第167話 vs『勇者』三鶴城礼司Ⅱ
「先パアアアアアアアアアアアアアアアアアイッッッ!!??」
“winner:すまない。これもビジネスなんだ”
“いや先輩悪くないやろwww”
“誰もお前がリーダーと戦うなんて思わんわ!ww”
“完全に自業自得で草”
“ここで助けを求めるなww”
“コイツGWに因縁ありまくりだなwww”
“田中ヨルフィ@打倒GW‼︎:ウチの商品に替えよ”
“巡り巡って自分に返ってきてる(物理”
“winner:あ?”
ヤバい。ヤバいヤバいヤバい……!!
俺の直感が告げている。あの青い剣に当たるのだけは、赤い剣に触れるよりも駄目だ。【流気眼】には黒く視える程凝縮されたマナが、青い剣……OWを形成している。唯それだけなのだが、それだけに完成されたあの武器の脅威が測り知れない。とにかくヤバい。
二振りの危険な剣をどうやって回避すべきか。そんな俺の思考を斬る様に三鶴城さんが動く。
俺がしてみせたように、愚直に近付いて青い剣を振るうだけの、無造作な一撃。
しかし、その動きは【流気眼】で丸分かりだ。剣の範囲から逃れ、反撃を──
斬ッ!
「ガッ……!?」
“winner:そもそもトライティーが注力しているのは専らレンジャー関連だろう。彼とは相性が悪いに決まっている”
“え”
“田中ヨルフィ@打倒GW‼︎:すぐ壊れるような不親切な近接武器なんかより、少しでも遠距離に対抗する手段があった方が良い”
“斬られた!?”
“神速の2連撃!?”
“winner:違う”
“サンキュー先輩!”
“え、何だ今の”
“ヒエッ”
“レスバしながら観てるの怖E”
“傷を負ったの久々だな”
逆袈裟に斬られた胴体を見る。
剣はちゃんとかわした、それは間違いない。けどその後に俺が見たのは、剣の軌道をなぞる様に生じた、空気を裂いて飛ぶマナの刃。あれは……。
「まさか、斬撃の余波だけで斬られたのか……!?」
“は!?”
“強すぎて草”
“余波?”
“流石っすよリーダー!”
“これは勇者ですわ”
“winner:今の攻防だけで理解するとは流石だね”
「はっ!」
「チィ!」
動揺する暇はほんの一瞬。赤い剣による追撃が飛んできて、咄嗟に回避する。
唯振るだけで強い剣が、余波だけでも斬れるとかヤバ過ぎるだろ!誰だあんなの作ったの!先輩か!なら仕方ないな!だってあの剣のベース俺だもん!!
「【レーザーハロー】!」
「うおおおぁぁぁぁ!!?」
三鶴城さんに更なる変化が。背後に光のリングを背負い、その光輪から何本ものレーザーが飛んでくる。
クソが!レーザーが散弾みたいにバラけて軌道が読めない上に、三鶴城さんから目を離せば斬撃が文字通り《《飛んでくる》》!マナは減ってる筈なのに、保有量が多過ぎて無尽蔵に感じる!強過ぎる!!完全にスペック差でゴリ押しされてる!!
「ははっ!」
それでも!もっと前に!
「!?」
レーザーの存在に隠れて、天井に黄金の粉が舞っていた。天井から降ってくる様に舞うその粒にレーザーが触れると、本来ありえない角度で曲がって空間中を乱反射し始める。
「【グリズムドーム】」
「んなっ!?」
更に軌道が変化するレーザー。最早どこから飛んでくるか予想すら無駄だと悟らされる。
そんな滅茶苦茶な場所から襲ってくるレーザーを、【吸魔】でひたすらに弾く。
“出鱈目過ぎて草”
“ギャアアアアアアアア”
“こんな場所いたら1秒保たんわ”
“四つ星以上のダンジョンギミックよりギミックしてるよこの人”
“スイッチ反応してんのヤバいな”
“うおっ眩し!”
まだだ!
【吸魔】は手からしか出来ない。この嵐を収めるには、やっぱり本体を直接叩くしかない!
「オオオオオオオオオオオ!!!」
己を鼓舞し、足を進める。
【極光星鎧】で身体を守り、マジックスキルで応戦。レーザーを手刀で弾き、灼熱の剣を掻い潜る。【飛刃】を上空に飛ばして【グリズムドーム】を破壊しながら、【レンズフレアシールド】による反射攻撃を【吸魔】で吸い取る。【流気眼】で次の動きを読み、いち早く攻撃範囲から身をかわす。
くっ……キツい……!目が足りない。三鶴城さんから目を離したくないけど、そうしないと他が対処出来ない。進む為の一歩が重く、実際の距離以上に彼が遠く感じる。
それでも!
「オラアッ!」
遂に到達した三鶴城さんのシールドに蹴りをいれ、飛んでくる斬撃を回避。その先に転がっていた金砕棒を拾う。
「シッ!」
「フッ──!」
三鶴城さんの次の行動が視える。右手に持つOWによる袈裟斬り。
その動きに合わせ、その威力が最高になる前に止めようと金砕棒を振り上げる。
打ち合う事すら許されず、金砕棒が豆腐の様に両断された。振り下ろされた剣が、俺の肩を掠めて地面を裂く。
「……ッ」
俺達の間に埋めがたい戦力差があるのは分かってはいた。けど、武器の差だけでもこんなに違うなんて……。
苦々しく舌打ちしながら、急いでバックステップで距離を取る。三鶴城さんはさっきみたいな追撃はしてこず、俺の準備が再び整うのを待っていた。
「ハァ……ハァ……げほ」
“あらら”
“winner:如何にスイッチ君といえど、相手は海千山千の実力を備えた勇者だ。厳しいだろうね”
“せやな”
“スイッチを贔屓しない処に絶望的な差がある事が分かるぜ”
“まあ無理やな”
“全部負けてる”
“田中ヨルフィ@打倒GW‼︎:それでも諦めないと思うよ”
“スイッチが諦めてんのは想像できんがどうだ?”
“winner:私が言おうとした事だぞ貴様”
“草”
“不覚にも笑った”
“無駄に張り合わんでもろて”
「どうだ?」
次の手立てを考えながら隙を窺っていると、不意に優しく声をかけられる。
「ここまでにしようか?」
「……あはは」
……ホンットに、この人はさぁ。お人好しさんめ。
「確かに今終われば、めでたしめでたしで済むかもな。けど、それじゃいつまで経ってもアンタの横に立てないままだろ?」
「!」
「何度も言わせんな。《《俺達はそこまで弱くねえ》》。アンタこそ、ずっと《《そこ》》にいるつもりかよ」
笑わせてくれたお陰で、力んでいた身体がリラックスする。追い詰められていた思考が澄んでいく。
そうして思い浮かぶのは、師匠の凄さ。今の状況は、前に俺が師匠に強いた時とソックリだ。立場が逆転した今、改めてあの人の強さを再認識する。
確かに絶望的な戦力差だろう。今すぐ越えるには高過ぎる壁なんだろう。埋めがたい差が広がっている事なんて、分かりきってる。
だからどうした。師匠……数多さんは、そんな俺を相手に一歩も引かなかったんだぞ。
「それに、アンタの戦い方は参考になる。この戦いで、《《俺達》》はもっと先に行く。後ろばっか見てると置いてくぜ?」
「……フ。お人好しだな、君は」
「アンタが言うな。絶対超えてやる」
「やってみせるが良い……!」
◇
不思議なものを観ていた。
『これで、どうだっ!?』
『甘い!』
『至強』。国内最強と言われ、また自分達も強いという自負を持つダンジョンアタッカー達。
数多の激戦を乗り越えてきた彼らが、たった一つの戦いに魅了されていた。
『【ボルトブラスト】ォ!』
『【ネオンリング】!!』
『至強』が誇るパーティハウスのシェルターの中を、強烈な閃光が何百と散る。非常時には数百人が入れる空間だが、その光を起こす二人にとっては狭すぎる場所だった。
片や我らがリーダー、世界に誇る『勇者』三鶴城礼司。
相対するは、ダンジョンアタッカーになって一年にもなっていない、ぽっと出の新人。
本来戦う理由など消え失せた二人が、全力で互いの命を削り合っている。それは戦いという次元ではない、一歩間違えばすぐ死ぬ暴風雨の如き弾幕が吹き荒れている。
だというのに、彼らの声はどことなく楽しそうなのだ。
「すごい……」
応援しようと詰めかけたモニタールームで。スマホで。全員がその、笑みさえ浮かべている戦いを目の当たりにしていた。
ダンジョンアタッカーには、強者のプライドがある。これまで築き上げてきた経験に加え、中でも彼らは『至強』という強者の軍団に囲まれていた。とりわけ強さという一点においては、各々が一家言あると自負している。
そんなプライドの塊たる彼らが、凄まじい戦いを繰り広げている画面から目を逸らせないでいた。
「流石にきついだろ」
「もうそろそろ終わるんじゃない?」
「……けど、どっちも凄いよな。やっぱさ」
楽しそうに戦う二人を見る視線には様々な感情が入り混じり、口々に思いの丈が溢れてしまう。
畏怖。冷笑。憧憬。
「……何で、そこにいるのが私じゃないんだろう」
そして、嫉妬と後悔。
彼らとて、本当は気付いていた。『勇者』という言葉の重み、背負わされてきた苦しみ、DAGの象徴としての責任を。
しかし、彼ら自身が三鶴城を追いかけている事に甘んじ、『彼は三鶴城礼司だから』と目を背けていた。
「……本当、馬鹿みたい…………」
言ってやりたかった。自分達が声を上げなければいけなかった。
お前がそんな事を言わないでくれ。自分の命まで勝手に背負わないでくれ。自分達がお前を支える力になってやるから。
だがその言葉はずっと仕舞い込まれたままで、『いつかもっと強くなったら』と自らに言い訳して、その『いつか』さえ曖昧にして。
「今まで、ずっとッ……!何してたんだろう……!」
向き合う事さえしないでいた。
そんな自分の《《運命》》を打ち破る様に、画面の向こうでスイッチが吼える。
「……け。いけっ……!」
気付けば、人目も憚らず叫んでいた。
「負けんなスイッチイイィィィ!!」
「勝手に俺達の想いまで代弁しやがって!ふざけんな畜生!負けてたまるか!」
「もっと動けばーか!あたし達はそんなもんじゃない!」
「リーダー頑張れー!!スイッチはもっと頑張れえええええええ!!!」
思い思いに叫ぶ。届くはずのない声を、自分勝手に受け止めてしまう両雄に。
今度こそ届けと、心が叫びだす。
気付かされてしまった。最初から、この戦いは二人だけのものではなかったのだと。
◇
(不謹慎だと分かってはいる)
幾度シールドを破られただろうか。何度鎧を打たれたろうか。
手数でも威力でも、何もかも三鶴城が上回っている。【魔眼】があったとしても、スイッチに勝ち目は無い……筈。
(しかしやはり……どうしても思わずにはいられない)
なのに、彼は三鶴城の想像の遥か上を行き、死線を超えて三鶴城の下に辿り着く。
まるで、『アンタならもっと出来るだろ?』とでも言わんばかりに傲慢なあり様に、羨望を覚えてしまう。
(私は、君になりたかったよ)
傍から見れば侮辱とも取れる、滑稽な願い。
しかしどんな逆境に屈しても、どれだけの苦難に直面しても、必ず立ち上がってきたスイッチの生き様を見てきたのだ。
その姿は、三鶴城が理想とするダンジョンアタッカーそのもの。そこに憧れを感じるなというのは酷だろう。
(だが、だからこそ私は君に勝つ。君が発展途上ならば、私もまだ進化の道半ばなのだから!)
青く輝く剣、OWに灼熱の光を灯す【シャインレイ】を重ねる。二色の光は混ざり合い、紫色に激しく煌めく巨大な剣を化す。
(私は、三鶴城礼司はこの程度ではない!それを証明する為の力を、今!)
◇
!?何だ!?嫌な予感がする!
三鶴城さんがOWとマジックスキルを一つに融合させ、紫の巨大な剣が生まれる。空気を焦がしていた熱は消え、全てがその剣に凝縮されていくのが視えてしまう。
まだ強くなってる……!上等だこの野郎。それでこそ三鶴城礼司!皆そんなアンタに憧れて、これからもっと強くなっていく!その気持ちだけは揺らがない!
「まだまだ……もっと!」
ウェポンリングから日本刀を呼び出し、【極光星鎧】を纏わせる。それだけじゃない、全ての力を刀に込めてマジックスキルを放つ準備をする。
武器とマジックスキルの融合を、俺もここで試す!
想いよ!
◇
(力よ──)
「「届けええええええええええええええええええええッッ!!!!」」
光が、シェルター内を満たした。
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書籍版1巻発売中です。手に取っていただけると嬉しいです。




