第56話 周心輪の憧れ
「……………この人、凄い」
素手なのに、冗談みたいな強さで瞬く間にコアモンスター二体を秒殺したその人、スイッチさんは同接が増えてる事に気付いて自己紹介をしていた。
「……嘘………」
そして愕然とした。彼のこれまで、そしてこれからを聞いて。
D災。エリカさんや多くの人達の人生を奪った、最悪の災害の被災者。彼は、自分の今までの人生が終わった後の世界を、独りでいかなければならなかった。
普通なら立ち直れない。だって、その場に行っていなかったアタシや、カズヤさんやモモカさんでも、完全に立ち直る事が出来なかったんだから。そんな災害を直接目にした人なら、モンスターを見ただけで、恐怖で震えが止まらなくなってもおかしくない筈なのに……。
笑いながらオークジェネラルを素手で蹂躙する彼を観る。アタシとは次元が違う強さ。でも、単に身体が強いというだけじゃない。手近な物を武器にする発想、魔眼を使った見切り、マジックスキルの解析……一見単純なやり取りの中で、とてもレベルの高い攻防が行われているのが分かった。
そして、あのオークキングに殺されるかもしれないのに、彼は嬉しそうに笑う。
「どうして、貴方は笑えるの…?」
彼は自らの境遇を笑い、死を見て笑っていた。
彼の方がよっぽど辛い筈なのに、どうして泣き言も言わないの?
強いから?いや違う。気にしてないから?そんな訳ない。
もうすぐ死ねるから?エリカさん達が命を懸けて繋いだ命を投げ捨てるの?
もしそうなら許せない。でも……。
「アタシがスイッチさんの立場なら……」
自殺する。だってアタシも、そんな絶望と孤独になんて耐えられない。
でも彼は何も言わない。泣き言も、恨み節も、全部独りで呑み込んで、戦いに挑んでいる。
その姿が、眩しく映った。
『はははははははっっ!!』
狂った様に笑いながら、彼はオークキングに立ち向かっている。
彼我の差は圧倒的で、どんどんボロボロになっていく姿は見ていて辛くなる。なのに、彼から目が離せなくなっていた。
そして、彼が再び立ち上がった姿が。全身全霊で『生きたい』と叫びながら戦う姿が、あの日の憧れと重なる。
コメントの人達の応援を見て嬉しそうに笑い、彼自身も観ているアタシ達に勇気を届けてくれる。
アタシがなりたかったアタシが、そこにいた。
『ホントは、今日が最初で最期のつもりでした。でも、皆さんがいてくれたから、俺はまだ頑張れました』
気が付いたら、涙が溢れていた。彼の奮起が嬉しかったのもそうだけど、それ以上にアタシ自身の不甲斐なさに、涙が止まらなくなった。
強くなりたいと願っておきながら、誰かに理由を求めた愚かさに。
強くなれない理由さえも、誰かに押し付けた理不尽さに。
「アタシ、馬鹿だ……!」
ずっとアタシを応援してくれていたお父さんとお母さん。歳の離れた妹の様に優しくしてくれたエリカさん、カズヤさん、モモカさん。アイドルの側面しか見ていなくても、アタシを心から心配してくれたファンの皆。
恵まれた環境に身をおきながら、何も気付く事が出来なかった。ずっと、アタシを導いてくれていた。
数え切れない程沢山の人達が、駄目なアタシを支えていてくれた事に、今更気付いたんだ。
「アタシ、分かったよ……!貴方の、お…がげでぇ……ッ!」
スイッチさんの言葉の一つ一つが、全部アタシに向けられているようで。傷だらけの心が、優しく包まれる。
「ごめんなさい……ごめんなさい…!!」
エリカさんの死を、自分が立ち止まる理由にして。
カズヤさんやモモカさんが変わった事を、自分が強くなれなかった言い訳にして。
強くなる理由を、ずっと忘れていて。
「ぁ、あぅああ……ああああああああ……ッッ!!」
ずっと溜め込んでいた何かを身体から吐き出す様に、アタシは泣き叫んだ。
「お父さん、お母さん。アタシ、ダンジョンアタッカーを続ける」
スイッチさんの配信の次の日。アタシは二人に宣言した。
「あらあら〜」
「もう大丈夫なのか?まだ無理を…」
「ごめん、お父さん。でもありがとう、もう本当に大丈夫だから」
お母さんは、アタシの答えが分かっていたかの様にニコニコと笑っている。お父さんは少し悩んだ後で、「こういう所は、母譲rいだダダダ!!?」と、何か言おうとしてお母さんにどこかつねられたのか、痴話喧嘩を始めた。
アタシが悩んでいる時にずっと傍で心配してくれて、アタシの意見を尊重してくれる優しい両親に、笑みが零れる。そして、二人を必ず護ると決意する。
もう逃げない。今度こそ、アタシは本当の意味で強くなる。
憧れのあの人に負けない為に。
「アタシ、本気で強くなる事に決めました」
配信でも宣言し、今まで行かなかった三つ星ダンジョンにも挑む様にした。
“あまにゃんがんばえー!”
“こんな強かったんか……”
“え、ガチで強いじゃん。ずっと手加減してたんか?”
「実は、ずっとダンジョンが怖くて……安全マージンを多めにとってました。でもある人に勇気を貰って、このままじゃ駄目だと思ったんです」
アタシは、自分で思っていた以上に強くなっていたらしい。ずっと怖くて仕方なかったコアモンスターやダンジョンを、軽く雑談しながら突破出来るくらいには力を付けていた。
でも、まだ足りない。アタシを救ってくれたあの人は、もっと先を行ってる筈だから。
「マナポーションは後半分……」
“大丈夫?”
“ここらで一旦切り上げるのもアリ”
“ソーサラーがソロで2層の奥まで来れただけでも凄いよ”
コメント欄が、この辺りがアタシの限界だと諭そうとしてくる。でも、それには目もくれない。幸い、接敵した数は少ない。もう少し先へ進める筈。
吸魔の墓に来たのは、ソーサラーであるアタシの武器「ヴァルカン・ロッド」の核でもある魔晶を取りに行く為。そして、アタシ自身も安全マージンを捨てて強くなる為。
でも、ファンには言ってないけどもう一つ。
吸魔の墓は山櫛県にある。もし、あの人がまだ山櫛にいるなら。このダンジョンじゃなくても、DAGに寄ったついででも良い。会って、お礼を言って、それから……
「ヒャッハー!汚物は消毒だー!!」
後ろから、憧れが火炎放射器で敵を焼き払いながら迫ってきた。
え?あこ、がれ……幻覚かな?こんな世紀末な人だったっけ?




