はそんな事じゃない。
「俺がやらなきゃ……」
もしコイツが生まれた原因が、俺のダンジョンへの侵略行為のせいだとしたら?
他のダンジョンでもまた同じような事が起こるのか?
俺がいるせいで無関係な人達を巻き込むのか?
それでは、《《味方諸共攻撃してくるモンスターと同じ》》ではないか。
「……あはは、なんてね。俺が買った喧嘩なのに、二人に任せるなんてダサい事したくないだけですよ。だから、後はお願いします」
「……彼女を送ったらすぐ戻ってくる。無茶は厳禁だぞ」
「…待ってますからね!」
先輩が出口の扉を切り開き、二人が逃げて行く。イレギュラーを見据えながらそれを横目で見届け、俺は安堵の息を漏らした。
「……すいません先輩、あまにゃんさん」
“お前馬鹿か?”
“はよ逃げろ”
“イレギュラーがどんなヤバいか分かってんのかよ!?”
“お前万全じゃねえだろ。どうすんだよ”
“あまにゃんを逃がしてくれた勇気はかうぞ”
……生きたいって思えたんだけどな。でも、『人が嫌がるような事はしてはいけません』って、父さんと母さんに言われてるからね。
だから俺は、ここで死んだ方が良い。
「……スレ民の皆さーん、ごめんなさい。コイツは外に出さないんで安心して下さいね」
“何故謝るし”
“おい”
“この感じ知ってるぞ?”
“スイッチ何する気だ”
“逃げろや”
けど、最期まで『人』として。誰かを守る為に死ぬ。
「俺は寂しがり屋なんだ。テメエを道連れにしてやるよ、イレギュラー」




