第33話 伽藍堂叶の暗澹
「はぁ……」
戸張照真ーー否、スイッチが初配信を終えた翌日。伽藍堂叶は、机に頬杖を吐きながら空を仰いだ。
彼が配信終了前に言った言葉。彼は《《自分》》に向けて「また会いましょう」と誘ってくれた。
彼女は勿論飛び上がりそうな程喜び、すぐにでも会いに行こうとしたが、自分の立場を思い出して憂鬱な気分となった。
そう、彼女は普通に学生なのだ。よって、学校の規則に従って登校しなければならない。
それを思い出し、悔しさで歯軋りをしながら就寝。夢の中で彼と高校生活を送り、彼女は幸福感に包まれ、『せやけどそれは唯の夢や』と言わんばかりの目覚ましアラームにブチ切れ。そしてdちゃんにスイッチが現れた事を知り憤死しそうになった。
「………」
本音を言えば、こんなつまらない学校などサボって、彼に会いに行きたい。
しかし、自分は《《あの》》伽藍堂家の娘なのだ。幾ら才能や地位があったとて、それはルールを破って良い理由にはならない。そんな事をすれば自分だけでなく、家族の立場すら危うくなってしまう。
それを理解しているが故に、彼女は苛立ちを抑えながらため息を吐いた。
尚、彼女は抑えているつもりだが、周りの人間からは彼女があまりにも不機嫌に見え、力が漏れて周囲の空間が歪んでしまっている。
『触らぬ神に祟りなし』。彼女に何かがあったとしても、関わらなければ害されることもない。彼等はそれを知っていたので、遠巻きになって談笑を続けていた。
「昨日のムーブでスイッチって人が配信してたんだけど、知ってる?」
「知ってる!凄かったよねー、スイッチ君。あたしちょっと泣いちゃった」
「アレで年下ってマジかよ。ヤベー自信失くすわ」
「いやマジヤベエって。ちょっと会ってみたいわ」
「あの魔眼やばくね?俺ソーサラーなんだけどめっちゃ欲しい」
「俺もソルジャーだけど欲しいわ。気とか視える様になったらめっちゃ便利じゃねえか」
遠くで喋っている学生から聞こえてくるのは、先日のスイッチの配信。彼の奇想天外な配信は、この高校に通う生徒達にも良い刺激になったようだ。
(まあ、当然だろう。私の後輩なのだからな)
違う。
しかし、彼等がここまでスイッチについて話しているのは、彼等が通う高校に理由がある。
国立青嵐高校。DAGと国が、次代のダンジョンアタッカーの育成の為に用意した、ダンジョンアタッカー養成機関としての一面もある。まだ出来て3年目に突入したばかりの新設校だ。
ダンジョンが突如現れた黎明期。最初にダンジョンアタックに挑戦し、生き延びてDAGの創立や装備開発に着手した人々を第一世代。
ダンジョンアタッカーとして、ダンジョンから多くの資源や新たなエネルギー源を持ち帰る事に成功し、世界のあらゆる産業に飛躍的な進歩をもたらした、第二世代。
そして伽藍堂叶の様に、先天的にスキルを持ち、まるでダンジョンアタックする為に生まれてきたかのような『新人類』とも呼べる超人が生まれはじめた、第三世代。
青嵐高校は、その第三世代の者達を多く招き、普通のカリキュラムに加えて、未来の五つ星ダンジョンアタッカーを目指す者達へDAGが多くの支援を行っている学校なのだ。
その為、この高校には学生をやりながらダンジョンアタッカーをしている生徒が多く在籍している。
「スイッチって第三世代じゃないんだよな?」
「らしいよ。でも最初からスキル持ってたって事は、モンスター討伐経験アリなんじゃね?」
「D災の生き残りってマジかな」
だが、普段はどこにでもいる一高校生に過ぎない。同年代の新人に対してアレコレ言っている生徒達を尻目に、叶は空を眺める。
(しかし彼の存在は、この高校の存在意義をグラつかせてしまうかもしれないね。国が総力をあげて、ダンジョンアタッカーのエリート養成機関を作り上げたというのに、それを否定する様なイレギュラー。ここの生徒は、第三世代を集めただけの、言ってしまえば寄せ集めに過ぎない)
第三世代と一口にいっても、やはり才能はピンからキリまで。そして、その殆どが叶が教えるに値しないレベルの力しか持ち得ない者達ばかりであった(彼女の要求する『基準』があり得ない程高いだけで、パーティとして見ればそれなりに戦える者もいる)。
そこへ降って湧いた、スイッチというあまりに異質な存在。第三世代ではなく、しかし最初からスキルを所持してダンジョンを無双した化物。更に、己の有り余る能力を自在に活かしきり、スキルに昇華させるまでに至れる才能の持ち主。
今後、彼がますます活躍していくのは間違いない。その時、この学校はどれだけの成果を挙げられるだろうか。伽藍堂叶という突出した『個』に支えられた実績は、いずれ消え去る砂上の楼閣に過ぎない。
(どちらにせよ、この高校は多くの問題を抱えている。中だけではない。彼やあまにゃんを筆頭に、ダンジョンアタッカー兼配信者として活躍する者が増えてきた反面、それに夢を見てしまう者もいる)
そして、プライドの高いダンジョンアタッカーが、あの様な凄まじいデビューを飾った新人を見てどうするか、想像にかたくない。
今そこで談笑している生徒達も、口では笑っているが、その目は野心に溢れてギラギラと輝いている。
(彼等のプライドに火を点けるとは、流石は私の後輩ということだな)
違う。
そんな事を考えている間も、彼女はスマホでdちゃんのスレッドを気にかけていた。
いつまた彼が現れても、即座に反応出来るように。
そして、彼女が待ち望んだ彼がーー。
『432 スイッチ
何か、DAG行ったら例の親族が「援助させてくれ」って言ってきたんやけど』
「……………………………………………あ"?」
彼女の周囲の空気が、一層歪んだ。




