第40話 羽場童剛の述懐2
「……それで?」
土下座をやめさせ、支部員達からの視線の攻撃を掻い潜りながら、戸張を支部長室へ連れてきた羽場。
「頑なに生活保護や俺の扶養義務を断っておきながら、何故そんな物を要求してくるんだ?」
「それは……」
どうやら、適当な人間を作る為にdちゃんねるという掲示板で1人か2人を呼んで配信すると宣言したらしい。
(確かに、それらしい事は言ったが……こんな強引な手段で解決しに来るとはな)
しかし、こちらが提示した条件は守ろうとしている。ご丁寧にDAGの規則まで持ち出して、たかが機材の為に土下座を敢行してきたのだ。
「はぁ……条件を守るなら構わん。だが教えろ。最初のダンジョンですぐ死ぬ予定ならば、DAGへの貢献はどうやって行う気だ」
「オークキング」
戸張が放った名前に、羽場の片眉がピクリと上がる。
オークキング。2年前、伽藍堂叶が微塵切りにし『最低でも五つ星クラス』と言わしめた歴とした化け物。
その後も調査の為、志願したダンジョンアタッカーを向かわせたが、全滅。試練型ダンジョンでスタンピードは前例が無く、又オークキング自身もソロで挑まなければ現れない点を踏まえ、今まで調査が保留にされてきた。
そんな正真正銘の化け物を相手取り、尚且つデータを集めると宣っているのだ。とても正気沙汰とは思えない。
「奴の情報は、2年前から更新されてない。それを配信で流します。正式にオークキングの脅威度判定を出来たら、DAGに貢献したことになるんじゃないかと思って…」
しかし、この男は本気で成そうとしている。彼は腹の音を響かせながら、しどろもどろに言葉を紡いでいる。
恐らく、彼なりに必死に考えての行動だろう。見せてもらった掲示板を読み進めれば、考えなしの突発的な行動だった事がよく分かる。チャットでコメントしている時のハイテンションは分からないが。
「……分かった。嘘は言ってないようだしな。唯、いい加減意地を張らず生活保護を受けろ。ダンジョンに挑む前に餓死する気か」
「意地で受けないんじゃないです。それは《《生きてる》》人が受ければいい。 俺にはいりません」
まるで『己は屍だ』と言い張る様な口振り。
(言い得て妙だな。この男は、最早《《死んでいない》》だけ。どの様な形であろうと、ダンジョンで死ぬ事さえ出来れば本望、とでも言いたげだ)
それに……もし自分の予感が正しければ、この男は本当にオークキングまで辿り着けるだろう。それまでに餓死しなければ、だが。
「それに魔猪の塔って獣系モンスターしか出ないでしょ?素材ガチャで肉が出る率も割と高いしそれで…」
「……何時からだ」
「え?」
「魔猪の塔へ行くのは、かなり時間がかかる。今から急いで準備して、早くて夕方ごろという所か?」
少し。そう、ほんの少しだけ興味が湧いた。この男が、一体どこまで行けるのか。それだけで、他に意味は無い。唯ーー
(この男には、人を惹きつけるような何かがある)
彼の必死な姿がそうさせるのか、それとも別の理由か、それは分からない。しかし、羽場には確かに、戸張照真という男が魅力的に映った。
そして、戸張照真はdちゃんで声をかけた者達と共に、魔猪の塔を進んでいく。コメント欄と友人の様に軽口を叩き、笑いながら死に向かう。
「やはり、常軌を逸している……」
餓死寸前の身でモンスターを相手取り、常識はずれな力で以て制する。その場にある物を使い敵を屠るバトルIQの高さ、自身の肉体を理解した立ち回りも非常に見事だ。
同時に、苦しそうに進みながら、家族への思いを吐露する戸張を見て、彼の両親を少し羨ましく感じてしまう。
(奴は何故、これ程自分の両親を愛せるのだ?ごく普通の家庭でさえ、ここまで執着する事は無い筈だ。彼のご家族はどれ程……)
そこまで考え、己の過ちに気付いた。
「そうか……愛していたのだな」
彼のご家族は、戸張照真を深く愛していたのだ。彼も又、己が愛されている事に気付いていた。だからこそその愛に、愛で返そうとしたのだろう。報いたかったのだろう。
そこに特別な理由など一切無い。彼にとっての家族は『己の愛を共有出来る人達』だったのだ。
「俺は……何という馬鹿な真似を……」
獣ではなかった。怪物などではなかった。彼は、戸張照真は『愛を知る唯の人間』だった。
それを自分は、国の為という大義名分で、化け物としていずれ切り捨てようとしていたのだ。
「これでは、照真を捨てた親族と同じではないか……ッ!!」
己の卑劣が許せず、拳骨を幾度も額にぶつける。戸張照真の異常さにばかり目が行き、彼もまた『守るべき国民の1人』だという事に気付けなかった己が嫌になる。
(何が腐っているだ!何が化け物だ!弱者を謀り、国益の為に利用しようとしたオレの方がよっぽど化け物ではないか!)
しかし、いくら己を呪っても、既に彼は5層まで到達しつつある。
今の彼なら、オークジェネラルなど悠々と屠り去るだろう。そして、オークキングと相対し、DAGへの最低限の貢献という目的さえ果たすかもしれない。
そして、彼がその戦いで死に、家族の元に行きたいと言うのであればーー
「………見届けねばなるまい」
彼を死地へけしかけた張本人として。そして自分も、それを世間に公表して社会的に死ぬとしよう。あの親族と役所の役人も道連れにしてやる。
《《彼等の》》生き様を刻まれた1人として。
「さて、いよいよか。見せてもらうぞ、《《お前の》》生き様を」
結果として、彼は生き延びた。しかも、最高と言っても良い形で。
彼が生きようと宣言してくれただけで、こちらまで嬉しくなってしまった。思わず目頭が熱くなる。
「ふー………」
配信を終えた画面から目を離し、長い息を吐く。
これから、DAGは忙しくなるだろう。これは予感ではなく、確信だ。最後、戸張照真もといスイッチの配信には8万以上の同時接続者がいた。初配信でこのスタートは異例だろう。
「やはり、彼は人を惹きつける魅力があるな……」
彼に魅了された1人として、感嘆の息を漏らす。
そして、彼がしてくれた《《色々な事》》に対処する為、次の出勤に備えようとした時、彼のスマホに着信が入った。
「何だ、こんな時間に………」
『すいません、ギルドマスター。ですが先方がどうしてもと…』
「この時間に先方も後方もあるか。一体…」
『お相手が、その……日頃お世話になっているガーランドウェポンズの方でして…』
「……何?」
次に告げられた、とても最近身近な所で見た名前を耳にした時、羽場が思った事は一つだけだった。
あ、コイツ(社会的に)殺そう。




