第39話 羽場童剛の述懐1
ダンジョン。世界各地で、地震と共に突如現れた、摩訶不思議な建造物や洞窟などの未開の地。
当初、各国は新たな領土を歓迎し、また豊富な資源を求め、自国に現れたダンジョンへ軍隊と探索隊を派遣した。
しかし……そこは、彼等が考える様な楽園ではなかった。
既存の法則を塗り潰した様な化け物、生き物の様に蠢き続ける迷宮、どれだけ弾丸を撃ち込んでも再生する不死のドラゴン。
それまで空想上の産物でしか無かったそれ等が現実に現れた時、人々は阿鼻叫喚の渦に包まれた。
万全な装備を整えた各軍隊も無事とは言えず、這々の体でダンジョンから脱出。全世界で、一斉にダンジョンを閉鎖、有事以外での立ち入りが禁止された。
以降、各国はモンスターが地上へ出てこない様に間引いていたのだが、そこに転機が訪れる。
モンスターの素材、一部の軍人達のレベルアップである。
従来の物より質の良い物が、無限に湧き続けるモンスターからドロップする。そして、モンスターを倒し続けた軍人達が、明らかに常人を超えた力を持ち始めた。
これに気付いた各国は、この事態が既に世界的に起きているであろう事を察して、すぐさま公表。国際的な部隊を組織し、ダンジョンへ突入、能力の強化と共にダンジョンの素材を持ち帰る専門チームを結成した。
ダンジョンアタッカー第一世代の誕生である。
第一世代の人間は全員が軍人。羽場童剛も例外ではない。
彼等のチームは多くの功績を挙げはしたが、必ずしも毎回素材を持って帰る事は出来ず、多くの『脱落者』が現れた。このまま徒に犠牲者を出す事を防ぐ為、彼等は方針を変える。今後の探索の殆どをダンジョンの構造解析や法則の理解に費やし、その情報を次世代に託したのだった。
ダンジョンの探索を次世代に繋いだ後は、正しく光陰矢の如し。あれよあれよという間に時が過ぎ、気付けば自分は、山櫛県のギルドマスターになっていた。
元工作班で、ダンジョンの素材を無断で拝借して道具を作って怒られていた友人は、今では日本のダンジョン装備を一手に担う大企業のトップである。
「フ……昔を懐古するとは。オレも老いたな」
偶々、全員が一度だけ集まって撮った古い集合写真。写真立てに飾られた在りし日の自分を、ゆっくり前に倒す。そして、簡単に居住いを正す。
今日ダンジョンアタッカーの試験を行った者がいた。しかも、筆記・実技共に満点を取ったという。DAGの試験は厳格だ。不正は無いと思いたいが、念には念を入れる為、その試験者だけは羽場自らが面接を行う手筈となった。
「……失礼します」
正直に言ってしまおう。羽場はこの時、目の前の生物を『人に擬態したコアモンスター』だと思っていた。
ダンジョンは常に危険が付き纏う。現場を退いたとて、レベルアップで得たその勘は未だ鈍る事なく、幾度となく羽場を救ってきた。
その羽場の勘が、目の前の青年を見た瞬間、危険信号を送っていた。
濁った黒白のオッドアイ。長い髪は手櫛で梳いた様な間隔で、一部分が白く脱色している。感情を感じない能面の顔は痩け、虚空を見つめている。
そこまでなら、唯の薄気味悪い青年といった所だった。しかし、羽場の本能が警鐘を鳴らしたのは、彼が纏う異質な雰囲気。
(何だこの感じは……まるで、人とモンスターのキメラだ)
五感が告げる感覚は、間違いなく人間。しかし、己の第六感が叫んでいるのはモンスター。そんなチグハグなオーラを漂わせた存在に、羽場の警戒心は一気にマックスまで上がる。
(良いだろう。貴様の化けの皮を剥いでやる)
そうして始まった面接。しかし、目の前の生物……いや『彼』は、話せば話す程に、どうしようもなく壊れた人間だった。
そして、家族の事に触れた瞬間、彼の瞳に『後悔』の色が混じった。
(ああ……間違っていたのは、オレだったか)
モンスターは知性はあれど負の感情を持たない。家族の話題で、こんなに素直に感情を出す彼は、紛れもなく人間だった。
(《《コイツは使える》》)
ダンジョンアタッカーは常に人手不足。それにマナを取り込む事によって、人類は更に高次の存在へと進化する。
公表はしていないが、今やダンジョンアタッカーの質と量は、そのまま兵力の差へと繋がる。各国は、ダンジョンアタッカーを投入する場所が《《ダンジョン以外》》になる可能性も視野に入れていた。それ故に、今ダンジョンアタッカーが少ない現状をどうにかする事が喫緊の問題となっていた。
この怪物は余りにも異質。しかしこのまま飼い慣らす事が出来れば、いずれこの国にとって益となる。万が一益を齎さなくとも、言葉の通りダンジョンで死にたいなら構わない。DAGにとっても、この得体の知れない不安要素が無くなる事に得は無いが、損も無い。
羽場にとって、戸張照真という男は、その程度の認識でしかなかった。
家族の事で焚き付け、口八丁で言動を誘導する。幸い頭は良くなかった。羽場の言葉に何かの希望を見出したのか、濁った瞳に僅かに光が灯る。
それを好機と捉えた羽場は、DAGにとって、この国にとって有益である内に出来るだけ使い潰しておく為、彼を更に『善意の鎖』で縛ろうと画策する。
「さて、後見人としての義務は果たさねばな。お前、マトモに食べてないだろう。条件を守る前に餓死しては元も子もない。まずは飯でm「必要ない」は?」
「アンタに借りを作る気はない」
「いや貸し借りの問題ではなく、これは後見人がするべき…」
「断る。借りは返さないと駄目だ。そうじゃないと、返すまで死ねない」
聞く耳も持たず、戸張は出て行った。一分の言葉も挟む余地を許さない拒絶は、彼の覚悟を表しているかの様だった。
「……奴を縛るは、『家族の絆』か」
それならそれでやりようは幾らでもある。
少なくとも、不可解な点は見つかった。
「オレだ。すぐに調べて欲しい事がある」
すぐさま調査班へ連絡、戸張照真の身辺調査を行う。
D災の被災者である筈の彼が、何故あそこまで飢えているのか。義援金は?本来の後見人は誰か。生活保護を受けていないのか。
戸張照真が嘘を吐いている可能性は低いが、確認しておく必要がある。
「D災の義援金は、後見人が受け取る……?」
彼について調べていく中で、この文章を見た時に勘付いた。
D災は、多くのモノを根刮ぎ奪い去った。今も多くの人々が、トラウマや身体欠損で社会復帰が出来ていない。その中には、当然意識不明者も数多くいる。よって、D災の被災者は等しく『自身で意思決定を行うことが難しい』と判断され、成年後見制度と同じ扱いを受けているのだ。
そして、その成年後見人は《《被後見人の財産を本人に代わって管理する》》事が出来る。これを悪用すれば、その人の所持しているお金を全て自分の懐に入れる事も出来るのだ。
「……なるほどな」
彼の後見人となっていた親族は、丁度1年前から金遣いが徐々に荒くなっている。しかも、彼が目覚めたと病院から連絡があった際は、何と親族は親権喪失の審理の報告書を偽造。役所に金を積んで強引に彼の親権を放棄していた事が判明した。
「………」
腐っている。ここまで腐敗した人間達が近くに存在するとは思っていなかった。
とりあえず、他にも何かをやっていそうな雰囲気を感じ、この事を纏めて保管する。
次いで、その親族が務めている会社の《《トップ》》に、この情報をぶつけておいた。
そして、戸張照真への認識を改める。
(少なくとも、打算で以て接するべきでは無かったか)
己の過ちを反省し、彼の為に後見人の手続きを《《すぐに》》済ませる。
それでも、彼が依然得体の知れない何かを抱えているのは変わらない。方針は変えず、今後どう懐柔しようかと考えていたところで。
「お願いします。配信用の機材を貸してください」
公衆の面前で土下座され、羽場は支部員から白い目を向けられる事になった。




