第41話 羽場童剛の述懐3
室内の各所に監視カメラとボイスレコーダーを設置し、目の前の相手と対峙する。
「いやいや、突然の訪問にも対応していただき、ありがとうございます」
抜け抜けと言い放つ男を、羽場は白い目で見つめる。
「実は先日、とあるダンジョンアタッカーの方の配信を拝見しまして。それが何と山櫛の魔猪の塔ではありませんか!やはり弊社としては、普段よりご愛顧いただいているDAGさんとの関係を…」
「御託は結構。わざわざ夜更けに連絡してきたのはどういう了見で?」
聞いてもいない事をベラベラ話す男に、既に羽場は嫌気がさしていた。元々腹芸は得意ではない。通用するとしても、余程の馬鹿か格下相手のみで、海千山千の商機を見逃さない相手には分が悪い。故に、唯威圧感のみで応対する。
「これは失礼を。その配信を行なっていたダンジョンアタッカーなのですが、実は私の親戚の子だったのです」
(知ってるぞ。貴様が彼の義援金を丸々奪った事もな)
「私事なのですが、とある事がきっかけで親権管理権を失ってしまい……あの子が大変だった時に何も出来ず、忸怩たる思いだったのです」
(そもそも貴様が扶養義務を負いたくないが為に無理矢理縁を切ったからな)
「ですから、配信でダンジョンアタッカーとして活躍しているの目にした時は安心しました」
(ああ、コイツは彼が本当に死ぬ気でダンジョンアタックしていた事すら知らないのか)
「私にそんな事を言う資格など無いのでしょう。ですが、私は彼を今度こそ支えてあげたいのです。彼にとって、肉親に近しい存在は、もう私しかいないのですから」
縊り殺してやろうか。
口に出かけた言葉をグッと堪える。この男と自分が同じ穴の狢である事は理解していたので、冷静に頭を回す。
(よくもまぁ、ここまで嘘八百を並べられるものだ。自分の会社の利益しか見てない事が丸分かりだぞ)
「彼へ支援をしたいと?」
「はい。我が社の総力をあげ、可能な限りの事はさせていただきたいと考えております」
「今の彼の後見人はオレだ。そういった話は、オレも同席させてもらう」
「え……いやしかしーー」
「未成年後見人とは、本来そういうモノだ。違うか?」
「………いえ」
あからさまに顔に不満の色を出さないのは、流石、一経営者のトップまで登り詰めた男だと言える。しかし、後見人が自分になっている事までは知らなかったようだ。
恐らく、戸張一人だけならば幾らでも言いくるめる事が出来る。そう考え、羽場を排除したいのだろう。
(そんな事はお見通しだ。絶対に貴様の思い通りにはさせん)
互いに硬い雰囲気のまま睨み合っていると、支部長室のドアがノックされる。
「失礼しまーー……は?」
「来たか」
「やぁ照真君。昨日はお疲れ様」
目を点にして、羽場と親族の男を交互に見つめる戸張。
「急な呼び出しですまない。とりあえず……」
未だ混乱している様子の戸張へ手招きし、羽場の隣に座らせる。
「あー……何ですかこれ?」
「照真君、この前は済まなかった。君を無下に追い返してしまって」
突然、男が頭を下げる。戸張は目を見開き、異物でも見る様な目でそれを見る。そして、助けを求めるように羽場へ視線を向けた。
「先日行ったお前の配信を観ていたそうだ」
「は?」
声のトーンが一つ落ちた、苛立ち紛れの言葉が響く。
「へー……そうだったんですねー」
「私は間違っていた。君の様な素晴らしい才能を見抜けなかった自分が恥ずかしい」
その戸張の変化に気付く事なく、男は羽場に横槍を入れさせまいとするように喋り出す。
「あの時、穀潰しと言ってしまった事を詫びさせてほしい。そして、君の援助をさせてほしいんだ」
「はぁ?」
また一つ、声のトーンが落ちる。
「私は、ガーランドウェポンズという、ダンジョンアタッカー専用の装備を開発する会社の系列企業を営んでいるんだ。まあ、小さい会社だけどね」
照れた様に笑ってはいるが、その瞳は獲物を見つけた蛇の如く戸張を睨んで逃がすまいと捉え続けている。
戸張もそれを無意識に理解しているのか、居心地が悪そうにしきりに姿勢を正したり、顔をずらしたりしている。
(ムカつくなら一発と言わず、幾らでも殴って構わんぞ)
二人のやり取りを見ながら、羽場は内心、そんな事を考えていた。今彼等がいるのは、DAGの支部長室。平時は支部員以外の誰も干渉出来ないここなら、多少の《《事故》》はもみ消す事が出来る。羽場は半ば本気で、戸張が相手をぶん殴る事を期待していた。
「君がご両親を愛していたのは知ってる。私だって、智也は大事な弟だった。だからこそ、智也の為に君に生きていて欲しいんだ。智也と同じ血の繋がった家族として」
その時の戸張の顔をーー
「………………………」
その時、魂にまで刻み付けられた恐怖を、羽場は生涯忘れることは出来ないだろう。
(な、んだ……このプレッシャーは…!?)
過去、数多の死戦を潜り抜けてきた羽場が、動けなくなった。
戸張照真は無表情。気まずそうにしていた時と違って、完全に静止している。しかし、その身から爆発的に放たれた怒気と殺気が、重力を伴っているかのように部屋の窓を揺らしている。
(人とは……!?ここまでの殺気を放てるのかッ!?)
今までのどのモンスターの殺気よりも異質で、過去のどんな人間のプレッシャーよりも強大。
例えるならばそう……
(『死』が《《いる》》)
それを向けられた張本人も、彼の異常な変化に気付き、全身から脂汗を流しながら震えていた。失神していないのは、商人としての矜持だろうか。しかし、今はそれが哀れに感じる。この殺気を、正気のまま受け止め続けなければいけないのだから。
二人共、本能的に理解した。
「自分(奴)は禁忌に触れたのだ」と。
そして、『死』が動いた。
「ヒッ……」
意外にも、男には手を出さず退室。羽場も男も、一向に身動き出来ないまま時間が過ぎ、戻ってきた彼の手には封筒が握られていた。
彼は机を壊さんばかりの勢いで、その封筒を叩きつける。
「2度と顔見せるなぁッッ!!!!!」
空気が震えるほどの大音声。文字通り飛び上がる程驚いた男は、そのまま地面にへたり込んでしまう。下半身が粗相しているのは流石に見逃すとして、これ以上彼を刺激させまいとようやく体が言う事を聞き始める。
「話は終わったようだな。お引き取りを」
「え、いや」
「 お ひ き と り を 」
有無を言わさず、男を睨み付ける。これ以上、彼の逆鱗に触れる前に早く退室させなければ、自分も彼も危ない。その予感が、羽場を突き動かす。
「それと、貴方が行った事には調べがついているので、今までの分も含めて後程清算してもらう」
その言葉で、今度こそ顔も頭も真っ白になった男は、這う様に支部長室を出て行った。
「……で?」
殺気は収まったものの、未だ怒気が溢れるオッドアイにギロリと睨まれ、羽場はやや萎縮してしまう。
「……守ってやれなくて悪かったな。言い訳になるが、向こうはGWの人間、こちらは日頃世話になっている身だ。今回の件で、GWとDAGの関係を悪化させる訳にはいかなかった」
「ぅ……いや、こっちこそすいません。羽場さんに怒るのは違うのに」
先程までの怒りが嘘の様に、年相応にシュンとしてしまう。心を落ち着かせ、色眼鏡無しで見れば、彼は唯の優しい青年だった。
「………すまなかったな」
もう一度謝ると、彼は聞こえていないのかトボトボと支部長室を出て行った。それを確認し、ある人物に電話をかける。
「……おう。お前のとこの奴がやらかしたぞ。会社がデカくなりすぎて、下が見れない程腹が肥えたか?……何?孫娘にも同じ事を言われるとは、いよいよトップの座を明け渡す準備をした方が良いんじゃないか?だったら今回の一件、表向きはお前の所の不祥事で済ませろよ。………お前の孫娘は、随分不正に詳しいな?よくもまぁ、そこまで調べあげたものだ。探偵の才能もありそうだな。戸張照真は……とりあえず、2日間程DAGに引き篭もってもらう。丁度、スキルの検証をしなければならないしな。その間に、《《掃除》》は頼むぞ」
旧友との交渉を終え、ソファに深く座る。
(一日はまだ始まったばかり、仕事にはまだ手を付けていない。だがとりあえず、今しなければならない事は……)
「失礼します……あの、羽場さん………さっきは、その…」
(『魔晶を食べる』という大馬鹿な事をした新しい義息子に、『道端に落ちている物は食べるな』と言い聞かせる事から始めるとしよう)




