第50話 伽藍堂叶の優越
(ああ、やはり素晴らしい)
伽藍堂叶は興奮していた。
目の前に彼がいる。画面の向こうや夢の中ではなく、すぐ触れる場所に。
「オラアッッ!!」
彼ーー戸張照真はスイッチと名乗り、現在かなりの数の敵と戦っている。あらゆる武器の中でもトップクラスの重量を持つ金砕棒を、軽々と扱っている。鉤爪部分をフォグマミーの肋骨に引っ掛け、フォグマミーごと金砕棒を振り回す。モンスターの肉体も武器の一つにして、スケルトンやポイズンスティングを薙ぎ払う。
突発的に発生した暴力の台風。近くの敵は勿論、飛んでいる敵も鉤爪で引っ掛け、その規模は大きくなっていく。
“そうそうこれこれ!”
“スイッチに金砕棒相性良くね?w”
“正にゴリラの戦い方やwww”
“いけええええええええええ”
(君なら《《私達の子供》》を上手く扱えると信じていたよ)
そんな彼の様子を見て、伽藍堂叶は満足そうに頷く。
オーバードウェポンの事は嘘では無い。今回の性能テストで及第点以上の成果が得られれば、いずれトップダンジョンアタッカーへの完全受注生産用の新装備として世に送り出すつもりだ。
そして、『試作品』だからと言って彼に渡したオーバードウェポン。
ウ ソ で あ る 。
試作品などではない。彼女は、スイッチの配信画面に映し出された手の形や大きさを算出し3Dプリンターで再現、彼の手に合うように今回のOWを製作した。
脚も同様。設計図の作成から仕上げまで全て、誰の手も借りる事なく作り上げた、伽藍堂叶の手作りである。
全ては、彼の衣類から武器、果ては食事に至るまで自分の色に染め上げる為。
彼女が彼の為に、私財を擲って造り上げた、『二人の子供』とも言える武器。それが今回のオーバードウェポンなのである。
そんな事とは露知らず、スイッチはモンスター達を蹂躙していた。
「トドメッ!」
マナを金砕棒に流し、ウォーハンマー形態へ移行、引っ掛けていたフォグマミーを地面へ叩き潰した。気付けば、敵は全て素材になっている。
初めて触れた巨大な武器を使いこなし、傷一つ負わずに完勝する。彼の天性のバトルセンスと常識はずれな肉体が可能とした、彼らしく豪快な戦い方だ。
「これ良いですね。凄く持ちやすくて、重さも丁度いい感じです」
屈託なく浮かべる笑顔。普段はカッコいい部類に入る顔をふにゃりと崩し、柔らかく可愛らしい笑顔になる。それが自分に向けられ、彼女は正に天にも昇る心地だった。
今すぐ彼を拉致監禁して独り占めしてしまいたいという衝動を抑え、彼女は微笑む。
「ふふ、それは良かった。他にも色々取り揃えているから、他の武器のフィードバックもお願い出来るかな?」
「はい!」
“二人だけの世界に入らんでもろて”
“叶たん可愛いなぁ”
“空気おかしくね?”
“スイッチ大丈夫かー?”
それにしても、と叶はチラリとモンスター達がいた場所を見やる。
(彼のモンスターへの殺意は凄まじい。普段話している時の、明るく穏やかな態度が鳴りをひそめ、最早二重人格を疑う程だ)
“俺ダンジョンアタッカーだけどスイッチの殺意エグいわ”
“魔猪の塔でもそうだったけど画面越しでも分かる殺気はヤバいっしょ”
“トドメの言い方怖すぎ”
「え?だって俺コイツ等に人生ぶっ壊されたんですよ?」
“あっ……”
“そうだった。D災の生き残りだもんな”
“悪かったから殺気しまってくれ”
「そうだね。そこから君は這い上がってきたんだ。偉い偉い」
さりげなくスイッチの髪に触れ、頭を撫でる。彼は頭を下げ、彼女の撫でやすい様に調整している。それが堪らなく庇護欲を刺激するが、鋼の精神で押し留める。
「ありがとうございます先輩。ごめんなさい」
伽藍堂叶に謝るスイッチ。
スイッチは「先輩はホントに優しいなぁ。こんな良い人が学校にいるんだから、やっぱり皆からも好かれてるんだろうな」と思っている。その上で、やはりダンジョンで不埒な考えは駄目だと考え、彼女に申し訳ない気持ちで一杯である。
「ん?何故謝るんだい?」
一方、伽藍堂叶は違う。
彼女が優しいのは、自分に純粋な好意だけで接してくれるスイッチだけであり、それ以外はじゃがいもや人参と同じである。スクールカーストを気にしている学校の連中など当然眼中にない。スイッチとは相思相愛だと思っている伽藍堂叶が今のスイッチの胸の内を知れば、彼女は瞳のハイライトを消して彼を拉致監禁し、如何に自分が彼を愛しているかベッドで語り続けるだろう。
又、彼が伽藍堂叶に向けて「可愛い」などと言えば、その時点で彼女に言質を取られやはりお持ち帰りされていたであろう。『沈黙は金』とは素晴らしい格言である。
“イチャつくな”
“カップルかな?”
“おいスイッチそこかわれ”
“ダンジョンやぞ”
“↑あんまり強い言葉を使うなよ。俺達に矛先が向くだろ”
「そうですね、すいません。そろそろ行きましょうか」
「ああ、そうだね。次の武器は……」
(チッ。これが配信中でなければ、もっと彼と触れ合いながら話せるのに。しかし彼の配信を邪魔する訳にはいかないか)
だが、焦る必要は無いと彼女は考えている。
最早スイッチこと戸張照真と伽藍堂叶のコンビは配信で生放送され、名実共に先輩後輩の間柄となった。そして(入り口で会った時に恐怖の顔を浮かべられた理由は謎だが)距離感の近さでもスレ民達を圧倒。
自分の優位性を盤石なものとした今、後はゆっくりと外堀を埋めていけば良い。ネットリテラシーや倫理観など、モンスターにでも食わせてやれば良い。
《《彼の親族にそうしたように》》。
問題があるとするならば、寧ろ彼の方だと伽藍堂叶は考えている。
(スレ民といい、三鶴城礼司といい、彼は簡単に人を信用し過ぎじゃないか?まったく…私だから良かったものの、純真過ぎて少し心配だ。そんな所も可愛くて仕方ないんだが。やはり、彼は私が守護らねばならぬ…!)
同時刻、どこかのギルドマスターは同じように「俺が守護らねばならぬ…」と彼の配信を見て呟いていた。
そうして、破滅的なすれ違いをしたまま、彼等は揚々と吸魔の墓の一層目を突破していった。




