第163話 曇る眼に映すのは
凄まじい……。
「あの後私は、『至強』を始めDAG全体を立て直す為に奮闘していた中で、君を見つけた」
“辛い”
“もう聞きたくねえっす”
“悪い。やっぱつれえわ”
“やっぱ許せんわ”
“俺許せねえよ……”
三鶴城さんの話は、凄まじいとしか言葉が出なかった。
言葉などでは表現出来ない苦悩が、後悔が、彼の話の端々から伝わってくる。
当事者であった俺さえも、口を挟めない程に。
「D災から一年……ダンジョンアタッカーという職が減少傾向にあった中で、突然現れた君という存在は貴重で、配信中の様子もとても素晴らしかった。君がこれからの世代を担う一人になれると、勝手に期待してしまった」
止めて下さい。三鶴城さんが謝ることなんてないんです。
「後に君の出自を知って私は、《《救うべき人間に》》救われてしまったと気付いた。あれだけ悲惨な目にあった君に、更なる重責を負わせようとしてしまった」
“おいスイッチ!”
“何か言えやあほ”
“顔こわ”
“いつまで土下座させてんだお前は!”
“スイッチの雰囲気が……”
“コラボ相手が土下座とか何してんだ”
何で三鶴城さんが辛そうにするんですか。誰も貴方を責めてないのに。
「D災を止められず、君の故郷を護れなかった私に何を言われても、説得力は無いかもしれない。その後ろめたさがあり、今日まで君と会う事が出来なかった」
そんな事はない。
だってD災のホントの理由は──。
“絶対ありえないから”
“リーダーが頭下げる必要ないやん”
“三鶴城さん以上に説得力持ってる人なんていません”
“後ろめたさなんて感じなくてええんやで”
“リーダーは何も悪くないですよ!”
“三鶴城さんが一番活躍してたのは皆知ってるから謝らないで”
“慰めが暴力になってるの初めてみた”
「どれだけ私を悪し様に罵ってくれて構わない。気が済むまで殴ってくれても良い。だからどうか私に、もう一度君を護るチャンスをくれないだろうか」
違う。
喉元まで出かかった言葉を押し留める。
今も苦しんでいるこの人に、D災のホントの原因を言ってどうする。それにこの真実は、彼のこれまでの人生を否定するものでもあるんだぞ。
三鶴城さんがこちらを見上げ、手を差し出してくる。
「三鶴城さん……」
DAG上層部に対する憎しみを、歯を食いしばって閉じ込める。
考えろ。俺が今やれる事を絞り出せ。
「……ありがとうございます」
差し出された手を握り、深く頭を下げる。
「D災で俺達を救ってくれて。福平を護ってくれてありがとうございます。俺なんかが福平の皆を代表するなんて出来ませんけど、福平を護ってくれた皆さんに、凄い感謝してます」
「……違うんだ。私は、何も……」
“ぐえええええ苦しい”
“何言っても地獄だな”
“感謝が届かない”
“そりゃそうだとしか言えん”
分かってる。こんな事で三鶴城さんが救われるなんて思ってない。
この人には、どんな言葉も慰めにはならないだろう。苦しみから救うなんてとても言えない。それでも、この想いを伝える為にはとにかく行動しなければ。
……あ、そうだ。
「三鶴城さん、もし良かったらもう少し時間取れますか?」
「勿論。君の為なら、喜んで空けよう」
「なら──
俺と戦って下さい」
“ファッ!?”
“どうした急に”
“何で?”
“何で急に戦うことになるんや……”
“winner:ええ……”
“一体何が起こっている!?”
“お?ボコすんか?”
“そうはならんやろ”
“先輩も困惑してて草なんだ”
◇
「おお……地下はシェルターみたいになってるんですね」
「ああ。もしまた大規模なスタンピードが起きても耐えられる様に設計してある。しかし、本当に良いのだろうか」
三鶴城さんに案内された場所は、DAGのフィールドホールを模した様な無骨な空間だった。
かなり広いな。天井も高い……数百人は入るんじゃないか?
戦うには十分過ぎる屋内を見渡していると、三鶴城さんが不安そうに声をかけてくる。
あの謝罪の後からずっと元気が無いな。まあ、いきなり謝罪した相手から『戦ってくれ』って言われたら、仕方ないか。
「私には君に剣を向ける道理は無い。ましてや戦うなど……それにここは、あくまで外からの脅威から身を守る為の場所。強度は申し分無いと思うが、実際に試した事は無いんだ」
「大丈夫ですよ。『至強』の皆さんが結界を張って攻撃が外に漏れない様にしてくれるみたいですし、全力で戦いましょう。それに、三鶴城さんがどれくらい強いのか知りたいですし」
“いやでもなぁ”
“力入らんだろ”
“今じゃなくても良いやん”
“今のリーダーの心境考えてもろて”
「スレ民もそうだそうだと言ってます」
“言 っ て な い”
“捏造すんなや”
“ワイらまで巻き込むとか鬼か?”
“魔王やで”
「しかし……」
「それにほら。勇者と魔王って戦うのが定番じゃないですか」
「……え?」
“ん?”
“魔王?”
“winner:え”
“あれ?魔王言うなって言ってたのに?”
“そういや今日は魔王を否定してないな”
あ、そうか。そういえばまだあの事を伝えてなかったな。
本気で戦う為に、先輩から貰ったガントレットとグリーヴのOWを装着しながら、スレ民に説明する。
「今日、コラボする前に身体検査したんですよ。そしたら『魔王になってみないか』って言われまして。俺が魔王になったら、もしかしたらスタンピードも抑えられるんじゃないかなって」
「……っ。それは……やはり、D災の件がきっかけだろうか」
「え?それはまあ……はい。まあ人の役にも立てるかもしれないなら、やってみる価値はありますし」
“あー”
“そう言われたらなぁ”
“その言い方は卑怯だろ”
“でもやっぱ魔王になるならスイッチが良いよね”
“仮にも被災者に負わせるのはエグくないか”
三鶴城さんの顔がまた曇ってしまう。
うーん、俺が何言っても地雷になるなぁ。いい加減俺を全自動曇らせ機みたいに扱うのは止めてほしいんだけど。スレ民もまた勢い無くなってきちゃったし……とにかく、皆さんの心を盛り上げるくらいの戦いを見せないとな。
「すいませーん。誰かスタートの合図してくれませんかー?」
部屋の隅にあるスピーカーに声をかける。少しして、女性の声が返ってきた。
『は、はーい!聞こえますかー?』
「あ、聞こえてまーす。三鶴城さんも良いですか?」
「……分かった。君がそれを望むなら」
三鶴城さんは、ノロノロとした動きで自分の代名詞とも言える武器……幅の広いロングソードを構える。
しかし、やはりその動きは硬く、迷いがあるのが丸分かりだ。
『で、ではいきます!ヨーイ、スタート!!』
その迷い、吹き飛ばしてやるよ。この《《喧嘩》》でな。
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