第166話 vs『勇者』三鶴城礼司
マナの奔流が、三鶴城さんを包み込む。
凝縮されていく気とマナが、実体を伴って彼の全身を覆う。
騎士の兜とロボットの頭部を合体した様なヘルムが顔が装着され、黒を基調に銀のラインが全身を走る、近未来的なフォルムのスーツを身に纏う。スーツの両肩や四肢は機械的な形となっており、熱を排出する様な口が見える。
三鶴城礼司を代表するもう一つのスキル、【変身】が生み出したライダースーツだ。
……か……!
「かっこいいいいいいいいい!!」
「フハハハ!格好良いだろう!」
「俺も欲しい!」
「駄目だ。これは私のだ」
「狡い!」
「狡くない」
“子供か!www”
“さっきまで本当に格好良かったのにコイツらwww”
“楽しそうで何よりです”
“さっきまで険悪だったやんwww”
“リーダーぁ(泣”
“泣いてんのに笑かしてくるのホンマずるい”
調子が戻ってきた三鶴城さんにホッとしながらも、警戒を強める。
急に彼のマナが膨れ上がったかと思えば、それが光の粒子となって身体から飛び出した。同時に気も今まで以上に強く大きく、彼の全身から溢れ出している。その様は、【気炎臨界】を発動させた師匠を彷彿とさせる程だ。
それと比例して、尋常じゃない圧力が俺を襲う。唯剣を構えているだけなのに、さっきまでとはまるで別人みたいに隙が見当たらない。
けど、強くなったのがアンタだけだと思うなよ。
「──フッ」
姿勢を低くし、再び前へ──。
「は?」
「その手はもう食わない」
ドン、と。何故か三鶴城さんの胸に顔がぶつかっていた。
馬鹿な!?いつの間に距離を……いや、そもそもこの人に動く素振りは無かった!何が起きた!?
「グガ……ッ!?」
腹部に強烈な衝撃が走り、今度は思い切り吹き飛ばされる。【極光星鎧】越しにダメージが入ったのは師匠以来で、思わず腹を押さえる。
「これでおあいこだな」
足を上げた姿勢で、三鶴城さんが声をかけてくる。
……蹴られたのか。狙いが腹だったから、近過ぎて気を見れなかった。油断はしていないつもりだったけど、今一度目を凝らす。
「──!」
足を踏み出したと思ったら、また一瞬で目の前に現れた。
そうか!これは──!
「はっ!」
剣の振り下ろしに対して、金砕棒をぶつける。その瞬間、彼の腕の部位にマナが送られ、強力な推進力が生まれ俺を押し潰そうとしてくる。
「ちぃ……!」
咄嗟に身体を横にずらし、金砕棒を滑らせて剣をいなす。胴体を蹴り、再び距離を取る。全力で蹴り込んだにもかかわらず、彼は微動だにしない。
“おお”
“流石リーダー!”
“winner:スイッチ君があの状態で退いたのは初めて見たね”
“つえええええええ!”
“BOT普通につええな”
“スイッチが押し込まれた!?”
“極光星鎧に力で勝ってるぞおい”
「……なるほど。鎧のあちこちにある口から、マナをブースターみたいに発射して加速させてたのか。【変身】にそんな使い方があったなんてな」
「鎧の形は主の意思一つで変えられる。何者にも遅れを取らない力を得る為、スキルの使い方を見つめ直すのは至極当然の帰結、だっ!」
ブースターを起動して、一歩で詰め寄る。
俺の【極光星鎧】が力で押し負けたのには驚かされたが、種さえ分かれば話は早い。
三鶴城さんの動きのキレが更に増し、淀みない剣戟を見舞ってくる。時々ブースターを使って部位だけを加速し、不規則な軌道がただでさえ見えづらくなる。
それを紙一重でかわし、広い空間を二人で縦横無尽に動き回る。
「ははっ!」
「やるな!」
いつもより身体が動く!周りが視える!思考が回る!さっきまで住んでいた世界が別物だと感じるくらいに調子が良い!
これが三鶴城さんのスキル!これが【勇者】の効果か!彼の攻撃に呼応する様に、俺の気とマナも膨れ上がっていく!
“おおおおおおおおお!?”
“何も見えん”
“いけええええええええええ!!”
“リーダーーーーーー!!”
“winner:流石は勇者と言うべきだね”
“がんばえー!!”
「認めよう!君の力は最早五つ星、いや私と同等のものだと!」
「そうかよ!」
攻撃を防ぎ、ひたすらかわし続ける。息が詰まる程の距離で行われる剣舞が、俺を逃がしてくれない。
強い……!今まで出会ってきた人の中で、この人の強さは一番分かりやすい。
力、速度。攻防全てにおいて隙が無い。基本的なステータスを極限まで高めた、王道を行く純粋な強さ。
彼の振るう全ての攻撃が、適応すら出来ず終わると確信させられる、尋常じゃない圧力だ……!
《《それでも》》。
「くおっ……!?」
「かってえええええええ!?」
“ファッ!?”
“相打ち!?”
“当てた!”
“winner:スイッチ君が見事にカウンターを合わせたね。しかし鎧によってダメージが跳ね返されたようだ”
“サンキュー先輩!”
“サンキュー先輩!”
“スイッチの攻撃が通ってないとか初めて見たわww”
“極光星鎧纏った一撃が通じてないのやば”
“【悲報】スイッチ、攻撃が通らず負ける”
連撃の僅かな隙間を縫う様に、拳を差し込む。人を殴ったとは思えない鈍い音を伴って、俺達の身体が弾け飛ぶ。
なんっっだ今の固さ!?ガントレット越しでもダメージが入ってないって分かったぞ!?【変身】で着込んだ鎧の固さは本人のマナ保有量で決まるけど、それにしたって固すぎるだろ!
……けど、やっぱりだ。この人は《《師匠よりは怖くない》》。何処から飛んでくるか分からない攻撃、視界以上に見えている世界、届きそうで届かない身体。三鶴城さんの攻撃はどこまでも真っ直ぐな正攻法で、だからこそあの人に比べれば遥かに次の動きが読みやすい。
……うん、やっぱりおかしいな師匠。ダンジョンアタッカーでも突然変異みたいな強さしてるわ。
「まあ、これが出来たのもアンタのスキルのお陰だけどな。とにかく攻撃は当たるんだ。それなら──」
「【シャインレイ】」
左手から放たれた熱線が、俺の頬を焼く。数瞬遅れて痛みがやってくる。
「まだ《《届かない》》か」
「……おい。何だそれ」
「ずっと考えていた。今のスキルの使い方は本当に正しいのか、スキルの進化に依らない新たな使い方は無いのだろうか。君の奔放な戦い方や、先達が生んできた武術などを見ていく内……私が辿り着いた一つの答えが、この《《二刀流》》だ」
全身が総毛立つ。右手に剣を、左手に灼熱の熱波を放射し続ける【シャインレイ】を《《持つ》》その姿に、反射的に一歩後ずさっていた。
“二刀流……?”
“winner:マジックスキルを剣の形にして維持し続けている。消費量も今までの比じゃない筈だ”
“マジックスキルを……維持?”
“一発撃って終わりにしてないのか?”
“何がやばいのか分からんが何かがヤバい”
“スイッチ無意識に引いてるやん”
嘘だろこの人……!?マジックスキルを《《ずっと発動し続けてる》》!?
【シャインレイ】。前方に放射状に伸びる灼熱の光で、一瞬にして全てを焼き溶かすマジックスキルの中でも最強の火力を誇るマジックスキル。威力が高い分、消費するマナも多い。五つ星のソーサラーがボスモンスターを相手に使う、最後の切り札とも言えるスキルだ。
それを、剣の形に変え、いや!威力を凝縮して放ち続けている……!?
まるでサモンスキルみたいだ。けどアレよりもっと燃費が悪い。それに、形を維持する為に気を左手に集めているから、彼の動きがもっと分かりやすく視え──。
「ヒュッ……」
気付けば、身体が伏せっていた。背中が太陽に照らされているかの如く熱くなる。
「これを見せるのは君が初めてだ。だというのに、今のに反応するか」
……そう、だよな。元々マジックスキルなんだから、気を解放したらそのまま放てるよな。
“アカン(アカン”
“今のしゃがんでなければ胴体貫いてたのでは?”
“ヒエエ”
“ヤベエ”
“草生えたら消し炭になった”
“引き攣った笑いしかでんわ”
……それでも。
冷や汗で濡れた前髪をかきあげ、三鶴城さんを睨む。
「上等だ。それくらいやってもらわねえとな」
「ああ。その通りだな」
“髪かきあげエッッッッッッ”
“叡智ね”
“分かる”
“叡智ネキニキ共平常運転で安心した”
“田中ヨルフィ@打倒GW‼︎:かっこいい”
“それくらいってどれくらいだよ”
“実力差が分からない程馬鹿におなりに?”
“winner:は?”
“ん?”
軽くステップを刻み、ゆっくり踏み込む。俺が前に動き出す刹那、射程無制限の赤い剣が横薙ぎに振るわれる。
「オラアッッ!」
即座に【纏魔気鱗】に切り替え、剣の腹を殴って軌道を上にズラす。
あっつ!?ガントレットがちょっと溶けてる!【纏魔気鱗】を纏わせても完全には防げないか!
けど怯むな!もっと前に!
渦を巻く様に振り回される赤い剣。重さが無い分取り回しもしやすいのか、片手だというのに剣速は今までより更に速い。その熱波を金砕棒で弾き、ガントレットで弾き、グリーヴでかわしながら少しずつ近付く。
「【飛爪】!」
後少し。かわす事さえ困難な位置まで潜り抜けた先で、襲いくる赤い剣に【飛爪】を当てる。手刀にして五本を一纏めに放ったソレは、三鶴城さんの剣とぶつかって鍔迫り合いを起こす。
「フッ……!」
即座に彼の右手に回り、赤い剣の射程外へ。移動の勢いをそのまま攻撃へ転化する様に拳を振り抜く。
しかしその拳は、彼の前に生じた薄い赤色のシールドによって阻まれてしまった。
「ぐっ!?」
【レンズフレアシールド】!?いつの間に……!
「認めよう。君の身体能力とセンスは、ダンジョンアタッカーとなって一年にも満たない者とは思えない。だからこそ、全力で応えよう」
「おおおぉぁあぁぁぁああああああ!!」
拳が触れた部分から多角形の光が現れ、俺の攻撃を反射させる様に熱線を放つ。獄炎が蛇の如く俺を呑み込み、全身を溶かそうと侵食してくる。
それでも、シールドを掴んだ手を放さない。
“田中ヨルフィ@打倒GW‼︎:あ、本垢だこれ”
“winner:良い度胸だ”
“スイッチ手が!”
“燃えてる!アカン!”
“アカンスイッチ◯ぬ!!”
“米欄は冷え始めてるのにな”
“サウナかな?”
“ギャグ言ってる場合じゃねえ!!”
「グヴヴヴ……【吸魔】!」
燃え盛る全身を強化した【纏魔気鱗】で守りながら、彼のシールドからマナを奪い取る。それだけじゃない。全身に張り付く炎からもマナを奪い、己の力へ変えていく。
奪ったマナで更に全身を強化し、シールドに両手を付いて思い切り指をくい込ませる。
「開け、ゴマアアアアアア!!」
「ッッ!!」
マナを奪い続けて薄くなったシールドをこじ開けようとしたその時、シールドが消失する。
いきなり壁が消えてつんのめる俺の胴体めがけて、三鶴城さんの剣が横薙ぎに振るわれるのが見えた。
「ぁ……」
“あ”
“燃え尽きたね”
“ゲームセットやね”
“田中ヨルフィ@打倒GW‼︎:膝枕するから負けないで”
“winner:お前がするな”
“何やってんだお前ェ!!”
“喧嘩すな”
“よく頑張ったよマジで”
“米欄で別の戦い始まってて草”
“集中できんからやめてくれw”
こ……
《《ここッ》》!!
「【飛刃・破竜槌】!!!」
二刀流で暴れ出してから、三鶴城さん自身を狙うのは諦めていた。
ただでさえ強い人が強力な武器を持ってるんだ。正攻法で勝てるなんて思ってない。
だから、まずは一つでもそのアドバンテージを奪う必要があった。初めて戦った強敵にした時みたいに。
肘と膝で同時に放つ【飛刃・破竜槌】。俺の胴体を狙ってきた剣を、その二つで挟み込む。【纏魔気鱗】は赤い剣に対抗する為じゃなく、最初からこの一撃で右手の剣を破壊する為!
「な──」
「砕けろおおおおおおおおお!!」
強化したマジックスキルを当てても、剣はすぐに壊れない。その強度に驚愕しながら、更に力を込める。
「うおっ!?」
腕が振り回されてバランスを崩し、剣から距離を取る。
三鶴城さんが握るその剣には、中心部からヒビが入っていた。
“ヨルフィちゃん!?何でいるのお!?”
“剣壊した!?”
“おおおおおおおおおおお”
“下剋上じゃああああい!!!”
“田中ヨルフィ@打倒GW‼︎:私は信じてたから。ドヤ”
“winner:お前がするな”
“三茶とGWの代理戦争をここでしようとすな!!w”
“あーあ、幾ら弁償すんだろ”
“スイッチの攻撃食らって形保ってるのやばくね?”
“なんか暑いのに冷えてきたな……”
三鶴城さんは俺への追撃を止め、静かにヒビの入った剣を見つめている。剣のヒビ割れは少しずつ広がっていき、軽く振るだけでも折れてしまいそうだ。
真剣勝負だから、彼の象徴とも言える武器を壊した事を悪いとは思ってない。仮面をしてるから表情は分からないけど、少しは焦ってくれてるか?
「はっ、はっ……!どうだ!?」
「……私はまだ君を過小評価していたようだ」
「その褒め言葉もいい加減飽きて……」
「まさか《《鞘を壊される》》とは思わなかった」
耳に入った言葉が信じられず、呼吸が一瞬止まった。
“え?”
“ん?”
“田中ヨルフィ@打倒GW‼︎:あの武器って”
“さや?”
“winner:あ”
剣……鞘に入ったヒビが全体に行き渡り、零れていく。
「この姿を見るのは私も初めてだ」
砕けたその中から透き通った夜空の様な青が顔を覗かせる。
「《《君が使っていた物》》しか知らないからな。これがどれ程強いのか、確かめさせてもらおう」
「………………まさか、それ」
『試作品がこの前出来たばかりでね』
『サンプルデータの収集に協力してほしいんだ』
砕けた鞘の破片は地に落ちず、青く輝く刀剣に吸い込まれて散りばめられた星の如く煌めきを帯びる。
「オーバードウェポン。これが完成品だ」
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書籍版1巻発売中です。手に取っていただけると嬉しいです。




