第165話 勇気の凱歌
怒涛の連撃が、三鶴城を襲う。
繰り出される一つ一つが強力で、一流のダンジョンアタッカーといえど命を落としかねない、凶悪な攻撃。
その発生源は、かつて自分が救おうとして救えなかった街の、唯一と言って良い生き残り。
(これは、私への罰なのだろうか……)
すんでのところで攻撃を防ぎ、回避し続ける。
攻撃を繰り出す彼の顔には怒りが滲んでおり、余計に三鶴城の心は沈んでいく。
(何故直接言ってくれない。君の聞きたい事なら、何でも答える覚悟はある)
そんな苛烈な攻勢の最中だというのに、彼は未だに理解出来ないスイッチの考えに頭を悩ませていた。
『俺はアンタに聞かなきゃいけねえ事がある』
その言葉と、今回の一方的な殴り合いがどう繋がっているのか。こんな事をして聞き出せる様な事とは何なのか。
スイッチの言動の矛盾に今も答えが出せないでいた。
(私を殴って鬱憤を晴らしたい訳ではないのか?君の事が分からない……一体、私に何を求めているんだ……!?)
スイッチの攻勢は止まる気配が無い。その手から伝わる熱は、怒り以外にどこか必死さも感じる。
「くっ……!」
「ッスウウウウ……」
その中でも時折、彼が三鶴城のターンとでも言う様に、何かを求めて止まる時がある。だが、三鶴城は彼の攻撃を受け止める事に専念し、歯を食いしばって耐えていた。
それが、自分に出来る罪滅ぼしだと信じて。
そして、三鶴城が出した結論は……。
(やり場のない怒りを、全て私にぶつけているのだろうか)
D災という未曾有の大災害。
その中で一人『生き残ってしまった』という負い目があるのかもしれない。誰も悪くないというのに、誰かにずっと抱え込んでいた負の感情をぶつけたかったのではないか。
彼の聞きたい事とは、この怒りを通して自分の痛みを分かってくれる……同胞が欲しいのでは?
あの日以来、彼はずっと怒りをぶつけるに足る相手が欲しかったのかもしれない。その相手として、自分以上に相応しい者はいないだろう。
そう結論付け、彼はその《《運命》》を受け入れようとした。
(これで君の気が済むのならば……)
「いつまで目ぇ逸らしてんだッ!!」
その言葉に、ハッと顔を上げる。
彼は、その時初めて──。
「三鶴城さん!」
彼の眼を。
「俺は!弱いか!!」
その瞳に映る己を、見た。
「……は?」
「ずっとずっと!いつまでも逃げてんじゃねえ!!」
「……にげ……?」
瞳の中の人物は、まるで迷子の子供みたいで。
今にも泣きそうな顔で、何かに縋る様な目をしていた。
「そうだ!アンタの心の中だけで、正解とか間違いを決めてんじゃねえよ!俺の!俺達の選んできた道を、アンタが否定する権利はねえだろうが!!」
(否定……そんな、私は)
《私は》
《私が》
《私のせいで》
あの時、スイッチに向けて吐いた言葉が、心の中でリフレインする。
「だから目を逸らすなって言ってんだ!!俺はアンタに護られる程、弱くねえ!いつの頃の俺を見てんだ!」
「……それを、伝える為に……?」
そこまで言われ、三鶴城は今までスイッチを……戸張をまるで見ていなかった事に気付いた。
彼を唯の被災者だと思い守ろうとするだけで、《《ダンジョンアタッカー》》戸張照真には見向きもしていなかった自分がいた。
(だから君は、ずっと怒っていたのか……)
いつの間にか自分一人の世界に座り込み、変わっていく世界から逃げていた。
逃げている事にすら気付かず、彼はずっと苦しみを抱え込んでしまっていた。
それは、同じ悲劇を這い上がってきた戸張だからこそ見抜いた、三鶴城の弱さだった。
『え!?ちょ、ちょっと……!』
『すまん!おい馬鹿リーダー!聞こえてるか!?』
「……犀党?」
その時、スピーカーから突然の乱入者の声が聞こえる。
それは、彼を最も知る人物で、最初から共に戦ってきた仲間。
『こんっの大馬鹿があ!いつまでそんな新人に良いように言われてんだ!お前はそんなタマじゃねえだろ!』
「お前……」
『ほら!皆こーい!我らがリーダーを応援してやれ!』
『ええ!?り、リーダー!頑張って下さい!』
『待った!おおおれだって、一言言いたい!リーダー、あああありがとー!ありがとー!』
『ここですかー!配信観てますよー!リーダー負けるなー!』
『言っちゃって良いんですか!三鶴城さんやっちゃって下さいよ!』
『スイッチなんかに負ける訳ないですよね!リーダー!』
犀党の乱入を皮切りに、俄かに室内が騒々しくなる。
聞こえてくるのは、恐れていた様な失望や罵倒ではなくて、彼の身を案じてくれる仲間としての励まし。
「皆……」
(まさか、ずっと私は……彼らを無視していたのか……?)
《失望されたくない》
《皆の目が怖い》
《見捨てないでくれ》
《私が》
《私が》
全て、自分が引き受ければ済むと考えていた。
全ての負担を自分が抱え。
全ての責を自分が背負い。
全ての批判を自分が受け止めて。
そうすれば、皆を守れると思っていた。
皆から《《信を貰える》》と、いつの頃からか勘違いをしていた。
「いい加減目を覚ませよ」
戸張を見る。静かにこちらを見つめる瞳に怒りは無く、魂を揺さぶる様な輝きが宿っている。
「アンタに向けられたこの声援が、全部偽物だと思うか?」
「……いいや」
「《《俺達は弱いか》》?」
「ッいや……強いさ。ああ……強く、なったんだな……!」
その輝きに充てられ、思わず目頭が熱くなる。
あの日から、ずっと怖かった。
何も成せなかった自分が、皆から見放されるのではと。周りからの信頼を全て失ったんじゃないかと、そんな不安に怯えて生きてきた。
だから、弱音を吐き続ける自分を心の奥底で無視し、他者と真正面からぶつかり合う事を避け、誰かを信じる《《フリ》》で自分を騙し……いつしか他人どころか、自分さえ信じれなくなってしまった。
三鶴城の時計は、D災の日から止まったままだった。
「アンタがくれた希望は、ちゃんと俺達に届いてんだよ。今度は俺達が、アンタにそれを返す番だ」
「……返す?」
「アンタの道が間違ってなかった事を証明してやるよ。この戦いでな」
「君は……こんな無様な私を、まだ信じてくれるのか?」
「信じてねえよ」
「え」
「俺は知ってるだけだ。ダンジョンアタッカーの中で、一番勇気のある男を」
その言葉が、三鶴城の固く閉じ込めた心を溶かす。
(君は、認めてくれるのか)
弱さは罪だと断じたその時から、自分を戒め続けてきた。
「……さあ、そろそろ本気でやろうぜ」
それは違うと、正面から向き合ってくれた。
(君達は、ずっと待っていてくれたのだな)
足を止めていた自分を、彼らは遥か先の道のりで信じてくれていた。三鶴城が持てなかった、弱さや過ちを肯定する強さを携えて。
全てを理解した瞬間、これまでに無かった感覚が全身を包む。かつて《《あのスキル》》を使っていた時とは全く違う、心まで軽くなった様な全能感。
「スイッチ君、皆……本当に、ありがとう」
全身に漲っていく力を堪能するかの様に、手をゆっくりと上げ、そして握る。その仕草だけで、騒々しかった歓声が止む。
三鶴城の変化を真っ先に感じ取った戸張が、嬉しそうに破顔する。
「随分と……長い間、待たせてしまったな」
「ハッ!《《やっと起きたな》》」
「ああ。だが、もう大丈夫だ。ここからは君の望み通り……剣で語ろう」
溢れ出す力が身体を飛び出し、光の粒子となって彼を煌めかせる。
光を受けて立つその姿は、傷を隠す臆病者ではなく、気高い誇りを携えた正しく──。
「いくぞ!勇者!!」
「……フハハ。良いだろう」
(今一度ここに刻もう。皆が望む姿ではなく、本当の私を!私の信じる私を、皆に証明する為に!)
止まっていた時計が、戸張達の手で再び動き始める。
『信じる事への恐怖』を、『信じたいと願う希望』へ変え。
三鶴城はその一歩を、皆から渡された勇気を持って踏み出す。
「来い!魔王!!」
流星が一筋、彼の頬を流れた。
「【変身】!」
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